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神の頬に触れるような気持ち 好奇心は猫を殺す 年代記第七章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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第三章 ディス・カントン・アールガウ巡礼 1 コールスカンプ→臨海都市ヘントヴェヘルへム→ズウェーフェーゼレ

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 どうやらファノ兄弟の母親は数ヶ月前にディス・カントン・アールガウにある修道院に依頼を受けてそちらに向かったらしい。スキヴィアスという島の南の端にある修道院が目的地である。私はその後を追ってファノ兄弟からの届け物をするためにアールガウ島へ行くことにした。コールスカンプに滞在中にアールガウ島へ行く方法がないかと少し訊いて回ったが海路はないらしい。アールガウ島の玄関口であるアーラウへの船便はコールスカンプからは出ていないのだ。中央大陸は西の大陸とは国交がないのでコールスカンプに限らずどこの都市からも行くことはできないことがわかった。だが幸運なことにアールガウ島は西の大陸の中でも特殊な島であるため、渡航する方法があるという。

 それはアールガウ島はウルバヌス教の聖地であり、多くの修道院が建ち日々巡礼者が訪れるからだ。島は太古の昔より受け継がれた厳しい修行と労働の日々を送る修道士たちが暮らす宗教国家なのである。西の大陸からも正式に独立した自治国家であり治外法権が認められており独自の政治が行われている。そのため入国証は必要であるが入国は比較的簡単にできるらしい。しかしまずはアーラウへ行くことがかなり厄介で、そのため私はコールスカンプで案内人兼通訳を雇うことにした。コールスカンプのギルドの紹介で雇ったのだが、こういうときギルドは有用で私の依頼にぴったりの人物を手配してくれた。値が張ったがアールガウ島は特殊な島なので十分その価値はあるだろう。案内人はスティーブ・スパグニョーロといい、呼びにくいのでスパグスと呼ぶことにした。いつもそう呼ばれているそうで本人も了承した。西の大陸出身で、年齢は私と変わらないが身体はよく鍛えられていて、あらゆる言語が話せるということだ。アールガウ島は独自の言語なため通訳がいなければほとんど意思疎通ができないそうだ。


 西の大陸については土地勘がまったくないのでアーラウへ至る道のりは全てスパグスに一任することにした。コールスカンプからアーラウまで直接の船便がないのは先程話した通りなので、取り敢えずは中央大陸から向かうことができる西大陸の都市まで船で渡り、そこから徒歩か海路でアーラウへ向かうしかないようだ。まずは現在滞在中のコールスカンプから北部最大の港町である臨海都市ヘントヴェヘルへムへ向かいそこから西の大陸でヘントヴェヘルへムと唯一国交があるズウェーフェーゼレへ船で密航することになる。アーラウはかなり東にあるのに対してズウェーフェーゼレは西に位置するので離れてしまうがそれは仕方ないだろう。船を見つけるツテはスパグスにはあるらしい。ズウェーフェーゼレから東のエゲム、そしてピッテムは同距離ぶん離れているだけで簡単に行けそうだがそう簡単ではなく、ズウェーフェーゼレと隣のエゲムの間は大きな山脈があり渡れないらしい。それなら初めからエゲムに行ければ良いのだが、エゲムは鎖国しており一切の人との接触が閉ざされた街だそうだ。陸路でズウェーフェーゼレから西大陸を山脈沿いに北上し、そこからビスケー湾を渡り、西部の小さな港であるラ・ロッシェルに至ればアーラウまでの道は容易で途中地図にあるエゲムの近くのパムペルナで宿泊と物資の調達を行い港町カレーへ。カレーから陸伝いでピッテムまで行き、ピッテムからは流石に船はでているだろうと思われるのでそこからアーラウへ行くという手段が提案された。スパグスが言うには相当に厳しい道で、地図もあまり当てにはならないということだ。できれば六、七人でそれに伴う召使いや案内人を連れたキャラバンで行くのが安全だそうだが、急に集めることはできそうになかった。スパグスもズウェーフェーゼレ側からアーラウへ行ったことはないようで、あまり一般的な行き方ではないらしい。そんな辺鄙な場所にあるアールガウ島にそんなに巡礼者が来るのかと訝しいが、それさえも修行の一部なのかもしれないと思うと腑に落ちた。私は疑問に思いそして勝手に自分の中で納得するという癖がある。


 私たちはコールスカンプから臨海都市ヘントヴェヘルへムへと移動した。コールスカンプからは乗合馬車が出ており、道中は快適であった。町の入り口で多くの乗客が馬車を降りた。料金を御者に支払い我々はヘントヴェヘルへムに入る。


 ヘントヴェヘルへムは入り組んだ湾の中に位置しており、強固な城壁や要塞を持つ港湾都市である。私は何度か訪れたことがあるがいつ来ても活気にあふれ騒々しくも美しい建築物が建ち並ぶ港町である。

 町は四つの区画に分かれておりすべて異なった特徴を持っている。最も古い歴史を持つブンダ地区はポルダーと呼ばれる干拓によってできた土地に杭を打ち込み土台を作りその上にイストリア石という石を積み基盤が作られた。地区全体に城壁を作りその中に都市が造られた。昔からの要所であり堅牢で北大陸の侵攻にも耐えられるように都市計画がなされ、攻め込まれたときのことも考えられた細い迷路のような路地などが張り巡らされた歴史的にも価値の高い町並みを持っている。しかしそれは遠い過去の話である。地震や津波などの災害によりこの区画はそのほとんどが水没してしまっており今は見る影もない。危険な場所も多いことと、トレジャーハンターなどに荒らされることを防ぐために中に入るには許可が必要だが、歴史の研究家以外に興味を持つ者はおらず、保全もされていないのでただ朽ち果てるのを待つばかりである。近代的な港町の中に美しい廃墟があることでも広く知られており、歴史的な彫刻や建造物がそのままの姿で水中に残されているそうだ。

