第三章 ディス・カントン・アールガウ巡礼 13 レンツブルグ→ラウフェンブルク 1
九 レンツブルグ→ラウフェンブルク
次の修道院は距離はたいしたことはないのだが、山の山頂に作られており、私たちは馬から降りて細い山道をひたすら登らなければならなかった。スパグスが言うにはラウフェンブルクはサフランの輸出で有名だったが、ペストの流行で衰退してしまったそうだ。それまではスキヴィアスに次いで二番目に大きな修道院だったのだが今は下から数えた方が早いぐらいの規模らしい。
私は一人、食堂で遅い夕食を取っていた。到着が思ったよりも遅れ門が閉まるギリギリだったので――この島に来てから予定通りにいかないことが多い――すでに夕食の時間は終わっており、修道院内は食後の休憩の時間らしく、一日の中で唯一自由な時間となっていた。そんな希少な時間を煩わせてはいけないので私は食堂の隅で隠れるように食事を取っていたのだけれど宿坊の男は給仕係を買って出てくれた。私としては静かに食事をしたいのでありがた迷惑だったが断るわけにもいかず男はテーブルの横で所在無げに立っている。スパグスは部屋に入り荷物を置くと早々に何処かへ行ってしまった。スパグスの分の夕食も後でもらっていく必要があるだろう。
“Quomodo gustat?”(味はどうだ?)
“Infelix.(悪くない)”
私はそう応えた後、「食べれないことはない」と大陸言葉で言った。スープにはヤギ肉が入っていたようだがカケラだけだった。修道院では肉は普通に食べられるが、量はとにかく少ない。
“Lentes in illo pulmenti ad hoc monasterium deprehensi sunt. Delectamentum esse debet. Melius sapit si diu feruere.”(そのスープのレンズ豆はこの修道院でとれた物だ。うまいだろう。長時間煮込むことでおいしくなるんだよ。)
男は気を良くしたのかまくし立てるように言った。私は聞き取れず、“Quid?(なんだ?)”と聞き返したが、聞き取れても意味はまったくわからなかった。
この島に来てからの食事にはどんなものにでも入っているレンズ豆に私は早くも飽きてきていた。食べることに喜びを見出さない、それが修道院で過ごす際の秘訣であると私は悟り出していたのだ。なぜかどこの修道院もスープが致命的に冷めており、それがまずい原因だと思うのだが改善する気はさらさらないようだ。一度に大量に作りなくなるまでそのままなのだろう、おそらく。私はスープを機械的に口に運ぶ。男はそんな私を満足そうに見ている。
“Carpe diem.”
男は私のグラスにワインを注ぎながら言った。今この瞬間を楽しめという慣用句で、乾杯の場などで用いられる言葉だ。この島では水が貴重なため飲み物はワインかなにもないかの選択肢しかない。修道士以外も酒を禁止している(基本的には修道士は飲んではいけない)修道院も多いのでここは比較的寛容な修道院なのだろう。ワインはかなりうまかった。
“Vinum etiam in hoc monasterio factum est. Nonne delectamentum?”
(そのワインもこの修道院で作られたものだ。うまいだろ。)
やはり聞き取れなかった。修道院の連中はあまり長く話したりしてはいけないし、笑ったりという感情も面に出してはいけないと聞いていたがこの男は例外らしい。
反応のない私に対して業を煮やしたのか宿坊の男は言った。
“Estne bene si loqui pro aliqua(少し話をしても問題ないか?)?”
と(おそらく)宿坊の男は言った。私は“Bene.”とも“Nullo modo.”ともわからない感じでワインを飲みながら言葉を濁した。島についての情報が欲しいが、彼の話す言語がこの土地特有のものでしかも訛りもひどい。私は今理解している感じで答えたがほとんど何を言っているかわからないのだ。多少の単語はスパグスに教えてもらったのと、昔住んでいたストラーデビアンケ――白い道を意味する――の言語と似ているが似ているだけで通じるとは限らない。第一この島でしか使われない言葉なので、独自の進化をしており早口でまくし立てられたらもうお手上げである。
“Quod nōmen tibi est?”(名前はなんて言うんだ?)
私の曖昧な態度を肯定と受け取り、宿坊の男は名前を聞いてきた。退屈していたので良い話し相手が見つかったとそんなところだろう。私は名を名乗ると相手はバウケ・モレマだと答えた。大陸の発音ならバウク・モレマというところか。
島に幽閉されているようなものだから他所の土地の話に飢えているのだろう。私は酔わせてさっさと切り上げようとワインを勧めると彼は丁寧に断った。
“Vocatus amo tantum ut bibam ad partem tuam, sic desinam. Vocatus sum alterum diem bibens, et quamvis de finiendo cogitabam, intellexi me omnia non perfecisse, ita omnis pecunia quam merui in alcohole libellum abiit.”
(酒は好きすぎるのであなたのぶんまで全て飲み干してしまうのでやめておきます。この前も酒を飲んでしまい、これで終わりにしようと思いつつも気がついたらすべて飲み干していて、たりないくらいでしたから稼いだ分がすべて酒代で消えてしまいます。)
とモレマは言い自嘲気味に笑った。私は何を言っているかわからなかったが、下戸で酒は飲めないのかもしれないなと思った。
こちらが友好的だと思ったのかモレマはやたらと話しかけてくる。
私は記憶を総動員して単語と構文をひねり出した。
“Non potes loqui linguas contin(大陸言葉をしゃべれないのか?)?”
