第十一話 桶、湯を売る
十八階層突破。
その話は思った以上に早く広がった。
湯けむり亭には今日も多くの冒険者が訪れている。
「聞いたか?」
「あぁ、あの回復する桶だろ?」
「温泉かけると傷治るってやつ!」
「しかも安いらしいぞ!」
噂は尾ひれまで付いていた。
(安くはないぞ?)
まだ売ってないし。
だが困ったことも起きていた。
「頼む! 一日だけ貸してくれ!」
「明日だけでいいんだ!」
「ポーション買う金ねぇんだよ!」
新人冒険者達からの“桶貸してくれ”攻勢である。
特に金のない駆け出し冒険者。
この国の通貨は“ゼン”。
一般人の平均月収は三万ゼン前後と言われている。
だが駆け出し冒険者――F級やE級は違う。
月収一万ゼンに届かない者も珍しくなかった。
しかも冒険者は武器、防具、宿代、食費。
とにかく金が飛ぶ。
それなのに初級回復薬は一本三千ゼン前後。
新人にはかなり重い出費だった。
だから俺を借りたがる。
気持ちは分かる。
かなり分かる。
だが。
「うーん……」
ミリナ
は困り顔だった。
「回復桶さんがいないと、お客さん達から文句が出るんですよねぇ……」
実際そうなのだ。
最近では常連達も普通に俺を探す。
「今日は桶ねぇのか?」
「男湯に置いてくれよ」
「いや今日は女湯の日だろ」
「回復桶さんがないと落ち着かん」
など。
完全に湯けむり亭の名物になっていた。
(なんか人気者だな俺……)
桶なのに。
◇◇◇
閉店後。
番台横の机には、
商業ギルド
の男が座っていた。
湯けむり亭の常連でもある中年商人だ。
「つまり、桶そのものは貸し出せない」
「はい」
ミリナが頷く。
「でも冒険者さん達も困ってて……」
そこで。
ミリナが、はっとした顔をした。
「……なるほど。湯だけ売るんですね?」
どうやら俺の考えが伝わったらしい。
商人が首を傾げる。
「湯だけ?」
「はい!」
ミリナが説明する。
「回復桶さんを通した温泉を、小瓶に入れて売るんです!」
「ふむ……」
「ただ、温め直さないと駄目みたいで」
さらにミリナは続ける。
「あと、回復桶さんから直接かけるよりは少し効果が落ちます」
商人は腕を組んだ。
「なら、持ち運び用の火具も必要だな」
「火具?」
「簡易魔道コンロだ」
ミリナが目を丸くする。
「そんなものあるんですか!?」
「あぁ。鍋屋や露店商が使う小型の魔道具だ」
火属性の魔石を使い、小さな火を出せる道具らしい。
「温め直す程度なら十分だろう」
(おぉ、便利そう)
さすが異世界。
「ただし高いぞ?」
「おいくらですか?」
「安物でも二千ゼンくらいだな」
「た、高い……」
ミリナが遠い目をした。
一般人の感覚なら十分高い。
だが冒険者なら手が届かない額でもない。
「まぁ、最初は焚き火でもいいだろ」
商人は笑った。
「そのうち売れたら考えりゃいい」
確かにその通りだった。
商人は顎を撫でる。
「回復薬ほどではないが、価格次第では十分需要がある」
さらに男は続けた。
「特に駆け出し冒険者向けだな」
「やっぱり!」
ミリナが嬉しそうに笑う。
「ただし」
男が指を立てる。
「普通の回復薬より安くしろ」
「はい!」
「既存の薬屋とも揉めにくくなる」
なるほど。
その辺りは大事なのだろう。
「あと名前だな」
「名前?」
「商品名があった方が売りやすい」
そこで皆が考え込む。
静寂。
湯気。
そして。
「……湯土産、とかどうでしょう?」
ミリナがぽつりと言った。
「ほぅ」
商人が少し笑う。
「悪くない」
(温泉街のお土産みたいだな……)
なんかしっくり来る。
「では商品名は――」
ミリナが嬉しそうに言った。
「《癒やしの湯土産》です!」
なんか温泉地感が凄い。
だが悪くない。
むしろ俺らしい気もする。
「値段はどうする?」
「うーん……」
相談の結果。
普通の初級回復薬が三千ゼン前後。
対して《癒やしの湯土産》は。
一瓶五百ゼン。
かなり安い。
ただし。
* 温め必須
* 状態異常は治せない
* 大怪我には不向き
という条件付きだ。
◇◇◇
翌日。
試験販売を始めた途端。
駆け出し冒険者達が列を作った。
「これなら買える……!」
「助かる!」
「初級回復薬よりずっと安いぞ!」
かなり好評だった。
(……なんか商売始まっちまったなぁ)
湯気の向こう。
賑わう浴場を見ながら。
桶の俺は、少しだけ不思議な気分になっていた。




