第三十話 リリィの夢と露天風呂
貴族の屋敷を訪れてから数日後。
湯けむり亭は珍しく少し早めに営業を終えていた。
理由は。
リリィ達の訪問である。
「そろそろ来ますかね?」
ミリナが入口を見ながら呟く。
その時。
店の前へ立派な馬車が止まった。
降りてきたのは。
リリィとその父親。
そして護衛達だった。
「今日はお招きありがとうございます」
リリィの父は深々と頭を下げる。
「いえ!」
「来ていただけて嬉しいです!」
ミリナも笑顔で返した。
一方。
リリィは少し緊張した様子だった。
だが。
「リリィちゃん!」
「一緒に入ろー!」
エナ達に声を掛けられると。
「……う、うん!」
すぐに表情が明るくなる。
そのまま。
女湯へと向かっていった。
ルーナとミリナも後を追う。
男湯では。
桶さんがいつもの台座で待機していた。
(今日は貴族デーか)
そんなことを考えていると。
護衛の一人が桶さんを手に取る。
「これが噂の……」
半信半疑のまま。
お湯をかぶる。
「……っ!?」
男が目を見開いた。
「な、なんだこれ……!」
「疲れが一気に抜ける……!」
別の護衛も驚いた顔になる。
「肩の痛みまで軽く……!」
「本当にこんな効果が……」
リリィの父も。
静かに桶さんを使う。
そして。
「……なるほど」
「確かにこれは凄い」
と小さく呟いた。
(まぁ俺すごいからな)
桶さんは少し得意げだった。
そんな中。
女湯の方から。
楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
「きゃははっ!」
「リリィちゃんそっち熱くない?」
「だいじょうぶー!」
その声を聞いたリリィの父は。
ふっと表情を緩めた。
今までずっと。
病気で苦しんでいた娘。
友達と遊ぶことすら難しかった。
そんなリリィの。
心から楽しそうな声。
「……ありがとうございます」
誰に向けるでもなく。
ぽつりと呟く。
桶さんはそれを聞きながら。
(まぁ……)
(風呂ってそういうもんだよな)
と少しだけ嬉しくなっていた。
そして。
楽しい時間はあっという間に過ぎ。
帰りの時間となった。
「また来てねー!」
「次は露天風呂できてるかも!」
エナ達が手を振る。
リリィも嬉しそうに手を振り返した。
「うん!」
「また来る!」
その後。
馬車に揺られながら。
リリィは窓の外を眺めていた。
「リリィ?」
父が優しく声を掛ける。
すると。
リリィはぽつりと呟いた。
「わたしね」
「大きくなったら」
「湯けむり亭みたいな温泉作りたい」
「……!」
父は目を丸くする。
「みんなが笑ってて」
「いっぱいお話して」
「知らない人とも仲良くなれて」
「すっごく楽しかったの!」
リリィは目を輝かせていた。
その姿を見て。
父は静かに笑う。
「……いい夢だ」
「きっと素敵な温泉になるな」
「うん!」
リリィは嬉しそうに頷いた。
そして。
さらに数日後。
ついに。
巨大露天風呂が完成した。
「でっっっか!?」
完成した露天を見たミリナが叫ぶ。
広い。
とにかく広い。
岩造りの巨大浴槽。
湯気。
外の風。
開放感。
まさに。
温泉旅館の大露天風呂だった。
「これはすごいねぇ……」
バルミナも感心している。
ゴルドは鼻を鳴らした。
「ドワーフ舐めんな」
(いや本当にすげぇなこれ)
桶さんも驚いていた。
しかも。
工期はわずか数日。
異世界の土魔法恐るべしである。
そして。
完成したその日。
湯けむり亭は。
一時的に予約制を廃止した。
久しぶりの。
“自由に来れる湯けむり亭”。
その知らせは。
街中へ一気に広がった。
開店前から。
常連達が並ぶ。
「本当なんだな!?」
「予約なしで入れるのか!?」
「うおおおおお!!」
まるで祭りだった。
そして。
露天風呂へ案内された常連達は。
一斉に固まる。
「…………」
「……でっっっっっか!!!」
歓声が響いた。
「なんだこれ!」
「最高かよ!!」
「空見ながら入れるぞ!」
「広すぎる!!」
常連達は大盛り上がり。
その様子を見て。
ミリナも嬉しそうに笑う。
「よかったですね」
(あぁ)
(やっぱ風呂はこうじゃないとな)
桶さんは。
大勢の笑い声と湯気に包まれながら。
満足そうにそう思うのだった。




