第十四話 変わり始めた湯けむり亭
従業員が増えてから三ヶ月。
《湯けむり亭》は、以前とは比べものにならないほど忙しくなっていた。
「本日二番の方どうぞー!」
入口で元気よく声を張るのは、ルーナだ。
最近の《湯けむり亭》は予約制になっていた。
以前は行列ができ。
待ち時間で揉め。
長時間待たされる客も多かった。
そこで、バルミナが提案したのだ。
「時間で区切っちまえばいい」
その結果。
受付で時間札を渡し、順番に案内する方式になった。
最初は常連達も戸惑っていたが。
「前より入りやすいな」
「待ち時間減ったぞ」
評判はかなり良い。
おかげで店内の混雑も減った。
とはいえ。
忙しいことに変わりはない。
「タオル補充終わったー」
ふわぁ、と欠伸しながら現れたのは、ミア。
一見やる気がなさそうに見えるが。
気づくと仕事が終わっている。
かなり器用だった。
「薪も運んどいたぞ!」
両腕いっぱいに薪を抱えているのは、ドロシィ。
小柄なのに力が強い。
男衆も驚くほどだ。
「せ、洗濯終わりました!」
慌てながら走ってくるのは、エナ。
真面目すぎるくらい真面目で。
気づけば誰より働いている。
「エナちゃん、休みな!」
「で、でもまだ床掃除が……!」
「それは後でいい!」
バルミナに止められていた。
そんな様子を見ながら。
ミリナは少し呆然としていた。
「み、皆がいるとこんなに違うんですね……」
以前なら。
全部一人だった。
掃除。
薪割り。
受付。
洗濯。
閉店後の片付け。
毎日ふらふらだった。
だが今は違う。
笑い声がある。
手伝ってくれる人がいる。
それだけで。
店の空気まで変わっていた。
◇◇◇
閉店後。
番台で帳簿を見ていたミリナが目を丸くした。
「えっ……?」
「どうした?」
帳簿をまとめていたバルミナが顔を上げる。
「こ、これ……間違ってませんか?」
「間違ってないよ」
そこに書かれていたのは。
三ヶ月前とは比べものにならない売上だった。
「一・五倍……?」
「従業員増やして回転率が上がったからね」
さらに。
大きかったのは湯土産だ。
「特に冒険者連中だねぇ」
バルミナが笑う。
駆け出し冒険者。
新人探索者。
ポーション代を節約したい若者達。
かなり需要が増えていた。
しかも。
ルーナの接客がかなり評判らしい。
「温めると効きが良くなりますよ!」
「冷えたままだと弱くなりますからね!」
説明も丁寧。
愛想も良い。
常連もかなり増えていた。
「こ、こんなに……」
ミリナはまだ信じられない顔をしている。
少し前まで。
店を潰さないことで精一杯だったのだ。
それが今では。
従業員を雇い。
売上も増え。
店まで回り始めている。
「……すごいですね」
ミリナがぽつりと呟く。
(いや、お前が頑張った結果だろ)
俺はそう思った。
もちろん。
皆の力もある。
でも。
ここまで店を残したのは、間違いなくミリナだ。
◇◇◇
その日の夜。
営業を終えた二階の部屋。
「皆で働くの、楽しいですね」
ルーナが笑う。
「温泉も毎日入れるし……」
ミアは既に眠そうだ。
「湯けむり亭に来て良かった」
ドロシィも頷く。
「わ、私もです……!」
エナも少し嬉しそうだった。
そんな皆を見ながら。
ミリナは少しだけ寂しそうに笑った。
「朝露の家に帰るのを見ると、ちょっと寂しいんですよね」
(……ん?)
「もっと皆でゆっくり話したりしたいですし」
そこで。
ミリナは少しだけ考えるように呟いた。
「皆で暮らせる家とか……あったらいいですよね」
その瞬間。
「庭欲しいです!」
ルーナが即答した。
「日向ぼっこ場所……」
「薪置き場!」
「み、皆で暮らすんですか……!?」
一気に盛り上がる部屋。
(気が早ぇな!?)
だが。
ミリナは静かに笑っていた。
「……探してみようかな」
小さな呟きだった。
けれど。
その目は少しだけ本気だった。
(なんか楽しみになってきたな)




