第四十四話 柏の湯と松の湯
翌日。
ミリナ達は木漏れ日温泉郷の視察へ向かった。
まず訪れたのは柏の湯。
たぬき獣人の一家が営む宿だった。
「ここです」
コトネが案内する。
外観は決して大きくない。
だが。
どこか温かみのある宿だった。
入口からして。
家に帰ってきたような安心感がある。
「いらっしゃいませー!」
出迎えてくれたのは。
人当たりの良さそうなたぬき獣人の男性。
そして可愛らしい奥様だった。
さらに。
その後ろから五人の子供達も顔を出す。
子供といっても。
一番下でもミリナと同じくらいの年齢だ。
「こちらが湯けむり亭のミリナさんです」
コトネが紹介する。
「えっ!?」
「あの噂の!?」
奥様の目が一気に輝いた。
「どうぞどうぞ!」
「ゆっくり見ていってください!」
その笑顔に。
ミリナも思わず笑顔になる。
「ありがとうございます!」
シャルネも少し口元を緩めた。
のれんをくぐる。
「お帰りなさい!」
「お客様です!」
働いていた子供達が元気よく声をかける。
その光景に。
ミリナもシャルネも思わずほっこりした。
(なんか良いな)
桶さんもそう思う。
案内された客室は。
さらに良かった。
畳。
低い机。
こたつ。
どこか懐かしい。
(実家感すげぇ……)
桶さんは妙に落ち着いてしまった。
話を聞くと。
食事は基本部屋食らしい。
時間になると。
奥様や娘達が運んでくる。
まさに家族で営む宿だった。
そして。
問題の温泉へ向かう。
内湯は二つ。
熱めの風呂。
普通の温度の風呂。
さらに。
小さいながらも景色の良い露天風呂があった。
女湯もほぼ同じ作り。
大人数向けではない。
だが。
安心感がある。
(これは好きな客多そうだな)
桶さんは素直にそう思った。
しかし。
温泉に入った瞬間。
やはり気付く。
(こっちもか……)
効果が薄い。
白樺の湯と同じだった。
話を聞くと。
湯量が減り始めた時期もほぼ同じ。
状況も似ている。
そして。
宿の主人がぽつりと呟いた。
「実はなぁ……」
「もう今年いっぱいで閉めようと思ってるんだ」
ミリナ達は驚いた。
「えっ!?」
奥様も静かに頷く。
「続けたい気持ちはあります」
「でもお客様も減ってますし……」
「子供達にも苦労をかけてしまいますから」
すると。
「でも」
娘の一人が口を開いた。
「私は続けたい」
「私も」
「私もです」
子供達が次々と頷く。
この宿が好きなのだ。
家族全員が。
主人は苦笑した。
「だからさ」
「何か方法があるなら続けたいんだ」
「協力できることがあったら何でも言ってくれ」
ミリナは力強く頷いた。
「ありがとうございます!」
こうして。
柏の湯との協力関係を取り付けることができた。
そして次に向かったのは。
松の湯だった。
到着した瞬間。
ミリナは驚いた。
「立派ですね……」
外観だけなら。
白樺の湯以上。
老舗高級旅館。
そんな言葉が似合う。
コトネがのれんをくぐる。
すると。
「白樺の湯の嬢ちゃんが何しに来た?」
いきなり高圧的な声が飛んできた。
(おっ)
(こいつか)
(頑固親父)
桶さんは視線を向ける。
そして。
(……は?)
固まった。
美形だった。
とんでもなく。
長い銀髪。
整った顔立ち。
高い身長。
誰がどう見ても美男子。
エルフだった。
ミリナも固まる。
シャルネも固まる。
二人とも。
ゴルドみたいな頑固な職人を想像していたのだ。
まったく違った。
顔だけなら物語の王子様だった。
性格は知らない。
だが。
第一声で何となく分かった。
(面倒くさいなこいつ)
桶さんは即座に判断した。
コトネが紹介する。
「こちらが湯けむり亭の――」
「あぁ」
エルフは途中で遮った。
「知ってる」
「最近人気になった店だろ」
嫌な予感がした。
「なんだ?」
「人気になったから偉そうに教えに来たのか?」
ミリナが慌てる。
「い、いえ!」
「そんなつもりじゃ――」
「うちはな」
「昔からのやり方でやってる」
「小娘にとやかく言われる必要はない」
ぴしゃり。
完全に話を聞く気がない。
「帰りな」
「忙しいんだ」
そのまま追い返された。
外へ出る。
コトネは困った顔をしていた。
「すみません……」
「昔からああいう人なんです」
だが。
ミリナは怒っていなかった。
むしろ。
にこっと笑う。
「とりあえず」
「一旦戻りましょう」
「作戦会議です」
コトネも少し安心したようだった。
そして。
白樺の湯へ戻る道中。
桶さんは昔を思い出していた。
(前世にもいたなぁ……)
(ああいう頑固親父)
(変わらないことが正しいと思ってるやつ)
最初は繁盛していた。
だが。
時代が変わる。
客も変わる。
周りも変わる。
それでも変わらなかった店は。
少しずつ。
少しずつ。
客足が遠のいていった。
(さて)
(どう攻略するかな)
桶さんはそんなことを考えながら。
白樺の湯への道を進むのだった。




