第三十三話 怒鳴り込んできた冒険者
新しい従業員達が入ってから二週間ほど。
湯けむり亭は以前よりさらに活気づいていた。
「フィアちゃん!」
「脱衣所のタオルはこっちに補充するんだよー!」
「は、はい!」
脱衣所では。
エナが新人のフィアへ元気よく指導している。
「露天の椅子はこうやって拭くんだよー!」
ドロシィも張り切っていた。
「湯土産は慌てず丁寧に渡してくださいね」
ミーナへ教えているのはルーナだ。
そして。
なぜか一番張り切っているのはミリナだった。
「大丈夫ですか!?」
「困ったことありませんか!?」
「休憩します!?」
「ミリナさん落ち着いてください!」
新人のカナエに言われ。
ミリナはぴたりと止まる。
「す、すみません!」
その様子を見て。
エナが腕を組んだ。
「むむっ」
「カナエちゃん」
「はい?」
「今の湯けむり亭の責任者はミリナだから!」
「ちゃんと店長って呼ばないと!」
「て、店長!?」
カナエがびっくりする。
「えっ!?」
ミリナ本人もびっくりしていた。
「み、店長ってなんか恥ずかしいです……!」
顔を赤くしてわたわたする。
だが。
ルーナはうんうん頷いた。
「でも似合ってますよ」
「うん!」
「ミリナ店長!」
ドロシィ達も楽しそうに呼ぶ。
(おー)
(なんかそれっぽいな)
桶さんが感心したように呟く。
「うぅ……慣れません……」
ミリナは真っ赤な顔で俯いた。
そんなある日。
転売問題をどうするか皆で話している時だった。
「おい!!」
突然。
大きな怒鳴り声が響いた。
店内が静まり返る。
そこにいたのは。
見慣れない冒険者だった。
「どうされました?」
ミリナが前に出る。
すると男は小瓶を机に叩きつけた。
「ここのポーション買ったが全然効かねぇじゃねぇか!!」
その瞬間。
シャルネの目が細くなる。
「……まず」
「ウチで扱ってるのはポーションじゃない」
シャルネが瓶を指差した。
ラベルには。
『癒しの湯土産』
と書かれている。
「あ……」
冒険者が言葉に詰まる。
周囲の常連達も口を開いた。
「そうそう」
「湯土産だぞ」
「ポーションとは別物だ」
「説明ちゃんと聞かなかったのか?」
追撃が飛ぶ。
すると。
バルミナが静かに口を開いた。
「それ」
「本当にここで買ったのかい?」
「買った!」
男は強く頷く。
だが。
バルミナは冷静だった。
「今の湯土産は予約制だ」
「転売対策で購入者の名前と日付は全部控えてる」
その場の空気が変わる。
「……さて」
「それでもまだ」
「ここで買ったって言えるかい?」
男の顔から血の気が引いた。
「……悪かった」
「実はダンジョン近くの露店で買った」
周囲がざわつく。
「効かなかったら湯けむり亭に文句言えって……」
「ここが悪いって言えば返金してもらえるって……」
シャルネの目つきが変わる。
「ルーナ」
「はい?」
「ちょっと見てくる」
それだけ告げる。
ルーナはすぐ察した。
「……気をつけてくださいね」
「あぁ」
シャルネは冒険者を連れて店を出ていった。
◇
ダンジョン近く。
冒険者向けの露店が並ぶ通り。
シャルネは男を連れて目的の店へ向かった。
「ここだ……」
冒険者が指差す。
そこには。
最近湯土産を大量に買っていくようになった商人がいた。
シャルネはその顔を覚えていた。
「なるほど」
商人もこちらに気づく。
そして。
一瞬で顔色が変わった。
「っ……」
慌てて並べていた瓶を隠そうとする。
だが。
もう遅かった。
シャルネは露店の前に立つ。
「へぇ」
「やっぱりあんたか」
商人は引きつった笑顔を浮かべる。
「な、なんのことですかねぇ」
「これは普通のポーションで――」
「その言い訳」
「商業ギルドでも頑張って言ってくれ」
シャルネは冷たく言い放つ。
「今後うちからの仕入れはできないと思って」
「あと商業ギルドにはしっかり報告させてもらうわ」
商人の顔色が青くなる。
「し、証拠もないのに!」
「証拠?」
シャルネが後ろを見る。
そこには。
「こいつだ!」
「俺にも売った!」
「効かなかったら湯けむり亭行けって言われたぞ!」
冒険者達が集まっていた。
被害者は一人ではなかった。
商人の顔が引きつる。
「まぁ」
シャルネは肩をすくめる。
「言い逃れできるなら頑張って」
◇
その後。
商業ギルドは即座に動いた。
湯けむり亭の名前を利用した悪質な転売。
さらに偽物販売。
処分は重かった。
商人には営業停止。
そして。
多額の賠償金を湯けむり亭へ支払うことが言い渡された。
その内容は街中に広まり。
冒険者ギルドでも酒場でも噂になった。
「湯けむり亭絡みでやらかしたら終わるぞ」
「商業ギルドめちゃくちゃキレたらしいな」
「そりゃそうだ」
特に今の湯けむり亭は。
街の外からも人が訪れるほどの存在になっていた。
商業ギルドとしても。
その信用を傷つける行為を放置するわけにはいかなかったのだ。
結果。
転売目的で動いていた者達は一気に消えた。
転売で得られる利益より。
バレた時のリスクが大きすぎたのだ。
こうして。
湯土産転売問題は。
ほぼ解決へ向かうことになった。




