第三十八話 温泉棟の工事とミリナへの来客
ついに。
温泉棟の工事が始まった。
脱衣所。
内風呂。
洗い場。
今まで湯けむり亭を支えてきた場所が。
少しずつ解体されていく。
「なんか不思議ですねー」
受付棟の窓から工事を見ながら。
ミリナがぽつりと呟く。
ゴルド率いる大工達の動きは早かった。
木材。
石材。
資材。
次々と運び込まれていく。
「しかし本当に休みに入っちまったんだねぇ」
バルミナが腕を組む。
「久々に暇ですね!」
ルーナは元気よく言った。
「いや全然暇じゃないよ!?」
すぐさまシャルネがツッコむ。
実際。
湯けむり亭の面々は。
休業中とは思えないほど忙しかった。
フィナとバルミナは。
受付棟の一角で書類と格闘していた。
「ゴルドへの追加見積もりです」
「はいはい」
「……木材また値上がりしてるねぇ」
フィナは真面目な顔で帳簿を書いている。
すっかり経理補佐が板についていた。
ルーナとシャルネは。
リリィを交えて新商品の相談中。
「果実入り牛乳用の瓶はもっと可愛くしたい!」
「いやコスト考えなさいよ」
「でも見た目大事ですよ!」
リリィも真剣だった。
一方。
エナ。
ミア。
ドロシィは。
時間がある日は朝露の家へ行っている。
「最近あの三人ずっと行ってますねー」
ミリナが少し嬉しそうに笑う。
(良いことだ)
桶さんも思う。
そして。
俺はと言うと。
(特にやることないんだよなぁ……)
何故なら桶だから。
工事もできない。
書類仕事もできない。
接客もできない。
(せめて自力移動できればなぁ)
そんなことを思っていると。
「ミリナさん」
受付の方からフィナの声がした。
「お客様です」
「お客様?」
ミリナが首を傾げる。
「休業中なのに珍しいですね」
受付棟へ向かうと。
そこには。
一人の女性が座っていた。
年齢は三十代後半くらい。
落ち着いた雰囲気。
だが。
どこか疲れた表情をしている。
「初めまして」
女性は立ち上がり頭を下げた。
「私は『白樺の湯』という温泉宿の女将をしております」
「温泉宿の……?」
ミリナが驚く。
「かなり離れた街から来ました」
「半年前くらいから、湯けむり亭の噂を聞くようになりまして」
「噂ですか?」
「はい」
女性は少し苦笑する。
「うちへ来たお客様が皆言うんです」
『湯けむり亭と比べると物足りない』
『あそこの温泉は特別だった』
『また行きたい』
「最初は誇張だと思っていました」
「ですが」
「来るお客様が皆同じように話すので……」
ミリナは少し困った顔になる。
「それで」
「実際に見に来たんです」
女性は工事中の温泉棟を見る。
「……お休み中でしたけど」
「すみません!?」
ミリナが慌てて頭を下げた。
「いえ」
女性は小さく首を振る。
「受付棟を見て思いました」
「みんなが言ってることは」
「本当だったんだなって」
そして。
女性は静かに息を吐く。
「単刀直入に言います」
「ミリナさん」
「私達の温泉街を助けてもらえませんか」
受付棟の空気が静かになる。
「……え?」
ミリナが固まった。
「私達の温泉街は」
「今」
「潰れかけています」
女性はゆっくり話し始める。
「昔は賑わっていました」
「観光客も多くて」
「温泉街全体が活気に溢れていたんです」
「気づけば」
「宿も減って」
「お客様も減って」
「若い人達は街を出て行きました」
女性は悔しそうに拳を握る。
「それでも」
「私は守りたかったんです」
「大好きな温泉街を」
「……」
「子供達にも継がせたい」
「ですが」
「今のままでは」
「私の代で終わります」
ミリナは黙って話を聞いていた。
その横で。
桶さんも静かに考える。
(……温泉街か)
現世でも。
そういう場所はたくさん見てきた。
寂れていった温泉街。
人が減った温泉宿。
途絶えた湯。
だからこそ。
少しだけ分かってしまう。
温泉を残したい気持ちが。
「お願いです」
女性は深く頭を下げる。
「どうか」
「私達に力を貸してください」
ミリナは。
すぐには答えられなかった。
何故なら。
今の自分は湯けむり亭の責任者。
休業中とはいえ。
簡単に店を空けられる立場ではない。
だが。
必死に頭を下げるその姿が。
昔の自分に重なって見えた。
「……一旦」
ミリナはゆっくり口を開く。
「お返事を預からせてください」
「明日、お返事いたします」
女性は少しだけ表情を明るくした。
「……ありがとうございます」
そうして。
女将は深く頭を下げ。
受付棟を後にした。
静かになった受付棟。
ミリナはしばらく。
黙ったまま入口を見つめていた。




