第六話 桶、ダンジョンへ行くらしい
ミリナと話せるようになってから、一ヶ月ほどが経った。
《湯けむり亭》は、今や以前とは比べものにならないほど忙しい。
「空いてる桶取ってくれー!」
「回復桶こっちだ!」
「順番守れ順番!」
朝から晩まで大盛況。
冒険者だけでなく、旅人や商人まで立ち寄るようになった。
最近では、
『傷を癒やす不思議な桶がある』
と、街の外にまで噂が広がっているらしい。
(いやぁ……増えたなぁ、客)
男湯の日も。
女湯の日も。
毎日ずっと誰かに使われている。
そのおかげか、湯徳も順調に溜まっていた。
現在の状態は――
⸻
Lv:11
HP:71
MP:88
攻撃力:9
防御力:72
魔力:39
素早さ:1
スキル:
《浄癒の湯》
《保温》
《念話》
⸻
(防御だけやたら伸びるな……)
どう考えても桶だからだろう。
攻撃力は相変わらず低い。
素早さに至っては、ずっと1のままだ。
(まぁ移動できねぇしな)
ただ、レベルの伸びは悪くなっていた。
一ヶ月で4しか上がっていない。
しかも必要な湯徳の量は、明らかに増えている。
(これ絶対、後半地獄だろ……)
そんなことを考えているうちに、今日も閉店時間になった。
◇◇◇
夜。
浴場から客がいなくなり、静けさが戻る。
「ふぅ……今日も忙しかったですねぇ」
ミリナが桶を並べながら息を吐く。
(だいぶ慣れてきたな)
「はい。でも最近は嬉しい忙しさです」
そう言って笑うミリナの顔は、一ヶ月前よりずっと明るい。
その時だった。
からん、と入口の鈴が鳴った。
「……あれ?」
閉店後だというのに、誰か来たらしい。
入ってきたのは、四人組の冒険者だった。
先頭に立つのは、大柄な戦士の男。
後ろには槍使いの獣人。
短剣を下げたエルフ。
そして小柄なドワーフの女性。
「すまねぇ、まだミリナ嬢いるか?」
「あっ、《アタミサイコ》の皆さん」
どうやら常連らしい。
ミリナは少し不思議そうに首を傾げた。
「どうしたんですか? もう閉店ですけど……」
戦士の男は、少し言いづらそうに頭を掻いた。
「実は相談があってな」
その表情は真剣だった。
「俺たち、今ちょっと行き詰まってんだ」
「行き詰まり?」
「あぁ」
男は頷く。
「俺たち、ヒーラーがいねぇだろ?」
言われてみれば、回復役っぽい装備の者がいない。
「最近潜ってるダンジョンが厳しくてな。前衛は耐えられるが、細かい傷が積み重なる」
「回復薬代も馬鹿にならねぇし」
エルフが肩をすくめた。
「それで……」
戦士の男は、ちらりと俺を見る。
「その回復桶を、一日だけ貸してほしい」
(おぉ)
ダンジョン。
異世界と言えば、やはりダンジョンだ。
剣と魔法。
魔物。
宝箱。
テンションが上がる。
(いや待て、俺桶だけど)
ミリナは困ったように俺を見る。
「どうしましょう……?」
(行ってみたい)
「行きたいんですか!?」
(せっかく異世界に来たんだぞ。ダンジョン気になるだろ)
「いせかい?」
(あー……気にするな)
また変な言葉を使ってしまった。
だが問題はそこではない。
(……いや、待て)
ふと不安になる。
(俺、風呂屋の外でも能力使えるのか?)
もし外でただの桶になったら洒落にならない。
ミリナも同じことを考えたらしい。
「た、確かに……」
なので試すことになった。
◇◇◇
夜の外庭。
ミリナが俺に温泉のお湯を汲む。
そして恐る恐る、
「えいっ」
自分の指先へ湯をかけた。
昼間、掃除で切ってしまった小さな傷だ。
すると。
淡い光。
傷がゆっくり塞がっていく。
「あっ……治ってる!」
(おぉ、使える!)
どうやら問題ないらしい。
アタミサイコの面々も目を丸くしていた。
「建物の外でも使えるんだな……」
「すげぇ……」
ドワーフの女性が感心したように俺を見る。
そして戦士の男が、真面目な顔でミリナに頭を下げた。
「頼む。力を貸してくれ」
ミリナは少し迷ったあと、そっと俺を抱えた。
「……回復桶さん」
(ん?)
「ちゃんと帰ってきてくださいね?」
その声は少し不安そうだった。
(大丈夫だろ。たぶん)
「たぶんなんですか……」
ミリナが苦笑する。
こうして。
ただの温泉桶だった俺は――
ついにダンジョンへ行くのだった。




