第三章 ディス・カントン・アールガウ巡礼 17 ラウフェンブルク→ブリュッグ→クルム(インタークルム) 2
この章と次の章を書き直していたので間が空きました。いいね&ブックマークをいただけると嬉しいです。
誰にも咎められることはなく、私たちは門を抜けて宿坊へとたどり着いた。メンチャカ率いる大集団はやっと出発したので今は静かなものだ。ラウフェンブルクで火事があったこともまだ誰も知らないようだった。
私は人目を避けてクルムではできるだけ目立たないようにしようと心に決めた。ここでドメニカリたちと落ち合う約束をしていたし、この先のスピーナドルシーは難所なのでそれなりの準備はしておきたい。
オジェとドメニカリを探す前に、ここまで緊張して進んできたので少し休息し、仮眠をとることにした。部屋に入ると眠れるかどうか心配するまでもなくすぐに眠ってしまった。起きたときには昼時で、スパグスの姿はなかった。トイレにでも行ったのだろうか。
腹が減ったので私は食堂へ向かった。食堂は何人か座っていて思い思いに過ごしているようだ。昼ご飯は済んでいたようだが何かもらえないだろうかと尋ねると「別に構わない」との返事で、私は一人分の食事を受け取った。基本的にはどこの修道院でも親切である。もちろん代わり映えしないいつものメニューだ。しかもここの食事は他と比べてさらにひどいもので、パンはカチカチで石のようだし、シチューは冷え切って浮いた脂が分離して表面で白く固まっていた。味も薄く、なんの調味料も入ってはいない。パンをシチューに浸してなんとかふやかして食べた。黴の匂いと黴の味がした。それでもないよりはましだし、とにかく何も食べていないので腹が空いていた。ふやかしてもなかなかかみ切れず、顎が痛くなるほどだった。文句を言える立場にはないので黙って食べた。
終わりがけに厨房内の男がなにか持ってきた。男は何も言わずに皿をテーブルに置くと戻っていった。
白いスープかなにかのようで、ダマとなった塊が浮いている。一口食べてみると私はその味に絶句した。ものすごく甘い。主食かなにかわからないが山羊か何かの乳に米と大量の砂糖をいれ、煮詰めた粥のようなものだった。なぜかシチューは冷えているくせにこれは火傷しそうなほど熱い。おそらくデザートの類だろうか。歯が浮くほど甘く、ドロドロの煮詰まった米は食感も悪く、まともな神経の持ち主なら手をつけないレベルなのだが、一口食べると甘味が体内の隅々にまで行き渡っていくのを実感した。そこまで私は甘いものを欲していたらしい。私は知らず涙が流れた。私はスプーンを口に運び続ける手を止めることができなかった。最後まで飲み干し私は満足して食べ終えた。すると隣に同じ皿が私の前に差し出された。
「良かったら俺のも食いなよ」
男はそう言うとにこっと笑った。
「この修道院の名物らしいけど嫌いなやつが多いんだよ。ミルヒライスっていうそうだが。まぁ俺も嫌いな一人だ」
男はフェルナンド・オジェと名乗った。私が名乗ろうとすると、
「知ってる、ヴォルガレスだろ、ドメニカリに聞いた。商人仲間がいてくれて心強いよ。よろしくな」
私たちは握手をかわした。オジェはよく日に灼けており筋肉質だった。表情も柔和で人当たりも良い。文字通り商人に向いていそうだ。陰気で狡猾そうなドメニカリと対照的だ。
私は辺りを見回した。
「ああ、ドメニカリが見張っていてくれる。何を話しても大丈夫だ」
オジェはそう言った。人払いしてくれているようだ。私たちのテーブルの近くには人はおらず、誰も関心を示している者はいない。大陸言葉で話しているので誰もわからないだろうが、用心しておくのにこしたことはないだろう。
「荒事かい?」
オジェは自分の側頭部を押さえた。私の側頭部の傷のことだろう。修道院を逃げ出すことに必死だったので私は傷のことはすっかり忘れていた。傷に触れると歯痛のように鈍くうずいた。まだ腫れて熱を持っている。こういうのは時間がたった方がひどく見えるようで、川で少し冷やしただけでは何の効果もなく内出血しているのか、紫がかった色をしているようだ。
「ああ、前の修道院でな、ひどい目にあったよ」
私はそう言った。
「ライフェンベルクには滞在許可が下りなくてな、なのでレンツブルグに寄ったわけだが」
滞在許可証はもし違反が発覚した場合即座に取消となり島から退去となる。巡礼者でない場合かなり制限されるのだが私たちはどの修道院にも立ち寄ることができるランクのものを所持しており、信徒でない場合とれないそうだが、そこはスパグスがうまくやったのだろう。制限にも修道院内では会話の禁止だとかあたりの物に触れることの禁止だとか部屋からでることができないとか聖堂への立ち入り禁止だとか様々なものがある。
オジェが顔を寄せ声を落とした。
「あんたも商人なら儲けを求めて噂を嗅ぎつけたんだろ?」
ライフェンベルクの噂というと推測できるのはウエルカムランチについてだろう。どういう情報網かわからないが、オジェはさすが商人だ。色々と知っているらしい。知識は金儲けのアイデアを生むし、情報も立派な商品になることを知っているのだろう。
「ウエ‥」
私が言おうとするとオジェがすぐに止めた。
「特産品だろ」
オジェは言った。
「あくまで俺の見立てなんだが聞いてくれ。ライフェンブルクで火事があったのは知ってるだろ?」
「ああ、」
私はできるだけ冷静になるよう努めた。オジェはかなりできる男のようだ。どこまで知っているのか把握しておく必要がある。
「あそこは特産品を扱っていてそれをスキヴィアスに卸していた。けれど横流しをして自分たちも儲けてたんじゃないだろうか、それがバレて制裁をくらい燃やされた? どうだい、この筋書きは、あながち間違ってないと思うんだが」
オジェは私が当事者だと知っていて言っているのだろうか? あながち間違っちゃいない。近からず遠からずというところか。目の前に当事者がいることを除いて。モレマたちも私ではなくオジェを雇った方がうまくやっていけたんじゃないだろうか?
「ここの連中はどう思う?」
私はまわりをみまわしてみる。別段どうも思わないが。
「あんたも感じるだろ? なんだかそわそわ浮き足立っているってな。ここの連中の動きを見ているとさ、ここもヤバいものを作っているんだと思うんだよ。で、ここもスキヴィアスに納品してるんじゃないかってね。横流しをしているから同じように報復を受けるかもとびくついてるのかもな」
この修道院がスキヴィアスと蜜月な関係にあるかは私はわからないが、疑い出すときりがないだろう。
「だがあくまで想像だ。特産品は結局見つけることはできなかった。スキヴィアスまでいけば俺の旅は終わりだ」
オジェは残念そうに言った。




