第三章 ディス・カントン・アールガウ巡礼 18 ラウフェンブルク→ブリュッグ→クルム(インタークルム) 3
「メンチャカもどこで聞きつけてきたのか、この島の特産品が金になると踏んだんだろうな。俺と目的は同じだろうよ」
つまりメンチャカも特産品=ウエルカムランチが目当てなのだろうか。
「俺を仲間に入れようとしやがった。多少の脅しも込めてな」
オジェは言った。
「断ったのか? 相手があのメンチャカでも?」
私は問うた。
「俺は徒党を組むのが嫌いでね。なんのために自由な商人になったんだ? すべて自分の責任になるがあくまで俺は自由を取るね。不安や危険さえも俺は楽しいと思える」
私は共感を覚えた。まだすべて信用したわけではなかったが私は新たな仲間ができたことを心強く思った。
「それにドメニカリが俺がメンチャカたちと一緒に行くのなら警護を辞めると言い出したからな。あいつがいなきゃこの島で生き残るのは不可能だ。言葉もわからないしな。俺はこの島に関して素人だからドメニカリに一任しているんだ」
オジェはもちろん巡礼者ではないので私と同じ白色の修道衣を着ているが袖の部分がすでに真っ黒になっている。私も人のことはいえず、火事の時の煤のせいだろうか全体的に汚れていて買い取りは必至だろう。
「なぜこんな辺鄙な島にまで(来たんだ)?」
私は聞いた。
「メンチャカが行くところ金の臭いがするからな。奴がこの島へ行くという情報をドメニカリから聞いたんでな、こっそり着いて行くことにしたんだ」
ドメニカリは元々メンチャカのお抱え傭兵であったらしい。傭兵のリーダーとして待遇は良かったが嫌気がさして辞めて今はオジェとパートナーを組んでいるがそれもこの一回だけということらしい。ウルバヌス教に帰依すると言っていたが本当かどうかはわからない。
メンチャカは独自のルートでバーデンへ上陸したそうだ。それも自前の船だ。道理で港で出会わなかったわけだ。あんな大所帯、港で遭遇していたらかなりの騒ぎだっただろう。
「メンチャカの目的地がどうやらスキヴィアスらしいんだ。スキヴィアスで大きな取引でもするんだろうな。これは確証は得ていないのだがメンチャカはスキヴィアスで何か交換で依頼を受けるらしい」
直接スキヴィアスに向かわなかったのは何故だかわからなかったが途中の修道院に用があったのかもしれない。そこまではオジェもわからないようだ。
「私たちとスピーナドルシーに同行してもらいたい件は聞いているか?」
私は肝心なことを聞いた。
「もちろんだ。特に異存はないよ。ドメニカリが了承しているのならそれが最良なのだろう。なんらかのメリットがこちらにもあるのだろうしな」
オジェは言った。
「そう言う私もスピーナドルシーに関しては何も知らない素人だ。私も相棒にすべて任せているからね」
私たちは笑い合った。
「メンチャカが依頼を受けるって話、具体的にはどういうものか知っているのか?」
私は訊いた。
「メンチャカといえば代名詞はアーティファクトだろ、おそらくだがスキヴィアスで何らかの儀式がおこなわれるのだと思う。その儀式で使うためのものだろうな」
オジェはなかなかに鋭い。
「アーティファクトはオジェは取り扱ったことはあるのか?」
オジェは頷きつつも続けて首を振った。
「あれはリスクが高すぎる。それに見合う収入だがあまりにも危険だ。俺はそれで左腕を失った」
オジェはそう言って左腕をみせた。肘から先が木製の義手になっている。
「腕を失ってからはアーティファクトには手を出さないと決めている」
私もアーティファクトは取り扱わない。各土地を巡っていると稀に手に入ることがある。アーティファクトは人を引きつける性質を持っているのだ。人を魅了しそして芸術性も高いので高く売ることができるのだが、気をつけなければこちらまで魅了され取り込まれてしまう。私が扱かったときはオークションにかけたのだが、値段は上がり続け結局一人の資産家が破産して手に入れた。その資産家はその後失踪し遺体となって見つかった。アーティファクトは何者かによって持ち去られていた。またアーティファクトは人間には不相応な力を持っており、使用すると等価交換と呼ばれる作用で使用者はもれなくなにか多大なる代償を払わなければならない。それは時として自らの命であったりする。オジェが片腕で済んだある意味僥倖なレベルだろう。メンチャカはアーティファクトで財をなしたが取り扱うだけの資産と覚悟があったのだろう。
