第三章 ディス・カントン・アールガウ巡礼 12 ツォフィンゲン→ムーリ→レンツブルグ 3
酒を飲み話し込んだせいで寝過ぎてしまい、ひどい二日酔いと喉が渇いて私は起きた。
寝過ごしたせいでもうすでに朝の礼拝が始まっているようだ。窓の外から騒がしい様子が伝わってくる。しかし私には関係ないので惰眠をむさぼっても誰にも文句は言われないはずだったが、どうやら修道院というところではそれも許されないらしい。同室のドメニカリはすでに出発していた。スパグスの姿も見えない。
私は礼拝に参加しないのでそのまま食堂へ行った。
“Non es bonus in tempore servando.”(あんたは時間を守れない人だね。)
おじさんが眉をひそめて言った。なんだか嫌味を言われた気がしたが、私はそれを無視した。朝食はとっくに終わっているので私が入っても問題ないだろう。
“Estne bene si tantum reliquias habeo?”(余り物しかないがいいかね?)
私は「はい」とわからなかったがなんとなく言った。どうやら食事は出るらしい。
テーブルには昨日に食べたものと寸分違わぬものが出てきた。豆のスープは冷え切っていてこれはおそらく昨日と同じものだろう。温めれば幾分ましになるだろうにけれども温め直すということはしないらしい。
先ほど嫌みを(おそらく)言いつつもおじさんは飲み物の入ったコップを持ってきてくれてテーブルに置いた。
私はコップの中を見る。透明な液体がコップの中で揺れた。匂いをかぐと強いアニスの匂いと他にも複雑な香辛料の匂いがした。
“Praesent a homemade ouzo.”(自家製のウーゾだ)
おじさんはにやりと笑った。ウーゾと聞こえた。朝からこんなものを飲んだら一日動けなくなるだろう。かなり強そうな酒だ。他の修道士もこんなものを朝から飲んでいるのだろうか? 迎え酒にはちょうど良かったが、私は丁重に断った。
ウーゾとはウゾともいうアニスの香りがする蒸留酒で、元々はツィプロやラキアといった酒を蒸留し、その際に修道士がアニスを加えたことが始まりであり発祥地はここアールガウ島であるといわれている。
ブドウやレーズンを原料としてそれにアニスを加え、コリアンダーやグローブ、ミント、ウイキョウ、ハシバミ、シナモン、ライムの花なども加えられる。配合は生産者によって異なり、蒸留された酒は数ヶ月貯蔵され、水で希釈される。これはあまり希釈されていないように思う。
宿坊のおじさんは朝食の後、修道院の中を案内してくれた。巡礼者でない私を案内してもなんの得もないのだがおそらくこの時間は暇なのだろう。その好意に甘えることにした。スパグスの姿は見えないので言葉がわからなかったが別にかまわないだろう。
修道士が過ごす居住区や集会所の中まで見せてくれた。法衣所を通り、その先に図書室があった。私は興味津々で中を巡った。なんと「タルチェフ」や「人間嫌い」「守銭奴」などの作品が一揃いあるかと思えば古典から最新作まで余すことなく網羅されており有名な図書館と比べても何ら遜色がない品揃えと冊数だった。もしかすると没収された私の本も後日ここに並んでいるかもしれない。
さらにいろいろと見せてもらったが修道士たちがパンを焼いていたり、荷車の修理をしていたり、馬の世話をしていたり、他にも修道院の所有している骨董品を管理していたりと様々な仕事に従事していた。各自宗教上の礼拝と割り当てられた仕事に加えてさらに自分で選択した仕事もしなくてはならないらしい。
“Quisque, si vocem et aurem habent, cantare debet. Si manus moveas, faenum committere debes.
Habeo officium obtinere.”
(各自、声と耳があるのなら歌わなければならない。動く手があるのなら乾草作りに従事しなければならない。仕事をもたなければいけないのだよ。)
とおじさんは言ったが私はわからないので一応うなずいておいた。私は人の話に適当に返事をすることは割に得意なのだ。
私たちは昼食をとると宿坊係のおじさんに別れを告げレンツブルグの修道院を後にした。ドメニカリたちは次のラウフェンブルグには立ち寄らずにブリュッグまで行くらしく、そのため早朝に発ったようだ。私たちはラウフェンブルグへ向けて出発する。ラウフェンブルグはここからほど近いので、ムーリを出た後、ここかラウフェンブルグのどちらかに寄るのが定石だそうだ。初めて島を訪れるものはレンツブルグ、何度も来ている者はラウフェンブルクに行くらしい。
私たちはスキヴィアスと深い関係性があるのでラウフェンブルグにははじめから立ち寄る予定だった。




