第十話 桶、再び迷宮へ
数日後。
湯けむり亭の裏口では、
アタミサイコの面々が集まっていた。
前回の失敗。
原因不明だった回復不能。
だが今は違う。
原因は分かっている。
「つまり――温度か」
戦士の男が腕を組む。
ミリナが真面目な顔で頷いた。
「はい。冷えると駄目みたいなんです」
「なるほどなぁ……」
獣人の槍使いが感心したように耳を揺らす。
「温泉らしい弱点だ」
(俺もそう思う)
妙に納得感がある。
「なので今回は、これを用意しました!」
ミリナが見せたのは、小さな金属製の保温壺だった。
「中に温泉を入れてあります」
「おぉ」
「さらに!」
ミリナはエルフの女を見る。
「十八階へ入る前に、温泉をしっかり温め直してください」
エルフが静かに頷く。
「火の術で、だな」
「はい!」
ミリナは続ける。
「あと、使う時は――」
彼女は俺を持ち上げた。
「必ず一度、回復桶さんへ入れてください」
「直接かけるんじゃ駄目なのか?」
「少し効果が弱くなるみたいなんです」
前回の検証結果だ。
「回復桶さんを通した方が、ちゃんと効きます」
(なんか俺、浄水器みたいだな……)
少し複雑だった。
「よし、じゃあ行くか!」
そうして。
俺は再びダンジョンへ向かうことになった。
◇◇◇
二度目の街。
二度目の迷宮。
だが今回は、前回より余裕があった。
理由は単純。
(原因分かってるって大事だな……)
前回は何が起きたか分からなかった。
今回は対策済みだ。
アタミサイコも前回より動きが軽い。
「十六階、問題なし!」
「次行くぞ!」
順調。
そして。
問題の十八階層へ到着する。
空気が冷たい。
壁には薄く霜が張りついていた。
「やっぱ冷えるな……」
獣人が耳を伏せる。
その横で、エルフが静かに杖を掲げた。
ぼっ、と小さな火。
保温壺の温泉が温められていく。
さらに。
温めた湯を俺へ注ぐ。
(よし、あったけぇ)
ちゃんと温かい。
「準備完了」
戦士が剣を抜く。
「行くぞ!」
◇◇◇
氷蜥蜴との戦いは激しかった。
鋭い氷片。
連続する細かな傷。
「ぐっ!」
「ちっ!」
だが。
「回復!」
温めた温泉が俺へ注がれ、負傷した仲間へかけられる。
ぱしゃっ。
淡い光。
「おぉっ!」
切り傷が塞がる。
「今度は効いた!」
(よかったぁ……!)
内心かなり安心した。
前回の再現だったらどうしようかと思っていた。
戦況は徐々に安定する。
小傷を即座に治せるのが大きい。
「押し切るぞ!」
戦士が前へ出る。
獣人が横から槍を突き込む。
ドワーフの斧が氷蜥蜴の頭を砕いた。
最後の一匹を倒した瞬間。
静寂が訪れる。
「……勝ったな」
「あぁ」
「突破だ!」
アタミサイコの面々が笑う。
その空気に、俺もちょっと嬉しくなる。
(なんか冒険してるって感じだなぁ……)
桶だけど。
◇◇◇
その日の夜。
湯けむり亭
へ戻ると、
ミリナ
が入口まで走ってきた。
「どうでした!?」
「成功だ!」
戦士が笑う。
「十八階突破したぞ!」
「本当ですか!?」
ミリナの顔がぱっと明るくなる。
「回復桶さん大活躍だった」
「助かったぜ」
「小傷がすぐ治るの、本当にありがたい」
次々に褒められる。
(いやぁ、それほどでも)
ちょっと照れる。
ミリナはそんな俺を見て、くすりと笑った。
「よかったですね、回復桶さん」
(……まぁな)
湯けむり亭の夜。
温かな湯気の中。
俺はなんとなく思った。
(少しずつ、この世界で役に立ててるのかもな)




