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神の頬に触れるような気持ち 好奇心は猫を殺す 年代記第七章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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第三章 ディス・カントン・アールガウ巡礼 11 ツォフィンゲン→ムーリ→レンツブルグ 2

 せっかくなので聖堂の方ものぞいてみることにした。教徒からすると異教徒など聖堂には入れたくないだろうし、あからさまな視線を浴びることになったが、そこは寛容なのか誰も何も言わなかった。

 スパグスによると、聖堂では七つの秘跡が行われているとのことだった。神の聖寵を信徒に与える重要な宗教的儀式だそうだ。洗礼、堅信、悔悛、聖餐、婚姻、叙階、終油の七つ。そのいずれかが行われているらしい。洗礼や婚姻は聞いたことがあるかもしれない。洗礼は聖霊の働きによって罪がすべて洗い流され新たに生まれる秘跡だそうだ。ここでは私の個人的感想は控えよう。何か言いそうな私の顔をスパグスはじっと見て黙っていてくださいと目で訴えかけてきた。私は肩をすくめた。

 威厳のある顔つきの高僧が皆を祝福し、その後、中の一人が特別の儀式を行うようでその若い青年は誇らしげな顔をしている。誉れなのだろう。偉い修道士が持っていた棒でその青年の肩を二度ほど叩く。彼はどうやら堅信の儀式を受けるようだ。堅信とは洗礼の恵みをより豊かに生きるために聖霊の賜物を与え信仰を堅固たるものにする秘跡だそうだ。青年は右手四本の指を頭に乗せ聖香油を塗油していく。私はその儀式を黙って見ていた。

 一通り終わった後に先ほどの高僧が壇上で皆をゆっくりと見渡している。聖堂内は静寂に包まれる。あたりの蝋燭が燃える音が聞こえるほどだ。

「時は来た。スキヴィアス様の復活の日は近い!」

 よく通る声で高僧が言った。私はその大音声にびくっと体が震えた。

 話している間に皆にはパンとグラスに入ったぶどう酒が配られた。(私たちはない)パンが御身体に、ぶどう酒が御血になり、それを皆で分かち合い一つに結ばれるということらしい。

「彼らの神はスキヴィアスなのか?」

 私は小声でスパグスに聞いた。皆はパンを食いぶどう酒を飲んでいるので騒がしく、だれもこちらには注目していない。

「どうでしょうか? 彼らの神は概念というか抽象的なものだったはずです。ウルバヌスは生きていますしね。具体的な対象がある方が信仰はより深まるのではないでしょうか?」

「まあそうかもしれないね」

 私はもう一つの可能性にも言及する。

「もしかしたらスキヴィアスが本当に復活する可能性は?」

 ありえない話ではあるが、信徒なら本気で信じている者も多いだろう。

「まさか、大昔の偉人ですよ」

 スパグスは言った。私たちは厳かに食事をする人たちを尻目に聖堂をでた。


 外に出ると宿坊係のおじさんが手招きをしている。

 特別に宝物庫をみせてあげよう、と言うので私たちを宝物庫へ案内してくれる。私の背丈の倍はあろうかという厳重に閉ざされた重そうな扉が迎える。扉の向こうは宗教的には芸術性が高いものなのだろうが、私にはほとんど価値がわからないものばかりだった。スパグスがおじさんの説明を訳してくれるが聞き流す。

「これはシストルムというブロンズ製の楽器です。儀式で使用します。大きく曲がったアーチ型のフレームに端が曲がった細い棒が数本横切っていて、この棒が動くことで音が鳴る仕組みです」 

 私は心の中で値付けしていった。上部の数匹の子猫に乳を与える親猫の造形が特徴的で高く売れるかもしれないが仕入れ値は銀貨二枚というのが妥当なところか。信者ならいくら出しても買い求めるだろうがそう都合良く信者に当たる訳ではない。

 そんな中で私はキャビネットに入っていたある物を見つけた。こんな所でお目にかかるとはこれは聖遺物よりよほど私にとって価値があるものだ。それはセネトというかつて高い人気を博したボードゲームである。セネトという名は通過を意味しているそうだ。死後の世界よりの脱出を目指すもので、魂が死後の世界を旅して脱出するまでがテーマとなっている。長方形のゲーム盤には十個のマス目が三列並び、敵対する二人のプレイヤーがこの計三十個のマス目の上で駒を進める。青釉ファイアンス製のこのゲーム盤は伝統的なセネトの盤面に似ているが、このセネトのマス目は二十一個しかない。おそらく葬祭用の供物とすることを意図してセネトのゲーム盤を表現したレプリカなのだろう。けれど希少であることに変わりはない。私は初めて本物を見た。売ったら幾らになるだろうか? 意外にも何もないと思っていたこの土地でこんなお宝があるとは、また例の職業病が発動してしまった。最も忌み嫌われるであろう物欲を全開にしてしまったが、私は自重して宝物庫を出た。