 私もそんな廃墟に浪漫を感じる質なのだが、見て回る時間はもちろんなく、横目に見ながら素通りすると港に最も近いオトロバンダへ移動した。オトロバンダは旧都と同等かそれ以上の港を持ち、様々な船が停泊している地区である。私はそこでスパグスとは別行動をすることになり、島へ渡るための準備をするために港から商業地区へ向かった。


 港の防波堤を歩いていると北の海が地平線まで見ることができる。しかしながら北の大陸も西の大陸も遠くその影を見ることはできない。私は海を見るのは好きなのだが北の海は青色が濃く荒れていて、穏やかなワインの海を見慣れていた私にはどことなく静かで暗く郷愁を誘うような物悲しさがあった。寄せては返す波の波濤は白く弾けた泡が沖へ流されて行く。その様を私は飽きずに眺めていた。だがいつまでも海を見ているわけにはいかなかったので私は用事を済ませることにした。


 残りの二地区であるピーターマーイとスカローは比較的新しく作られたため、近代的な建物が並ぶ。また歓楽街や賭場、宿屋や食事処なども多く、そのほとんどがその二地区に集中している。私にはいささか騒々しすぎるし、いつも古い歴史があるところを好んで訪れるので、オトロバンダ以外にはあまり興味はない。実質私にとってのヘントヴェヘルへムはこのオトロバンダ地区なのである。

 スパグスが船を手配する間に私は買い物などの雑事を済ませた。水没したブンダ地区には入れないが、ここオトロバンダ地区も十分に古く、私の鼻はその匂いに敏感に反応していた。ここには良い出物があるはずだ。肋骨王もここへは何度も訪れているという記録が残っている。骨董屋などをまわりたかったが時間がないので後ろ髪を引かれながら諦めた。


 希少な時間を使い、私はギルドへ立ち寄ることにした。西大陸の情報を得るためだ。情報は千金に値する。それは私がよく知る確かな格言である。

 ギルドで西大陸へ行くと言うと「やめた方がいいのではないか?」と何度も説得された。「仕事でいかなくてはならないんだ」と言って何とか納得してもらったのだがギルド職員の中では西大陸はいまだに肉食の獰猛な獣が闊歩し、野蛮人が暮らす土地だという認識らしい。つまり有益な情報は得られそうにないということだ。 

 だがそれならばとギルド職員は分厚い紙の束を持ってきた。それはこのギルドに正式に登録されたギルド員であることを証明する書類らしい。ギルド長のサインも入っている。これがあれば商人としてヘントヴェヘルへム公認ギルド員として各地で優遇されるそうだ。「西大陸でどれだけ効果があるかは疑問ですが、ないよりはましなのでお守りのようなものですかね」とギルド職員は言った。かなりかさばるお守りではあるが、ありがたく受け取っておこう。


 西大陸への――特にアールガウ島への入国許可証――に際しての書類はスパグスが手配してくれているので私にできることはない。持っていた本を何冊かオークションにかけるように頼み、その収益は戻ってきたときに受け取れるように手配しておいた。今度この町に戻ってきたときはゆっくりと町を見て回りたいものだ。


 外へ出てスパグスと約束の時間に落ち合った。食堂に入り今後のことについて計画を練ることにする。少し早かったが我々は食事をとることにした。さすが港湾都市だ、新鮮な魚介類が豊富でどれもうまそうだ。

「まともな食事は最後かもしれませんよ」

 とスパグスは不穏なことを言った。私は普段は食べないがデザートまで注文した。

 船の手配や必要書類は滞りなく揃ったそうだ。なるほど仕事のできる男である。ここヘントヴェヘルへムでも彼ほど優秀な人間を手配するのは難しいだろう。彼は西大陸へは何度も行き来しているそうなのでかなり頼りになるだろう。ウルバヌス教徒ではないがアールガウ島にも何度も訪れているそうだ。ならばとセヴィストポリへの入国許可証は持っていないのか、と訊いたら彼でさえセヴィストポリには一度も入ったことはないし、自国民でさえ許可証をとるのは至難の業で首都といえども独立国家のようなものだ、と言った。この線で許可証をどうにかする当ては外れてしまった。そんな簡単にはいかないようだ。スパグスは許可証は見たこともないし、持っている人間さえ聞いたことはないらしい。


 このままズウェーフェーゼレへ行くこともできたが、着くのが夕方になるので明日にした方が無難だという。船自体は心配はないそうだが――密航なので夜に発つこともあるらしい――着いた先のズウェーフェーゼレの様子がわからないそうだ。町についての情報が皆無なので用心することに越したことはないだろう。いきなり野宿というのもあまり気が進まない。


 翌日、ズウェーフェーゼレへ向かう船の上から港町を見送る。私たちが乗る船は本来は人は運んではいけないことになっているのだが、特に港で誰かが調べたり咎められたりすることもなくすんなりと乗船し出港することができた。船の数が多いのでそこまで手が回らないのだろう。抜き打ちでチェックがあるらしいがその情報は入ってくるらしくスパグスは「問題ないでしょう」と言った。

 はたしてズウェーフェーゼレはどんな土地なのだろうか? 私は初めての西大陸に心躍らせた。

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