第三十五話 受付棟の着工とミリナの思い出
ついに。
湯けむり亭の大改築計画が動き始めた。
「よーし!」
「柱運べー!」
「そっちもっと右だ!」
朝から。
ゴルド率いる大工チームの声が響いている。
まず最初に着工するのは。
受付棟だ。
露天風呂とは違い。
今回は完全に一から建物を建てる。
当然。
時間もかかる。
「早くても二ヶ月ってところだな」
ゴルドが木材を確認しながら言う。
「二ヶ月かぁ……」
ミリナが呟く。
だが。
それでも十分早い。
土魔法や身体能力の高い種族達のおかげで。
工事速度はかなりのものだった。
特に。
土属性の冒険者達が基礎作業を一気に終わらせたのが大きい。
もう骨組み作業へ入っている。
◇
そして。
着工と同時に。
湯けむり亭側も大忙しだった。
当然。
受付棟が完成すれば。
色々引っ越さなければならない。
「うわぁ……」
ミリナが頭を抱えていた。
場所は二階。
元々。
ミリナの住居として使われていた場所だ。
だが。
今では。
帳簿。
資料。
契約書。
温泉関連の書類。
その他色々。
完全に事務所化していた。
「なんでこんな増えてるんですか!?」
「お前が頑張った証拠だよ」
バルミナが笑う。
「笑い事じゃないですよー!」
机の上も。
本棚も。
紙だらけだった。
◇
「こっちはこっちで多いですねぇ……」
ルーナも苦笑していた。
湯土産コーナーだ。
最近は商品数も増え始め。
在庫管理もかなり複雑になっている。
「これ新商品の試作品ですよね?」
「それは入浴剤候補」
「こっちは木彫りサンプル」
シャルネが淡々と仕分けしていく。
「ルーナ」
「お前整理苦手だろ」
「うっ」
図星だった。
気づけば。
机の上に試作品が積み上がっている。
◇
一方。
受付周り。
「……ここ後回しで良くない?」
エナが呟く。
皆頷いた。
一番荷物が少ない。
なので。
とりあえず最後でいいという結論になった。
◇
そんな中。
湯けむり亭自体は営業を続けなければならない。
そこで。
「エナ」
「ミア」
「ドロシィ」
「しばらくお願いできますか?」
ミリナが頭を下げる。
三人は頷いた。
「任せてください!」
エナがしっかり答える。
「後輩達もだいぶ慣れてきましたしね!」
ミアも笑う。
「お掃除も接客も任せてください!」
ドロシィは元気いっぱいだ。
こうして。
各メンバーは。
それぞれの仕事へ散っていった。
◇
「これどこに置きます?」
「それは後で確認するから一旦こっち!」
二階では。
ミリナとバルミナが慌ただしく片付けを進めていた。
棚の中。
机の引き出し。
古い箱。
色々整理していくたび。
昔の物がどんどん出てくる。
「うわ懐かしい……!」
ミリナが一枚の写真を手に取った。
「ん?」
バルミナも覗き込む。
そこには。
小さなミリナ。
そして。
優しそうな父親と母親。
三人並んで笑っていた。
「若いねぇ」
「やめてくださいよぉ!」
ミリナが少し照れる。
さらに。
別の写真も出てくる。
昔の湯けむり亭だ。
今より少し小さい。
だが。
写真の中には。
たくさんのお客が映っていた。
「この頃は結構賑わってたんですよ」
ミリナが懐かしそうに呟く。
「お父さんもお母さんも人気者で」
「毎日忙しかったです」
◇
だが。
幸せな時間は長く続かなかった。
ミリナがまだ幼い頃。
両親は事故で亡くなった。
そこからは。
祖母とミリナ。
二人で湯けむり亭を守ってきた。
「ばあちゃん無理してたんだよなぁ……」
ミリナがぽつりと呟く。
元々。
そこまで大きな宿ではない。
だが。
温泉を維持するだけでも大変だ。
掃除。
洗濯。
料理。
接客。
やることはいくらでもある。
祖母は。
無理を重ねた。
そして。
体を壊した。
「その辺からだったねぇ」
「客が減り始めたのは」
バルミナも覚えているらしい。
ミリナは頷いた。
「私一人で頑張ろうとしたんですけどね」
「やっぱり限界がありました」
掃除は間に合わない。
接客も雑になる。
修繕も追いつかない。
すると。
少しずつ。
お客様は離れていった。
◇
『もうやめてもいいんだよ』
祖母は何度もそう言った。
『ミリナ一人で抱えるには重すぎる』
それでも。
ミリナは首を振った。
『やだ』
『ここはお父さんとお母さんのお店だもん』
『絶対なくしたくない』
毎日。
必死だった。
そんな中でも。
通い続けてくれる常連達がいた。
『今日も来たぞー!』
『ミリナちゃん頑張ってるねぇ』
その言葉に。
どれだけ救われたかわからない。
◇
そして。
ある日。
突然。
男湯に。
黄色い桶が置いてあった。
最初は。
誰も意味がわからなかった。
ただ。
使った客達の反応がおかしい。
『疲れが取れる』
『体が軽い』
『なんかすごい』
そこから。
全てが変わり始めた。
◇
今では。
湯けむり亭は。
この領地でも。
トップクラスの人気温泉宿になっている。
昔では考えられないほどだ。
ミリナは写真を見つめながら。
少しだけ笑った。
「……見てますかね」
「お父さん」
「お母さん」
その声は。
どこか誇らしそうだった。
バルミナはそんなミリナを見て。
静かに笑う。
「見てるさ」
「こんだけ立派になったんだ」
「自慢の娘だろうよ」
ミリナは少しだけ照れくさそうに笑った。
新しい湯けむり亭へ向けて。
工事は今日も進んでいく。




