第二章 ロックタイト島綺譚 18
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図書館はまだ午前中にもかかわらず早々に閉館するらしく、司書が鍵を閉めようとしていた。彼女は私の気配を感じたのか手を止め振り返る。
「本の返却でしょうか?」
司書はにこりともせずに言った。
「ああ、申し訳ないが開けて貰ってもかまわないだろうか?」
私はできるだけ丁寧に言った。司書は扉を開けて中に入ると「どうぞ」と言い私を促した。
私は後ろ手で扉を閉めると司書の元へつかつかと詰め寄る。司書が後ずさり、身を固くし緊張するのが伝わる。私は司書に歩み寄るとその華奢な肩を掴んだ。司書は私を睨みつける。その威嚇する猫のような表情は私を魅了する。
「単に本を返しに来ただけではないようね。人を呼びますよ」
司書はいたって冷静だ。私は顔を近づける。司書はその場でタタラを踏み、背中を壁に預けた。
「叫んでも誰も来やしないさ。助けてくれる騎士は二人とももういないからね」
司書は固まったままだ。一瞬の静寂の後、私は両手を広げ悪意はないことを示した。
「怖がらせて悪かったね。悪気はないんだ。少し確かめたかっただけだ」
「それで何かわかったのかしら?」
「今日は麝香ではないんだね。グリーンアニスか?」
攻撃的な瞳を持つ彼女に麝香はよく似合う。私は質問には答えずそう言った。グリーンアニスは八角に似た香りの強い香辛料の一種で医療用にも使われる。
「それは高くて買えないわ。没薬よ」
司書は答えた。没薬は没薬樹の樹液から採った黒褐色の樹脂で、煙で燻されたような甘くスパイシーな香りだ。太古からミイラの保存など防腐剤として使われている。
「あなたは煙草を吸いすぎよ。肺を一所懸命に汚して何が楽しいの?」
「辛辣だね」
司書は肩から下げていたリンゴのアクセサリーを振った。没薬の香りが辺りに広がった。
「それで何かわかったのかしら?」
司書は先ほどと同じ質問を繰り返した。
「執事が犯人だったんでしょう、本人が自供したそうじゃない。今朝聞いたわ」
私が黙って応えないかわりに司書はそう言った。私がここへ来た理由も薄々気がついているのだろう。多少は動揺しているのだろうか?
「君が全て裏で手引きしていたんだろ?」
私が核心をつくと司書は少しだけ笑った。
「話が見えないのだけれど。私を犯人として突き出したいのかしら?」
「まさか、そんな誰にも利がないことはしないさ。君には感謝したいくらいだよ。なかなかにスリリングで貴重な体験をさせて貰ったからね」
私は続ける。
「私の推測があっていたのか間違っていたのかそれが知りたいだけだ。純粋な好奇心だよ。このままじゃ喉に小骨が刺さったようでね、島を離れるのに心残りができてしまう」
司書はため息をもらした。
「わかったわ、あなたの推測とやらを聞かせて頂戴」
司書はまだいくらか懐疑的だが私の話を聞く気にはなったようだ。推測を開陳する。
さぁ解決編を始めよう。
「まず最初に確認しておきたいのだけれど、あの上巻と肋骨レコードは君の所有物だね」
私がそう言うと、
「ここから我らの町が始まるのだ、ロックタイト総長は見晴らしの良い丘の上に礎石を打ち込んだ」
司書は上巻の出だし部分を諳んじる。
「ご明察、あの上巻は私のものよ。でも何故わかったの? 名前でも書いてあったかしら」
司書は余裕を持って答える。
「あの本も肋骨レコードも骨董屋の爺さんは知らなかった。けれど、少年は明らかにあの店で本を探していた。ならばその情報は君からもたらされたのだろう。論理的帰結だ。と、すると本もレコードも君のものだ。あの店へは執事が持っていったのか?」
「ええそうよ。彼に頼んであのゴミの屋敷に肋骨レコードと一緒に置いてもらったのよ」
売りに行ったわけではないらしい。どうりで爺さんに買い取った記憶がないわけだ。
「大事な本なのよ、大切に扱って欲しいわ」
「裸本なのが残念だけどね」
「あれは元々手に入れた時からカバーはなかったわ」
私は話を続ける。
「なぜ君がそんな面倒なことをしたのか、つまり誘拐事件と本探しは別件、あるいはそこから派生したのだと考えられる。本を探すことは少年を自分の手足として使えるかどうかテストしたんじゃないだろうか?」
「そうね、間違いではないわ」
司書は認めた。
「君は少年に下巻を読ますことでカタコンベの知識を与えた。司書として少年に読むように勧めたんだね」
「そうよ、何も知らない子どもだからこちらの思った通りに従ってくれたわ」
少年は全てを理解していたのだと私は思っている。案外何も知らない子どもだと思っているのはこの司書ぐらいだろう。司書は少年を甘く見ている。まぁそれだけ無関心だということなのだろうが。
「上巻があんな店にあるなんて私だったら信じやしないがね。では肋骨レコードまでなぜ置いたのか、少年が使えない場合に備えての保険か、私と少年を競わせる気だったのか。しかしそれなら期間に矛盾が生じる。私がこの島に来ることを事前に知らなくてはならない。本を置いたのはかなり前のようだからね」
私は司書がなぜそこまで面倒なことをするのかはいまいち確証を得ていなかった。
「メンドーサとは懇意にしている。それで意味はわかるでしょう、探偵さん。あなたがこの島へ来る前からあなたのことは知っていたわ」