 おじさんは去り際にもうすぐ食事の時間だがなんなら部屋に持って行ってあげようか、と親切に言ってくれたので私たちは甘えることにした。


 部屋に戻ると、もう一人いた巡礼者はいびきをかいてまだ死んだように眠っている。聖堂にも行っていないので具合が悪いのかもしれない。スパグスに先ほどの改宗についてどう言い返せばいいか聞いたところ、

「そんなものは簡単なことですよ、“Abominatio est omnino.(まったく、糞食らえだ)”これにつきます」

 と身も蓋もない答えだった。


 ドアがノックされ先ほどのおじさんが食事を運んできてくれた。運ばれてきた食事は限りなく質素で量も少なく、最後の最後といった感じでスープは具材がほとんど入っていないし、パンも誰も選ばなかった歪な端っこだった。水は濁り、藻のようなものが浮いている。

 食事に反応したのか寝ていた男が起きた。おじさんはこの男の分も食事を持ってきていたので男は受け取るとベッドに座り黙々と食べ始めた。

 食べ終わった後、私は男に煙草を勧めるととても喜んだ。ただ単に私が食後に吸いたかっただけなのだけれど。男はステファノ・ドメニカリと名乗った。私とスパグスも同じように名乗る。男は小柄で猜疑心に満ちた目をしたしけた男であった。頭をそり上げておりタトゥが入れられている。だがそれも自分を強く見せようとする印象で本質的な怖さのようなものは感じなかった。年齢は四十がらみであるが、私の見立ては大抵外れるのでもっと若いかもしれない。(その逆もありうる)普段は何をしているのかはまったく読めなかった。見た目は強面だが落ち着いており話した感じだと穏やかな印象を受けた。話していて知ったことだが彼は俗世での仕事を辞めて出家を決めたその時だったそうだ。仕事は傭兵らしい。毎日死と隣り合わせの世界から脱し、見習い修道士としてこの仕事が終わった後、島にとどまる決心をしたそうである。物静かで晴れやかな雰囲気はその決心によるものかもしれない。目下は一般人でも修道士でもなく中途半端な状態であるようだ。


「俺もあんたらと同じように相棒がいるんだよ」

 彼の相棒はオジェというようで――フルネームはわからない――ドメニカリはオジェの護衛として雇われているようだ。オジェは商人らしく、一人で島を巡るのは危険だと思ったのだろう。私と同じ異教徒だそうで、巡礼には興味はないらしい。それに対しドメニカリは何度かこの島を訪れるうちにすっかりウルバヌス教に取り込まれてしまったのか出家まで決めてしまっている。オジェはもう少し上等な一人部屋に泊まっているそうだ。ドメニカリはそれでこちらに回されたのだろう。

 食事が終われば後は寝るしかない。私たちは意外にも意気投合し、持っていた酒を飲み話し込んだ。二人は明日には次の修道院に出発するらしい。私たちは明日は昼過ぎまでここに滞在する予定だ。


 しばらくすると私は昼間の疲れもあってか、うとうとと船をこぎ始める。

「スピーナドルシーはどうするつもりだ?」

 スパグスがドメニカリに聞いた。

「あそこは難所だからな、いつもは傭兵仲間を集めて大人数で行くんだが今回は仲間がいなくてな。前は一つ手前の修道院が自警団を作って巡礼者をスキヴィアスまで送ってくれていたんだが、今はその自警団もやられてしまったよ」

 ドメニカリは急に傭兵の顔つきになり応えた。

「あんたの雇い主はどうするつもりだ?」

 スパグスは再び尋ねた。

「大将はそこら辺こっちにすべてお任せだよ。その分高い給金をもらっているからな。大将一人ぐらいなら逃げ切れるはずだ」

「馬か?」

「もちろん。大将もわりに乗れる」

 とドメニカリは言った。

「ものは相談なんだが、私たち四人で行くというのはどうだろうか?」

 スパグスがドメニカリの方を見て言った。ドメニカリはしばらくその提案を吟味している。

「逃げ切れる確率が上がるか。よし、その提案に乗るよ」

 二人は握手を交わし、スピーナドルシーの手前の修道院で落ち合う約束を交わした。

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