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神の頬に触れるような気持ち 好奇心は猫を殺す 年代記第七章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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第三章 ディス・カントン・アールガウ巡礼 3 エゲム

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3 

 

 エゲムの町は三方山に囲まれ、南側は海が広がっている。草深い僻地であり、なるほど陸路でたどり着くのは困難だ。よほど目的がない限り訪れる者はいないだろう。我々は狼の群の中で野宿するわけにはいかず、引き返して暗い中でパルペルナへの正しい道を見つけるのは至難の業だろうと私は考え、代替え案としてブカヨの出身地であるフォンテラビアへ行くわけにはいかないかと聞いた。しかしブカヨは色よい返事はしなかった。たとえブカヨが連れてきたとしても集落は排他的で余所者が入ると問答無用で殺されるらしい。今時そんな土地が存在するのかと驚きではあったが殺されてはかなわないと却下するしかなかった。

 ブカヨから聞き出したところエゲムの町が廃墟になったのは彼が物心つく遙か前であったらしい。当時の話は父親から聞いていたそうだ。エゲムは鎖国していたがセヴァストポリとのみ国交を開いており貿易による輸出入でかなり栄えていたそうだ。他の町との接触は一切なく町がどのような状況であったかはよくわかっていなかったらしい。ブカヨの住む隣村は数年に一度エゲムにより襲撃され、奴隷を確保するため子どもを中心に連れ去られた。逆らう者は皆殺しにされたそうだ。

 エゲムの人口はそう多くなく、半数は奴隷だったそうだ。ブカヨが産まれる頃にエゲムで叛乱があったのか、はたまた地震や津波や飢饉があったのかわからないが――おそらく複合的なことだろう――皆、エゲムを捨てて別の土地へ移り、解放された奴隷たちはフォンテラビアへ逃げ帰ったのだそうだ。ブカヨは小さい頃からエゲムについて聞かされていたので今でもエゲムを忌避しているのかもしれない。


 私たちは東の山から岩路を辿り町を目指す。太陽はすでに西に沈み、薄暮(はくぼ)を迎えていた。まだ残った残滓によりあたりは薄ぼんやりとしているが、気がつけば闇に包まれることだろう。 

 山を登り続け峠を越え急な道を下っていく。一応獣道のようなものがあるが整備されておらず足場は悪い。蛇のように白い道がうねりながら続いている。白い道は門へと続き高い城壁が見える。ようやくエゲムの町が見えてきた。

「廃墟で野宿するのは薄気味悪いですね」

 と、スパグスは言う。特にブカヨがかなり怯えている。悪いとは思ったが選択の余地はないだろう。私は特に気にしないのだが、城壁もあるし、夜を徹して火を焚けば狼の襲来も防げると私は思っていた。

 我々は東のサルノ門――門柱にそう記されていた。その他にも標識の類いは残っていたので通りの名前などは知ることができた――から町の中に入る。道は石畳なのだが、少し沈み込む感じがする。アッボンダンツァ通りを西にまっすぐ進む。海の水が上がってきているのだろうか水棲の植物が繁茂している。それらが石畳を押し上げ道があちこちで築山のようになっている。植物の生命力には驚嘆したが、歩きにくいことこの上ない。左右の建物も草が侵食し建物の煉瓦の間に種を飛ばしそこから発芽し煉瓦を押し上げている。緑の匂いが濃い。死の町だと聞かされた先入観からか不気味で、しんと静まりかえっていて人の気配はしない。


 建物はどこもかなり傷んでいる。町のほとんどを蔦や草が飲み込もうとしていた。人間の繁栄などほんの一瞬のことでいつかはここと同じように世界中は草木によって全ては覆われていくのかもしれない。

 六百メートル程進むと南北へ延びる道と交差する。スタビアーナ通りというらしい、我々はその道を北へと向かった。一晩過ごせるような比較的被害が少なそうな邸宅を探す。雨露さえしのげれば良い。スパグスが地面を調べているが狼が近くまで来ている痕跡は認められなかったらしい。

 一際大きな邸宅が見えてきたので私たちは足を踏み入れた。中は荒れ放題で、建物は頑丈に作られてはいたが天井が落ちてしまっていて中まで植物が浸食している。とりあえず家の中を見て回る。調度品など金目のものはすべて持ち去られており家の中はがらんとしていた。残った食器などはすべて割れていて、部屋には瓦礫が山積みになっている。おそらく暴動が起こった際に富裕層が狙われ略奪にあったのだろう。この邸宅はかなりの富豪のものだったのか、壁の壊されたモザイク画の自画像はいかにも権力者で髭をたたえ威厳に満ちていた。

 私たちはいくつか部屋を通り抜け、大きな中庭に出た。床面はモルタルで、中央に作られた雨水を貯めるための水盤の底には色大理石を切った板で作られたモザイクが施されていた。溜まった雨水は濁り汚れていたが、当時は豪奢であっただろう。

 スパグスが呼んでいるので私がそちらへ向かうとスパグスとブカヨは中庭にぽつんと残されたブロンズ像を見上げていた。その像はかなり巨大で石の台座に置かれており、さすがに盗賊たちもこれを持っていくことはできなかったらしい。台座は傷だらけで外そうと奮闘した跡が窺える。台座は祭壇のようで上部の渦巻き型の枕の部分が破損している。正面中央には装飾された文字で碑文が刻み込まれており、見たことのない文字なのでなんと書いてあるかはわからない。


「こいつが動いて夜な夜な皆を殺してまわったんだ!」

 とブカヨが叫んだ。ファウヌスという山羊の魔獣であるとブカヨは言う。私は像を見上げた。激しく身体を捻り虚空を睨みつけ、いかにもすぐ動きだしそうな見事な像ではあった。

 濃い髭を生やしたファウヌスは逆立った髪の間から立派な山羊の角をのぞかせ両腕をあげている。けれど私は違和感を持った。角こそ生えているが身体は人間だ。山羊脚のファウヌスではないのでは? 確か見覚えのある、と私は記憶を辿った。この像は神話にあるサテュロスではないだろうか? 本で見た記憶がある。わからなかったのも無理はない、本来なら両手には銀製の二管笛を持っていたはずだが、おそらく盗人に盗られてしまったのだろう。

 サテュロスではないかとは思ったが、ここで知識をひけらかす必要もないのであえて黙っていた。それはどちらでも構わないことだし、本質的に何の意味もないからだ。


 便宜的に我々はこの邸宅をファウヌスの家と名付けた。一区画すべてを使った大豪邸でこの町一番の富豪だったのだろう。

 ためしに他の邸宅も見たが、どの家も荒らされており似たり寄ったりであった。それならば大きな方がいいだろうとファウヌスの家にお邪魔することにした。どうせ一晩泊まるだけだ。

 部屋はいくらでもあるので各自好きな部屋を見つけることにした。

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