第十二話 湯けむり亭の今
最近の湯けむり亭は、とにかく忙しかった。
「次の方どうぞー!」
「湯土産二本!」
「男湯の桶足りねぇぞー!」
「タオル追加お願いしまーす!」
朝から晩まで人がいる。
湯気。
笑い声。
湯の流れる音。
気づけば、浴場は以前とは別物の賑わいになっていた。
(……すげぇな)
俺が来た頃とは大違いだ。
あの頃は。
客が少なかった。
広い浴場に湯の音だけが響いていた。
掃除をしていたミリナの背中も、どこか寂しそうだった。
今では違う。
洗い場は埋まり。
脱衣所は狭く感じるほど。
夕方には順番待ちまで出る。
「忙しすぎませんかこれ!?」
ミリナ
が悲鳴を上げていた。
分かる。
実際かなり無理してる。
朝から晩まで走り回っている。
しかも最近は《癒やしの湯土産》まである。
仕事量は以前とは比べ物にならない。
そんな中。
脱衣所から常連達の声が聞こえてきた。
「最近混みすぎだろー」
「洗い場待ちするとか昔じゃ考えられんな」
「脱衣棚も足りねぇ」
「でも繁盛してるのは良いことだ」
(……店も狭いか)
前は問題なかった。
客が少なかったからだ。
でも今は違う。
人が増えた。
湯土産もある。
従業員はミリナ一人。
限界が近い気がした。
◇◇◇
その夜。
閉店後の番台。
ミリナは帳簿を前に固まっていた。
「…………」
(どうした?)
「増えてます……」
震える声だった。
「すごく増えてます……」
帳簿を見せられる。
正直、俺は数字に強くない。
だがそれでも分かる。
増え方が凄い。
「回復桶さんが来る前……」
ミリナがぽつりと呟く。
「月の売上は七万ゼンくらいでした」
かなり厳しかったらしい。
温泉維持。
薪。
掃除道具。
食費。
それだけでほとんど消えた。
赤字寸前の月もあったという。
「でも今は……」
帳簿をめくる。
「入浴だけで三十万ゼン超えてます」
(うぉ)
「それに――」
ミリナはさらに別の紙を見る。
「《癒やしの湯土産》がすごいです」
販売開始からまだ日が浅い。
だが。
駆け出し冒険者を中心にかなり売れていた。
「今月だけで二十五万ゼンくらい……」
(えぇ……)
合計すると。
月売上は五十万ゼンを超えていた。
以前の何倍だ。
「こ、こんな大金見たことありません……!」
ミリナが本気で震えていた。
(いやそれより)
俺は別のことが気になっていた。
(ミリナ、お前休めてるか?)
「……へ?」
(ずっと働いてるだろ)
朝から晩まで動いてる。
湯土産まで始めたせいで仕事量も増えた。
「だ、大丈夫ですよ?」
(全然大丈夫そうに見えん)
ミリナは苦笑いした。
その顔には疲れが見えている。
だから俺は言った。
(人、増やした方がいい)
ミリナがぱちぱち瞬きする。
「従業員さん……ですか?」
(あと増築とか改築も必要かもな)
「か、改築!?」
かなり驚いている。
まぁ分かる。
少し前まで潰れかけだった店だ。
それが今では。
人を雇えるかもしれない。
店を広げられるかもしれない。
そんなところまで来ている。
ミリナは静かに帳簿を見る。
そして。
「……本当に変わりましたね」
そう言って笑った。
どこか嬉しそうな笑顔だった。