と私は聞いた。
“Lingua continentalis? Verbum eius non intellego. In hac insula natus sum et educatus, et licet non sit in charta, viculus est qui Groningen appellatur. Prope hoc monasterium est. Olim nauta factus est quia extra mundum admiratus est, sed etiam per negotia causalem relationem in patriam reverti finivit. Hoc est quomodo dies laborant.”
(大陸言葉? 一言もわかりません。私は生まれも育ちもこの島なんで、地図にはありませんがフローニンゲンという小さな村です。この修道院の近くです。昔は外の世界に憧れて船員になったんですが船員も因果な商売で結局祖国に戻ってきてしまいました。こうやって日雇いみたいなことをしているんですが…)
自分語りを始めだしたので私は急いで遮って話に割り込んだ。どうやら考えるまでもなく彼は大陸言葉は話せないらしい。
“Nōn possum loquī Aargau bene.(私はアールガウ語をうまく話せません。)“
(ノーン ポッスム ロクゥィー アールガウ ベネ)と私は一語ずつ言葉を句切ってゆっくりと言った。モレマはしゃべるのをやめてこちらを見て少し笑った。私が冗談を言ったと思ったらしい。相手からすれば喋って理解しているじゃないか、途中まで通じていたのでそう思うのも仕方がないのかもしれない。
“Suntne hic boni popinae?(ここらによいレストランはありますか?)”
私は冗談めかしてさらに言ってみたが、もちろん冗談が通じる雰囲気はなく逆に眉根を寄せられた。
後で知ったことだが宿坊係と言っても彼は修道士ではなく地元アールガウ出身の一般人らしい。ここは衰退したといっても大きな修道院で、すべての業務を修道士だけではまかなうことができないので、アールガウ語を使える外部の人間を出稼ぎのように一時的に雇っているのだ。厳格な修道院では規律が厳しいのでそのようなことは許されないのだが、ここは個人に委ねられている部分も大きく、随所にそのような緩さを垣間見ることができた。だがこの時はそんなことは知る由もないので私は前の修道院のおじさんのように彼を修道士だとばかり思っていた。スパグスが言っていたように言葉も何も全くわからないという顔をしておくのが良いのだということがわかったがいまさら手遅れだろう。
アールガウ語は使われているのはこの島だけなのでほとんどの者が本当は別の言語も話せるらしいのだが、モレマはアールガウ語しかわからないらしく、私はレアなケースに当たったと言える。アールガウ語しか使えないのは年配の者ぐらいで、そのせいでモレマはこの島にとどまっているのではないかと私は推測した。けれどそれが原因でこの後、妙なことになるのだけれど。
“Hoc est monasterium venale, quia habet Sanctum Corpse.”
(ここは聖遺体があるというだけで、それだけが売りの修道院なのです。)
モレマが言った。Sanctum Corpseとは聖遺体のことであろう。この修道院のことだろうか。私は無宗教なので複雑な信仰についての質問などされても太刀打ちできないのだが。
“Si prius venisses, circa monasterium nos ostendi potuisti, et etiam in speciali servitio participasti. Possedi aperitionem reliquiarum post servitium interesse. Infelix est.”
(もっと早く来て頂けたなら修道院の中を案内できましたし、礼拝にも特別に参加できたかもしれませんね。礼拝の後の聖遺骨の開陳にも立ち会えたかもしれません。残念なことです。)
“Iustum est.(そうだね )”
私は適当に相槌を返した。私はわかる言葉を聞き取って推測することにした。モレマは続ける。
“Ubi es?”(あなたはどこから来ましたか?)
私は“Nescio.”と言ったが、モレマは“Wow.”と驚く様子を見せ、言葉がわからないのではなくもっと抽象的な意味でどこから来たのかわからないと解釈したらしい。
“Nescio unde venio, et quo vado nescio. Vere vita est. Quisque viator est. Haec insula procul dubio destinatum erit. Scisne hoc verbum?”
(どこから来たかわからず、そしてどこへ行くのかもわからない。まさにそれは人生です。人は皆旅人なのです。この島があなたにとっての到達地点になることは間違いありません。こんな言葉をご存じでしょうか?)
“Memento mori.”(メメント モリ)
それは私でも知っている言葉だ。「死を忘れるな」という意味だ。自分がいつか死ぬことを意識し今を大切に生きよということだろう。
“Etiam ostendit nos vivere non debere oblivisci. Memento Vivere appellamus.”
(それはまた生きることを忘れるな、ということにも通じます。私たちはそれをMemento Vivere と呼びます。)
Memento Vivere (メメント ヴィヴェレ)はメメント・モリと対をなす言葉で
死は必ず訪れるものなので、それを受け入れた上でまだ生きている間は精一杯生きなければならないと励ます言葉である。
“Fatum actum est. Virtutem accumula quaeso. Spero te beatum fore.”
(全ては因縁なのです。徳を積んでください。ご加護があらんことを。)
モレマはそう言って手を合わせた。それが会話の締めの言葉なのだろうか。そこでふとスパグスが島で人と話をするときの注意点を思い出した。
それは島の者は皆が揃いも揃って例外なく寄付が欲しいということだ。寄付といっても修道院にではなく個人的な物でチップのようなものらしい。
「ああ、なるほどね」
私は母国語で言った。つまりこいつは寄付が欲しいのだ。まぁ時間外に夕食を提供してもらったわけだし、今日の宿賃も含めて(基本的に修道院は無料なので金を払う必要はないのだけれど)私はモレマにチップを払うことにした。モレマはお金を受け取ると嬉しそうに何度も“Spero te beatum fore.”と言った。




