第五十二話 木漏れ日温泉郷の問題
翌朝。
白樺の湯の食堂。
ミリナ達は、ギンジから渡された資料を見ていた。
何十年分もの記録。
湯量。
温度。
周辺地形。
源泉調査。
びっしり書き込まれている。
「すごい……」
ミリナが思わず呟く。
これだけ調べていたとは思わなかった。
ギンジは黙ったまま腕を組んでいる。
桶さんは資料へ意識を向けた。
(なるほどな……)
予想以上だった。
ただの頑固親父ではない。
本気で温泉郷を守ろうとしていた。
少なくとも、努力だけなら誰よりしている。
問題は――
原因だった。
(詰まり……違うな)
(崩落もない)
(地震も起きてない)
(地下水の流入も考えにくい)
どれも記録に残っている。
そして、どれも決定打ではない。
桶さんの気分はどんどん重くなっていく。
嫌な予感がしていた。
昼前。
ミリナ達はギンジに案内され、源泉へ向かうことになった。
森の奥へ続く道。
木漏れ日が差し込む山道を歩いていく。
しばらくして。
ギンジがぼそりと言った。
「昨日は……悪かった」
ミリナが目を丸くする。
「え?」
「言い過ぎた」
それだけ言う。
素直な謝罪ではない。
だが、ギンジなりの誠意だった。
「私も少し言い過ぎました」
ミリナが笑う。
ギンジはふんと鼻を鳴らした。
それ以上は何も言わない。
だが、空気は少しだけ柔らかくなっていた。
さらに山道を進む。
そして。
桶さんはミリナへ念話を送った。
(なぁ)
「はい?」
(まだ確定じゃない)
(でもな)
少し間が空く。
(最悪の可能性がある)
ミリナの顔が真剣になる。
(資料を見る限り)
(外的要因が見当たらない)
(つまり)
(源泉そのものが弱っている可能性がある)
ミリナが息を呑む。
「それって……」
(温泉の寿命みたいなもんだ)
桶さんは静かに言った。
前世でも見てきた。
温泉は永遠ではない。
枯れることもある。
弱ることもある。
それは自然の摂理だ。
本来なら、人がどうこうする話ではない。
(だから本当は)
(俺もあまり触りたくない)
桶さんには、
『源泉増量』
という力がある。
だが、それは自然へ直接干渉する力だ。
できれば使いたくない。
だが。
木漏れ日温泉郷の人達を思い出す。
コトネ。
柏の湯の家族。
ギンジ。
商店街の人達。
皆、必死だった。
(もし本当にそうなら)
(俺はきっと見捨てられない)
ミリナは静かに頷いた。
「大丈夫です」
「まだ決まったわけじゃありません」
その言葉に、桶さんは少しだけ救われた気がした。
そして、その時。
「見えたぞ」
ギンジが前を指差した。
森の奥。
木々の向こうに、源泉地帯が姿を現していた。
木漏れ日温泉郷の命とも言える場所。
そして――
本当の問題が眠る場所だった。




