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転生したら桶でした  作者: 玉葱将軍


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第二話 女湯デビューは突然に

大衆浴場――


湯けむり亭は、今日も湯気に包まれていた。


 王都の外れに建つ、冒険者向けの風呂屋。


 一階には浴場。

 二階にはミリナの住居

 石造りの床に木の壁。

 天井には湯気を逃がす窓。


 高級感こそないが、広くて清潔。

 疲れた冒険者たちにとっては、十分すぎる癒やしの空間だった。


 男湯は、

 大浴槽が一つ。

 熱湯風呂が一つ。


 女湯はそこに加えて、小さな薬湯がある。


 とはいえ差はそれくらいで、基本的には庶民向けの大衆浴場だ。


 そして今、その男湯の隅に――俺は置かれている。


 黄色い桶として。


(……人生って何があるかわからんな)


 転生して数日。


 俺はすっかり“回復桶”として定着していた。


「おい、次貸せ!」


「順番だって言ってるだろ!」


「討伐帰りなんだから優先しろ!」


(だから取り合うな)


 俺で湯を流すと、

 軽い傷や疲労が和らぐ。


 その噂はあっという間に広まり、今では常連冒険者たちが俺を目当てに来る始末だ。


「繁盛してますねぇ」


 番台の方から、


ミリナ


が苦笑していた。


 赤髪を後ろで束ねた、湯けむり亭の看板娘だ。


「昨日なんて『桶を撫でると幸運になる』って言ってる人いましたよ」


(やめろ。宗教になる)


 そんな時だった。


 女湯の暖簾が勢いよく開いた。


「ちょっと納得いかないんだけど!」


 ズカズカと出てきたのは、黒猫の耳を持つ獣人の女冒険者――


シャルネだった。


 細身の体。

 短い黒髪。

 腰には短剣。


 そして怒りで逆立った黒い尻尾。


「なんで男湯だけなのよ!」


「えぇっ?」


 ミリナが目を丸くする。


「そっちだけ回復桶あるとかズルいでしょ!? 女冒険者だって怪我するんだから!」


「いや、まぁ……」


 確かにその通りだった。


 最近は女性冒険者も多い。


 前衛職なら傷だらけになるのも同じだ。


 シャルネはびしっと俺を指差した。


「その桶、女湯にも置きなさい!」


(俺に決定権はないぞ!?)


 すると女湯の方からも声が飛ぶ。


「確かに使ってみたいかもー」

「薬湯だけじゃ取れない疲れあるし」

「私も回復したーい!」


 一方、男湯側は即座に反発した。


「ダメだ!!」

「回復桶はこっちの希望だぞ!」

「討伐帰りの命綱なんだ!」


(命綱扱いするな)


「はぁ!? 女だって命懸けなんだけど!?」


 シャルネの猫耳がぴんっと立つ。


 完全に浴場戦争だった。


 すると。


 ミリナが、ぽん、と手を叩く。


「じゃあ、時間を決めて女湯にも置きましょうか」


 静まり返る浴場。


「本当!?」


 シャルネの尻尾がぶわっと揺れた。


「ただし乱暴に扱わないこと!」


「するわけないでしょ!」


(いやちょっと待て心の準備が)


 だが俺の意思など関係なく。


 ミリナは俺をひょいと抱え上げ、そのまま女湯の暖簾をくぐった。


 脱衣所は男湯より少し明るい。


 香草の香りもする。


 籠が綺麗に並び、木の床もどこか柔らかい雰囲気だった。


 そして奥。


 湯気の向こうに広がる女湯。


 大浴槽。

 薬湯。

 洗い場。


 構造自体は男湯と大差ない。


 だが空気はかなり違った。


「きたきた!」

「ほんとに黄色い!」

「なんか可愛い!」


(感想そこ!?)


 女性客たちが集まってくる。


 人族。

 エルフ族。

 ドワーフ族。

 獣人族。


 種族ごとに雰囲気もかなり違う。


 エルフ族は湯気の中でも姿勢が綺麗で、

 ドワーフ族は小柄なのに妙に存在感がある。


 犬獣人たちは尻尾をぱたぱた振りながら笑っていた。


 湯気。

 笑い声。

 尻尾。

 耳。

 石鹸の香り。


 そして。


 湯の動きに合わせて、あちこちが揺れる。


(……落ち着け俺)


 視界に入るたび、元五十二歳の理性が試される。


 だが不思議と嫌な感じはしない。


 女湯全体が、どこか穏やかだった。


「……ほんとに効くの?」


 シャルネが半信半疑の顔で俺を持つ。


 そして肩の擦り傷へ湯を流した。


 ザァ――。


 淡い光。


「……あ」


 赤くなっていた傷が、ゆっくり薄れていく。


 シャルネの猫耳がぴくりと震えた。


「すご……」


 女湯が一気に沸く。


「ほんとだ!」

「貸して貸して!」

「次わたしー!」


(だから押すなって!)


 回復桶争奪戦、再びである。


 そんな騒ぎの中。


「……あったか」


 シャルネが小さく呟いた。


 傷だらけだった肩の力が、少し抜けている。


 すると近くで湯に浸かっていた犬獣人の女性が目を丸くした。


「えっ、シャルネがそんな顔するの珍しくない?」


「そうそう。この子、水苦手じゃなかった?」


「いつもすぐ出てくもんねぇ」


「う、うるさいわね!」


 シャルネの猫耳がぴんっと立つ。


 だが彼女は少しだけ視線を逸らし、それから俺をちらりと見た。


「……でも、この桶のお湯は心地いい」


 ぽつりと漏れたその言葉に、女湯が少し静かになる。


 湯気がふわりと立ちのぼった。


 ――どうやら俺は今日も、

 誰かを少しだけ癒せたらしい。

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