↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神の頬に触れるような気持ち 好奇心は猫を殺す 年代記第七章  作者: ヌメリウス ネギディウス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/58

第三章 ディス・カントン・アールガウ巡礼 7 ピッテム→アーラウ→バーデン

6 ピッテム→アーラウ→バーデン


 アーラウはピッテムから行くと三つ並んだ半島の一番東の根本に位置するため、ぐるりと南側から回り込む必要があり、思ったよりも時間がかかった。内海なので海は穏やかで美しい。コールスカンプを出てからまだアールガウ島にもたどり着いていないのだが、ここまで苦労するとは思ってもみなかった。だが私は長旅は嫌いではない。移動もまた楽しいものだ。どこでも簡単にたどり着けるのなら旅をする理由なんてなくなるのではないだろうか。


 アーラウはアールガウ島に属してはいるが島の中でもかなり特殊な立ち位置である。島の玄関口であるバーデンへは陸路では行けないのでこのアーラウから必ず船に乗る必要がある。比較的大きな港があるにもかかわらずバーデンへの定期船は一週間に一便だけでそれを逃してしまうと町に一週間も足止めになってしまうのだ。一日、二日ならまだ我慢できるのだがさすがに一週間は厳しいものがあるだろう。しかし週一回に変わったのはつい最近のことでそれまでは月に一度だったらしい。渡航する者は巡礼目的なのでその一週間で巡礼を行えということなのだろう。しかしながら一度島に上陸したら他に戻る手段がないため、一週間は帰還することはできないということだ。


 私たちは日曜日の深夜に町に到着したのだが、月曜日の早朝にバーデンへの定期船が出航する。私たちはまだ半分眠った状態で早朝の港へ駆けつけた。あたりは朝靄で視界は悪い。ちょうど我々が乗る船がバーデンから帰港するところだった。

 定期船ではなく個人的な船を手配できないかと思ったが――そうすれば一足飛びで目的地に行くことができる――バーデンへの寄港は厳重に管理されているらしく、気軽に行けるものでもないらしい。そのため町に着いてから船が出るまでに猶予がなくすぐにバーデンへ向かう必要があったのだ。スパグスは問題ないと言うが準備不足は否めないのでバーデンにお店がなにもなければ少し困ったことになるかもしれない。

 アーラウは島で唯一歓楽街があるという。規律でがんじがらめの宗教の国の中でここはまだ私たちがよく知る世界なのだ。そういう場所には肋骨レコードがある可能性が高いので私はかなり惹かれたのだけれど立ち寄る時間的な余裕はなかった。


 船が港に着けられ戻ってきた巡礼者を吐き出していく。みな顔はやつれているが、どことなく何かを悟ったかのような達観した雰囲気がうかがえる。まぁ私の目は節穴なので本当のところはわからないけれど。

 港にはおそらく同乗者たちが集まってきていた。巡礼者の姿も見える。黒い修道衣――スカプラリオというらしい。現地の言葉で肩を意味するそうだ――を着ている者もいる。修道士だろうか。巡礼用の衣装は修道士や修道女が着る修道用と巡礼者の着る信仰者用があるそうだ。私も首都で滞在許可証を得たら異教徒用のまた違ったスカプラリオを着なくてはならないらしい。

 目的地であるスキヴィアス修道院へ直接行ってもらえたら助かるのだが、無理なものは仕方がない。バーデンへ行き、島の首都へ移動し許可証を得ないことにはその先へは進めないらしい。大きな修道院は船を所有しているそうだが、主に食料品や日用品などの輸送に使われるらしく、巡礼者を乗せることはないそうだ。


 アーラウとバーデンは同じ国にあるのだが正反対で、快楽と欲望にまみれたアーラウから信仰と潔癖、規律のバーデンへ。私は港でバーデンに着いたらもう煙草は吸えないだろうと思い一本巻いて深々と煙を吸い込んだ。これでしばらくはお別れだ。

 アールガウ島は全ては宗教のもとで成り立っている。つまりそれはウルバヌス教である。ウルバヌス教は元々東の大陸から発生したものであるが、瞬く間に世界を席巻した。西の大陸はまた違った宗教に基づいているが、ウルバヌス教の聖地であるアールガウ島はスキヴィアスによってウルバヌス教の修道院が建てられたために西の大陸にありながらも特例として完全な自治が認められた独立国家なのである。

