第二十五話 桶、帰ってくる
貴族の屋敷を後にする頃には。
すっかり夕方になっていた。
「ありがとうございました……!」
玄関前で。
貴族は何度も頭を下げている。
その隣では。
すっかり元気になった少女――リリィが笑っていた。
「また遊びに来てくれる?」
ミリナは優しく笑う。
「もちろんです」
「今度はリリィちゃんが遊びに来てください!」
「おんなじくらいの子もいますから!」
「ほんと!?」
リリィの目が輝く。
「うん!」
「みんな優しい子ですよ!」
リリィは嬉しそうに何度も頷いた。
そして。
貴族は再び深く頭を下げる。
「この恩は……決して忘れない」
そうして。
ミリナ達は屋敷を後にした。
帰り道。
バルミナがニヤニヤしながら言う。
「いやぁ」
「改築と増築の金の目処が立ってよかったじゃないか」
「ねぇ?」
ミリナは苦笑い。
シャルネも呆れ顔だ。
「そこ考えてたんだ……」
「商人は逞しくないとねぇ」
(こぇー……)
桶さんは内心で震えていた。
(この人、絶対敵に回したくねぇ……)
そんな中。
ミリナがそっと桶さんを抱きしめる。
「……でも本当に」
「帰ってきてくれてよかったです」
その声は。
本当に安心したようだった。
(……おぉ)
桶さんは少し照れる。
(まぁ俺も帰れて安心したよ)
そして。
湯けむり亭へ戻ると。
入口の前で。
ルーナ。
エナ。
ミア。
ドロシィが待っていた。
「あっ!!」
最初に気づいたのはエナだった。
「帰ってきたぁ!!」
四人が一斉に駆け出す。
「ミリナさん!!」
「桶さん!!」
「よかったよぉ!!」
ルーナなんて半泣きだった。
ミリナへ抱きつきながら。
桶さんもきゅっと抱える。
(お、おぉ!?)
「本当に心配したんですからぁ……!」
エナ達も涙目だった。
「盗まれたって聞いた時、びっくりした……」
「もう帰ってこないかと思った……」
桶さんはそんな皆を見て。
静かに思う。
(……ほんと)
(良い連中に囲まれたなぁ)
そして。
中へ入ると。
「おぉーーー!!」
大歓声が上がった。
そこには。
常連達。
冒険者達。
今回手伝ってくれた面々が勢揃いしていた。
「無事だったか!!」
「よかったな、ミリナちゃん!」
「桶も帰ってきたぞ!!」
しかも。
全員すでに風呂へ入る気満々だった。
着替え。
桶。
準備万端である。
ミリナは思わず笑ってしまう。
「お待たせしました!」
「桶さんも帰ってきましたので!」
「皆さん、今日はたくさん疲れを癒してください!」
「おぉぉぉ!!」
「風呂だぁぁ!!」
「待ってました!!」
そして。
男湯。
桶さんは久しぶりに定位置の台座へ置かれた。
「やっぱこれだよなぁ」
「黄色い桶があると落ち着く」
「湯けむり亭って感じするわ」
常連達がしみじみ頷く。
(……へへ)
桶さんはちょっと嬉しかった。
だが。
平和だったのは。
本当に一瞬だけだった。
「よし、借りるぞ!!」
「待て、俺が先だ!!」
「今日は俺が使う!!」
「いや、俺だ!!」
次の瞬間。
いつもの桶争奪戦が始まる。
(あーーーもう!!)
(落ち着け、お前ら!!)
男湯に。
いつもの賑やかな声が響き渡る。
その光景を見ながら。
ミリナは小さく笑った。
「……うん」
「やっぱり、これが一番ですね」