「おそらくなのだが、私の依頼主も本土からスキヴィアスに呼び出されたのだと思う。極秘裏にね。その儀式とやらが関係しているのかもしれないな」
「依頼主?」
「ああ、私は歩荷をやっていてね。人に依頼されて荷物を届けるんだ。知らない土地へ行くのが好きだからね、趣味と実益を兼ねているんだよ」
歩荷というとあまり知られていない職業なため毎回同じような説明をする。
「その届け物とやらは俺でも依頼できるのか?」
オジェはくい気味に言った。
「何か届け物か?」
オジェは荷物から袋を取り出しテーブルに置いた。かなり重そうだ。
「中を見ても?」
オジェはうなずいた。中はかなりの額の金貨が入っていた。
「どういう依頼か訊いてもかまわないか?」
「ああ、当然だな。それは俺の元相棒が受け取るはずだった報酬だ。もっとも相棒は俺をかばって死んでしまったがな。遺族に届けたいんだ」
オジェは続ける。
「ずっと心のどこかに引っかかっていてな。俺があのときああしていればあいつは今も生きているかもしれないとか考えたり、夜中にその時の夢を見て汗びっしょりで目覚めたりしてな、まぁその金でどうなるものでもないけどな、せめてもの罪滅ぼしだ。やつの身内になかなか会いに行く勇気がなくてずるずると何年も経ってしまった。自分で行けばいいと思うだろうが、もちろん俺が行くべきだってことはわかっているんだが」
オジェはそう言った。
「依頼の内容は問わない。その依頼受けるよ。私は宣教師じゃないからな、どうすべきだとは言わないさ。あんたがそうしたいならそうすればいい」
私は言った。その相手を思うなら自分で行くべきだろうとは思う。けれど年月が経ってしまうとどうしても行きづらくなる。それもまたわかる。得体の知れない私が行っても相手は不信感を覚えるだろうが何が最良なのかは誰もわからないだろう。
「わかったよろしく頼むよ。俺もそろそろけじめを付けなきゃな、忘れるわけじゃないが‥」
「忘れる必要はないさ」
「報酬は?」
「初回はサービスだ。今回の同行を頼んだのもこちらだしな」
「そう言ってもらえると助かるよ」
私たちは固い握手を交わし契約は成立した。届け先の場所と受取人の名前をメモすると袋と一緒に荷物にしまった。届け先はバクーと書いてあった。
「ドメニカリにも少し話を聞きたいんだけれど」
私がそう言うとオジェは指笛を吹いて入り口近くにいたドメニカリを呼び寄せた。私は軽く挨拶した。
「スパグスには会ったか?」
私は訊いた。
「ああ、厩舎で会ったよ」
ドメニカリは私たちが到着した際は馬の番をしていたそうだ。不埒な者がいて馬を盗まれることがよくあるそうで、早朝の出発時はいつも馬を見張っているそうだ。特にこの修道院はスピーナドルシーを越えるためには馬が必要なために狙われやすいそうだ。私に話しかけてきた男ももしかしたら馬泥棒ができなかったから話しかけてきたのかもしれないなと思った。しかし馬が必要だからと言って短絡的に盗むような奴が巡礼者だとは世も末ではないだろうか。修道院は親切だがそこまでは介入しないようだ。
「我々の馬は無事なので安心してくれ」
私が黙ったので心配していると受け取ったようだ。
「この先馬がないと逃げ切れないので馬は必須だ」
ドメニカリは言った。神経質そうな印象は以前と同じで、やはり変わらなかった。
「盗賊と遭遇するのは避けられないのか?」
私はドメニカリに聞いた。
「スピーナドルシーで遭遇することは十中八九避けられない。殺されるならまだましだ。捕まるのが一番不運だ。やつらの奴隷として死ぬまで働かされるからな」
それは想像したくない。
「スピーナドルシーへ至る道はいくつかあるがそれももうスパグスと相談済みだ。スピーナドルシーは避けては通れないが勝算はある。明日早朝に出発する。それまで英気を養っておいてくれ」
ドメニカリは言った。