 我々が申請する入国許可証には数種類あって条件や滞在日数、持ち込める物、行動範囲などが制限される。手続きは首都であるツォーリンゲンで行われるそうだ。我々は巡礼ではないので、特殊な許可証を申請する予定だ。首都は検問のようであり、入国審査が行われ審査を通過した後滞在許可証が与えられる。わけのわからない者が入ってこないようにするための措置であろう。

 島の内陸はすべて山で立ち入りは禁止されている。最も入ってもおそらく死んでしまうそうだが。海岸線に沿って歩くしかなく、ツォーリンゲンから東回り(時計回り)で進むことが義務付けられている。

「反対回りで行けばすぐにスキヴィアスにたどり着けるのにな」

 と私はスパグスになんとはなしに言った。スパグスはとんでもない、と首を振った。

「反対回りなんてことは許されていません!」

 スパグスは私の思っているよりも大きな声で言った。悪かった落ち付け、とスパグスを私はなだめた。

「そんなことをする人間はこの世に存在しません。昔から右回りと決まっているんです。太陽が西に沈むとか水は高いところから低いところへ流れるとかそういうことと同じことです。アールガウ島は右回りで海岸線を進むと有史以来決まっているのです」

 スパグスはそう言った。しかもスキヴィアスより先は道が険しく、それどころか道と呼べるものはないらしく、巡礼者の旅はスキヴィアスまでと決まっているそうだ。そこから船に乗りバーデンへ戻り、乗り換えてアーラウへ帰還する。ならばそのスキヴィアスから来た船にバーデンから乗ればいい、と言おうとしたが火に油を注ぎまた激高されそうなのでやめておいた。私たちは巡礼ではないのでそんな厳密にせずに多少のズルも許容して欲しいところだがこの島にはこの島の厳格なルールが存在するのだろう。それに考えてみると巡礼者と同じように修道院をまわるのも悪くない。急ぐ旅でもないし元々アールガウ島には行ってみたかったのだ。ちょっとした冗談だったがここまで否定されるとは思ってもみなかった。


 アールガウ島北部は未開の深い森と断崖絶壁により隔絶されており、修道院は全て南に集中している。そのため海路でしか島に上陸する手段はなく、しかも入国できるのはバーデンの港一箇所のみである。

 早朝に出た船が無事にバーデンについた頃には夕方だった。船を下りた者の顔ぶれを見ると八割方は巡礼者で――灰色の修道衣を着ているので容易に見分けることができる。修道衣はアーラウでも支給されている――二割が我々のような行商人だった。みなこの町は素通りして首都へ向かうようだ。この時間ならまだ入国審査に間に合うのかもしれない。皆、はやる気持ちを抑えられないのか少しでも先に進みたいのだろう。だが我々はこの町で色々と物資の補給を行うつもりだったので巡礼者たちの列には加わらず町に残り今日はここに泊まることにする。


 この町と首都だけは町の体裁をしているが、その先は修道院しかないそうだ。私たちは宿を取り、荷物を置くと町へ出た。身軽になると心まで軽くなる。私は知らない土地というものがとても好きなのだ。

 先ほど取った宿だが私はそこでも軽いカルチャーショックを受けた。おそらく島の人と私は宿屋という概念が異なるようだ。宿屋といってもホテルではなく町に住む人の家に泊めてもらう形式(スタイル)でその家族と一緒に食事をとり、くつろぎ、そして眠るらしい。金銭が目的ではなく奉仕の精神なのだろう。私たちの感覚とは根本的に違っているようだ。巡礼者は基本的に無料だし、町も修道院も巡礼者に対して奉仕しなければならないらしい。泊めて人を助けることも修行なのだ。

 先程も家の玄関で私たちは値段の話をしていたが無料ということだったし、部屋の中では子豚が走り回っており、子どもの教科書をその豚にかじられたと騒いでいた。私はとんでもない所だなと思い、スパグスに他にきちんとした宿屋はないのかときいたら皆同じようなものだと言う。修道院の方が幾分ましなのでそこまで我慢して下さいとのことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。