第三十九話 ミリナの気持ちと桶さんの想い
白樺の湯の女将を見送った後。
受付棟には。
重たい空気が流れていた。
ミリナは椅子に座ったまま。
静かに俯いている。
「……どうしたら良いでしょうか」
ぽつりと。
ミリナが呟いた。
その場にいたのは。
バルミナ。
シャルネ。
そして桶さん。
「白樺の湯かぁ」
シャルネが腕を組む。
「昔一回だけ仕事で行ったことあるよ」
「どうでした?」
ミリナが顔を上げる。
「うーん……」
シャルネは少し考える。
「悪い場所じゃなかった」
「温泉はどうだったかな……」
「でも」
「確かに印象には残らなかったかな」
「特徴がない感じ?」
ルーナが首を傾げる。
「そんな感じ」
「正直」
「また行きたいってなる感じではなかった」
ミリナは静かに話を聞いていた。
「……私」
「どうしたら良いんでしょうか」
すると。
『ミリナはどうしたいんだ?』
桶さんの声が響く。
ミリナは少しだけ目を丸くした。
『助けたいのか?』
「……」
ミリナはすぐには答えなかった。
代わりに。
バルミナが口を開く。
「こっちのことは気にしなくていいよ」
「私とルーナとゴルドがいりゃ」
「なんとかなる」
「バルミナさん……」
「フィナもいるしねぇ」
「書類関係も全部止まるわけじゃない」
バルミナはニヤリと笑う。
「だから」
「ミリナの好きにしたらいい」
その言葉に。
ミリナは少し困ったように笑う。
バルミナは分かっていた。
ミリナが。
ちょーがつくほどお人好しだということを。
そして。
それは桶さんも同じだった。
ミリナ達の話を聞きながら。
桶さんは静かに考えていた。
(……この一年で)
(湯けむり亭は本当に良くなったよなぁ)
寂れかけていた小さな温泉宿。
そこに突然現れた。
一つの黄色い桶。
最初は。
こんなことになるなんて思っていなかった。
露天風呂。
湯土産。
新しい仲間。
笑顔で溢れる温泉宿。
そして今。
助けを求めて。
別の温泉街から人が来た。
(……あぁ)
(俺がこの世界に来た意味って)
(きっとこういう)
(寂れた温泉を救うためなんだろうな)
(だから桶として特殊な力を持って来たんだ)
桶さんは。
しみじみそう思った。
「聞こえてるよ」
『へ?』
バルミナが呆れた顔でこちらを見ていた。
「どうせ」
「他の温泉にも入りたいだけだろう?」
『ギク』
『い、いや違いますから』
『俺が立て直しますから』
あまりの動揺に。
念話が若干カタコトになる。
その様子に。
バルミナはニヤリと笑った。
「はいはい」
そして。
少しだけ優しい顔になる。
「ミリナを頼むよ」
桶さんは。
静かに返事をした。
『……任せろ』
しばらく沈黙した後。
ミリナがゆっくり顔を上げる。
「私」
「助けてあげたいです」
その声は。
小さいが。
真っ直ぐだった。
「私が」
「みんなに助けてもらったように」
「桶さんに助けてもらったように」
受付棟の空気が少し柔らかくなる。
「だと思った」
シャルネが笑った。
「ミリナらしいね」
「えへへ……」
ミリナは少し照れ臭そうに笑う。
「じゃあ決まりだね!」
ルーナも嬉しそうだった。
「まぁ」
「こうなるとは思ってたよ」
バルミナも肩を竦める。
すると。
シャルネが真面目な顔になる。
「ミリナが行くなら」
「私は絶対護衛でついてく」
「え?」
「多分」
「桶さんも一緒に行く感じになるでしょ?」
『まぁそうなるな』
桶さんは即答した。
ミリナ一人で行かせる気など。
最初からない。
「なら尚更」
「護衛は必要」
シャルネの言葉に。
皆も頷いた。
そして翌日。
白樺の湯の女将。
コトネが再び受付棟を訪れた。
「お返事を聞かせてください」
緊張した様子で頭を下げるコトネ。
ミリナは。
ゆっくり頷いた。
「私達で良ければ」
「協力させてください」
一瞬。
コトネの目が大きく見開かれる。
「……っ」
次の瞬間。
ぽろりと涙が零れた。
「ありがとうございます……!」
コトネは何度も頭を下げる。
「本当に……」
「本当にありがとうございます……!」
ミリナは慌てて手を振った。
「た、ただ!」
「条件があります!」
コトネが顔を上げる。
「私がそちらへ行けるのは」
「二ヶ月が限界です」
「え……?」
「そこから先は」
「湯けむり亭の温泉棟改築が本格的に始まるので」
「私がいないと困るんです」
コトネは真剣な顔で頷いた。
「必ず」
「二ヶ月のお約束は守ります」
「お願いします」
ミリナも頷き返す。
話がまとまると。
コトネが地図を広げた。
「ここから白樺の湯までは」
「馬で四日ほどです」
「結構遠いですねー」
ルーナが驚く。
「なので」
「準備ができ次第すぐ出発したいです」
ミリナは皆を見る。
「じゃあ」
「急いで準備しないとですね!」
こうして。
翌朝。
ミリナ達は。
寂れた温泉街――
白樺の湯へ向けて旅立つことになった。




