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転生したら桶でした  作者: 玉葱将軍


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五十話 桶、久々に怒る


 翌日。


 ミリナとコトネは再び松の湯を訪れていた。


 もちろん。


 桶さんも一緒である。


 暖簾をくぐる。


 すると。


「また来たのか」


 相変わらず不機嫌そうな声。


 松の湯の主人。


 エルフの男だった。


 相変わらず整った顔をしている。


 だが。


 表情は険しい。


「今日はお願いがあって来ました」


 コトネが頭を下げる。


「お願い?」


「温泉のことです」


 エルフの眉が僅かに動く。


「木漏れ日温泉郷を立て直すために」


「今、色々なことを進めています」


 コトネは説明した。


 蜂蜜の特産品。


 お土産。


 石鹸。


 クリーム。


 温泉郷全体で協力し始めたこと。


 そして。


「あと温泉をなんとかできれば」


「昔のように人が戻ってくると思うんです」


 その言葉に。


 エルフは鼻で笑った。


「特産品ができたくらいで何が変わる」


「え……」


「今でもうちは問題なくやっていけている」


「他がどうなろうが知ったことじゃない」


 コトネの表情が曇る。


 だが。


 エルフは止まらなかった。


「どうせ」


「柏の湯の連中も騙されてるんだろう」


「最近流行って浮かれてる小娘にな」


 ミリナは黙って聞いていた。


 コトネも反論しない。


 だが。


 次の言葉だけは。


 聞き流せなかった。


「なんの苦労もなく親から継いだ温泉で成功して」


「調子に乗ってるだけだろう」


 その瞬間だった。


(おい)


 低い声が響く。


 ミリナですら聞いたことがない声。


(エルフ)


(どれだけ偉いのかは知らねぇ)


(だが今すぐミリナに謝れ)


 空気が凍る。


 エルフが周囲を見回した。


「誰だ」


「誰が喋っている」


(お前の目の前だ)


(桶だよ)


 エルフの目が大きく開く。


「……は?」


 だが。


 桶さんは止まらない。


(お前はミリナの何を知ってる)


(何も知らねぇだろ)


(親が死んで)


(店が潰れかけて)


(一人で必死に守ってきた)


(周りに助けられながら)


(何度も悩んで)


(それでも前を向いてきた)


(お前はその姿を見たことがあるのか)


 怒号だった。


 エルフは完全に固まっている。


 口を開こうとする。


 だが。


 言葉が出ない。


「桶さん」


 ミリナが静かに呼んだ。


「もう大丈夫です」


 その声で。


 桶さんはようやく冷静になる。


(……悪い)


 少しだけ。


 気まずそうだった。


 ミリナは前へ出る。


 そして。


 静かに話し始めた。


「私は」


「コトネさんにお願いされたから来たわけじゃありません」


「助けたいと思ったから来たんです」


 コトネが顔を上げる。


「コトネさんは」


「本当に覚悟を決めて私に助けを求めに来ました」


「柏の湯の皆さんもそうです」


「お土産屋さんも」


「ご飯屋さんも」


「みんな必死でした」


 エルフは黙って聞いている。


「だから」


「私は力になりたいと思いました」


 そして。


 ミリナは真っ直ぐエルフを見る。


 そこにいたのは。


 いつもの優しいミリナではなかった。


 一人の温泉宿の女将だった。


「場所だけ教えてください」


「源泉までの道だけでいいです」


「私達だけで行きます」


「別についてきていただかなくても構いません」


 静寂。


 そして。


「何百年生きてきたか知りません」


「でも」


「そんな小さな世界だけ見て生きていればいいと思います」


 エルフの目が揺れる。


 だが。


 何も言えなかった。


「今日は帰ります」


 ミリナは頭を下げた。


 そして。


 松の湯を後にする。


 帰り道。


 しばらく誰も喋らなかった。


 やがて。


(悪かった)


 桶さんがぽつりと呟く。


(途中で口出しした)


(邪魔だったよな)


 すると。


 ミリナは少し笑った。


「いいえ」


「嬉しかったです」


(え?)


「怒ってくれてありがとうございました」


 その言葉に。


 桶さんは少しだけ照れた。


(……そうか)


 夕暮れの温泉街。


 ミリナ達は白樺の湯へ戻っていく。


 その頃。


 松の湯の二階。


 エルフは一人。


 窓の外を見ながら。


 ミリナの言葉を思い出していた。


 そして。


 初めて少しだけ。


 自分の中にある何かが揺らぐのを感じていた。

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