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転生したら桶でした  作者: 玉葱将軍


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第三話 桶にもステータスはあるらしい

今日も、湯けむり亭は大繁盛だった。


今日は女湯の日。


 つまり俺――回復効果を持つ黄色い桶は、朝からずっと女湯に置かれている。


「貸して貸してー!」


「次わたし!」


「ちゃんと流してから返してよ!」


(だから押すなって……)


 湯気の立ちこめる浴場では、女性冒険者たちの笑い声が響いていた。


 そして壁の向こう――男湯からは不満げな声も聞こえる。


「今日は女湯かよー!」

「ずりぃ!」

「明日は絶対こっちだからな!」


 どうやら完全に日替わり制として定着したらしい。


 最初は揉めに揉めたが、今では、


『奇数日が女湯』

『偶数日が男湯』


で落ち着いている。


(俺は風呂屋の備品なんだがな……)


 完全に人気レンタルアイテム扱いである。


「ほら、シャルネ。あんた最近ちゃんと湯船入るようになったじゃない」


「う、うるさいわね」


 猫耳をぴくぴくさせながら、


シャルネ


がそっぽを向く。


 以前は水嫌いで有名だったらしいが、最近は普通に長湯している。


 しかも。


「……ふぅ」


 結構気持ちよさそうだ。


(慣れてきてるな)


 女湯の空気は、男湯とはまた違う。


 笑い声が多い。


 湯気の匂いも少し甘い。


 犬獣人たちの尻尾がぱたぱた揺れ、

 エルフ族は静かに髪を洗い、

 小柄なドワーフ族は熱湯で真っ赤になって笑っている。


 湯気。

 笑い声。

 尻尾。

 耳。

 石鹸の香り。


 そして。


 湯の動きに合わせて、あちこちが揺れる。


(……落ち着け俺)


 元五十二歳の理性が試される。


 だが、不思議と嫌な気分ではない。


 騒がしいのに、どこか穏やかだ。


「はい、次わたしー!」


「ちょっ、押さないで!」


(だから順番守れ!)


 今日も桶は大人気だった。


 ◇◇◇


 やがて閉店時間。


 冒険者たちが帰り、浴場は静けさを取り戻していく。


 聞こえるのは、


 湯の流れる音。

 床を洗う水音。

 桶の転がる音。


 閉店後の風呂屋というのは、妙に落ち着く。


(……この空気、好きなんだよな)


 そんなことを考えていると。


「お疲れさまです、回復桶さん」


 ほうきを持った


ミリナ


が笑った。


(いや喋れないんだけどな)


 ミリナは床を磨きながら続ける。


「今日もすごかったですねぇ」


 実際すごかった。


 討伐帰りの冒険者。

 噂を聞きつけた客。

 回復目的の常連。


 最近では、わざわざ遠くから来る客までいるらしい。


 ミリナは、俺をそっと持ち上げた。


「……ほんと不思議な桶」


 近い。


 だいぶ慣れたとはいえ、やはり少し緊張する。


「傷を癒やすなんて聞いたことないし……」


 彼女は俺を裏返したり横から見たりする。


「魔道具……なのかなぁ?」


(俺も知りたい)


「……それとも、何か特別だったりするのかしら」


 ぽつりと漏らした声は、どこか優しかった。


 ミリナは最後に軽く俺を洗うと、浴場の縁へ丁寧に置いた。


 ぱたぱたと足音が遠ざかっていく。


 浴場に静寂が戻った。


 湯気だけが、静かに漂っている。


(……そういや)


 ふと思う。


(異世界って、ステータスとかあるんだよな)


 冒険者たちも時々そんな話をしていた。


 レベル。

 スキル。

 能力値。


 だが俺は今まで考えもしなかった。


 なにせ桶だ。


(いや、桶にステータスなんかあるのか?)


 普通ないだろ。


 だがここ異世界だし。


 回復効果とかあるし。


(……試すだけ試してみるか)


 俺は意識を集中する。


(ステータス……オープン?)


 すると。


 ふわり、と。


 桶の内側に淡い光が浮かび上がった。


(うおっ!?)


 半透明の文字が並んでいく。



 名称:不明


 Lv:3


 HP:38


 MP:62


 攻撃力:5


 防御力:43


 魔力:27


 素早さ:1


 スキル:

《浄癒の湯》

《保温》



(……いや、ちゃんとあるんかい)


 しかも地味に防御力が高い。


 攻撃力は泣きたくなるほど低いが。


(素早さ1ってなんだよ……)


 いやまぁ、自力移動できないから納得ではある。


 だが問題はそこじゃなかった。


 ステータスの一番下。


 そこに書かれていた文字を見て、俺は固まる。



 種族:桶



(そのまんまかーーーーーー!!)


 いやもう少し何かあるだろ。


 器物族とか。

 神秘の湯桶とか。


 せめてそれっぽい名前を期待したのに、まさかの直球だった。


(いや待て、それより……)


 俺はもう一度ステータスを見る。



 Lv:3



(……なんでレベル上がってるんだ?)


 そこが妙だった。


 俺は戦っていない。


 そもそも桶だ。


 移動すらできない。


 なのにレベルが3ある。


(普通、レベルって魔物倒して上がるもんだろ……?)


 転生前に遊んでいた某なんとかクエストだってそうだった。


 スライムを倒し、

 ゴブリンを倒し、

 延々同じ場所をぐるぐる回ってレベル上げをした記憶がある。


 だが俺は何も倒していない。


 せいぜい毎日、冒険者たちに湯をかけられているだけだ。


(……じゃあ何で上がった?)


 その時。


 ぱたぱた、と足音が近づいてきた。


「あっ、忘れ物忘れ物」


 戻ってきたミリナが、棚に置きっぱなしだった掃除布を回収する。


 そして、ついでのように俺へ笑いかけた。


「じゃあ、明日もお願いしますね。回復桶さん」


 ぽんぽん、と軽く叩かれる。


 浴場の灯りが少しずつ落ちていった。


(……まぁ、気にしても仕方ないか)


 今はまだ。


 ただの桶なのだから。

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