第三章 ディス・カントン・アールガウ巡礼 19 好奇心は猫を殺す "Curiosity killed the cat." 1 クルム(インタークルム)→背骨
再開します。背骨に至るまでの行程を加筆しました。ブクマ&いいねをいただけると嬉しいです。
十一 好奇心は猫を殺す "Curiosity killed the cat."
深夜遅く、窓の外が一瞬真っ昼間のように眩しく輝いた後、建物が少し揺れ、突風が窓を振るわせた。私は異変を感じ目を覚ましたが、その一瞬だけだったので再び眠りに落ちた。窓の外では犬や鳥が鳴き、馬が騒いでいるようだったがそれもまたしばらくすると収まったようだ。
クルム修道院の門前、早朝。私は昨日と同じように馬に乗る者が先行し、徒歩の巡礼者が後ろからついてくるという構図が展開されるかと思ったが、昨日メンチャカが大集団を組織したので、今日出発する巡礼者は数える程しかいないようだ。しかも馬を持つ者は我々だけだったので彼らを置いて先行する。私たちは徒歩の者を連れて行く義理はない。徒歩の巡礼者たちはばらばらと歩きだし我々がを追い抜くと、こちらを恨めしい表情で見送った。
南へ向かうのだとばかり思っていたが島の内陸、方角で言うと北西にそびえる山へ向かって森を進み、途中から東の海岸へ向かうそうだ。かなり回り道に思えるがここから直接スキヴィアスに向かう南のルートはないらしい。昨日走ってきたクルムまでの道はここが終点のようだ。
道は狭いが馬車と荷車の跡がはっきりと地面に残っている。メンチャカは馬を持っているが多くの従者と荷物を持ち、徒歩の巡礼者と一緒に一団となって歩いていたので進む速度はかなりの遅かったと思われる。
馬の進み具合は並足、速歩、駈歩、襲歩の四つに大別される。それぞれ時速約六、十二、二十、四十キロぐらいだろうか。最速で六十五キロぐらいは出るが馬への負担も大きいため五分ももたないだろう。今乗っている種が何かわからないがそれほど速度は出ないように思う。どちらかといえばタフな種で、一定の速度で巡航するのに適しているように思う。行軍においては速歩と並足を繰り返すのだが、この山道なら並足で行くしかないだろう。私は一日でどのぐらいの距離を稼げるか計算した。二時間で約十五から二十キロ進むとして一日に夜明けから日没までで八十から百キロ程。休憩を入れなければ馬は潰れてしまうので八十キロが限界だろう。しかもそのラストにスピーナドルシーが待ち構えている。その先にスキヴィアス修道院はあるということだ。常に賊の襲撃に怯え、野宿もままならないときている。なかなかにタフな行軍となりそうだ。
私たちは一途スキヴィアスへと向かう。高台にあるクルムから道を下り森へと入っていく。森は聖なるアールガウ山の麓に広がる原生林である。確かここは進入禁止なはずだが許されているらしい。修道院側は森に入ることは自己責任でどんな目に遭っても知りませんよ、という予防線を張っているのかもしれない。森の入り口には一応道らしきものが続いている。道幅は狭くアールガウ山から流れる川沿いに長年巡礼者が通ることによって自然にできたもののようだ。私たちはドメニカリを先頭にオジェ、私と続き殿はスパグスが務めた。
「監視されているのか?」
私はキョロキョロと油断なく周囲に注意を払うドメニカリに訊いた。
「まだその気配はないな。修道院の連中もこの森へは入って作業するようだしな。傭兵の癖でね、相手の出方や変化を慎重に見て把握するのが仕事だからな」
ドメニカリは応える間も抜かりなく辺りを見回し注意を怠らない。意識していなくてもそうしてしまうのは職業病だろう。
小一時間進むと少し開けた場所に出たので私たちは小休止をとることにした。メンチャカたちもここで小休止をとったようだ。広場の中央に火を焚いた跡が残っている。
「あいつらお茶を飲んだみたいだな、悠長なものだよ。こんな開けた場所で火を使ったら煙で居場所が丸わかりだな。賊を甘く見ているのか」
オジェは言った。ドメニカリは休憩することなく一人で森の奥へ入りしばらく待っていると再び戻ってくる。
「旦那、少しの時間なら火を焚いても構わないよ」
ドメニカリは戻ってくると残っていた熾を掘り返し乾いた枝を差し込むと素早く火を付けた。私とオジェは煙草に火を付ける。ドメニカリとスパグスは座らずあたりを警戒している。
「(何か賊の痕跡は)見つかりましたか?」
スパグスはドメニカリに訊いた。
「道から外れた獣道に足跡があった。人が通るような場所じゃない。おそらく賊の斥候だろうな。昨日のもののようだから今はいないようだ」
ドメニカリは応えた。
「メンチャカが来ることはあらかじめ情報をつかんでいたのだろうな。動向を常に見張っているのだろう」
オジェは言った。オジェは思ったよりも物静かな男で必要以上の会話はしなかった。ドメニカリは逆によくしゃべった。人というのは見かけによらないらしい。
私たちは吸い殻を焚き火に放り込み、火を消すと再び出発した。沢に沿って山道を進んで行く。沢は徐々に細くなり谷底を這うようになってくる。
「メンチャカたちは生き残れると思うか?」
私は後ろのスパグスに聞いた。
「まぁ無理でしょうね、最初は泳がされているでしょうがもうじき最初の襲撃があると思います」
「健闘を祈ろう」




