第二章 ロックタイト島綺譚 17
結局少年は私の後ろについて聖遺体を見について来ていた。聖遺体は厳重に棺に何重にも封印されて安置されていた。
「開けるの?」
少年が聞いた。
「いや、この石棺の蓋を開けるのに大人が何人も必要だろうな。残念だが諦めるよ、でも見てみろよ」
私は持って来た蝋燭の火で石棺の周りを照らした。石棺の周りには精巧な彫刻が施されている。島に来た時にクリムズスと戦った様子が絵巻のように描かれているようだ。
「おそらく、この石棺は何重にも封印された一番外のものだろうな、石棺はサルコファガスといって肉体を食べるものって意味なんだ。ラブ二ールが汚染された際に封印した石棺もサルコファガスというのだけどな」
私は少年に解説をしてやる。少年は私の話を聞いて少しだけ元気を取り戻したように見える。
「ここは入ったことはあるのか?」
私は聞いた。私たちは前室に戻った。
「いや、ないよ。ここに部屋があることは知っていたけどね。入ったら出られないことはわかっていたし、大聖堂側からは扉の鍵がないと出られないからね」
少年は言った。
「すぐそこまで来てたんだがな」
「知ってるよ」
執事と二人で来た時にはすでにここにいたということか。
「じゃあなぜ騒がなかったんだ?」
少年は暗闇の中で首を振る。
「ここで騒いでもあの分厚い扉で何も聞こえないよ。扉を叩いてみたんだけど手が痛くなるだけだった。それに大聖堂の連中もみんなグルなんだと思うよ。僕らも総長みたいにここでミイラになるのかもね」
「何か食べていたのか?」
私はたずねた。
「一応食事はもらっていたけれど、最初だけ。さすがに餓死させるのは忍びなかったんじゃない?」
石のテーブルの上にはトレイが置かれていた。私は鞄から食料を出した。
「そうがっつくな」
暗闇の中でも少年がうまそうに食べているのがわかる。パンとチーズ、飲み物、デザートのリンゴまで綺麗に少年は平らげた。
「こういう時、英雄が助けてくれるのにまさかおじさんとはね」
渡した水筒の水を喉を鳴らして飲んだ後に少年は言った。まだ助かるとは決まったわけではないのだが。
「英雄か。子どもみたいだな」
「子どもだよ」
「さしずめ君を助けてくれる英雄はイーオンだったらよかったのにな」
図星だったらしい。暗闇の中でも少年が動揺するのがわかった。
「僕がイーオンに憧れているのを何故知っているの?」
少年は観念したように言った。それは隠匿している性癖のようなもので、おそらく思春期の少年にとって何よりも恥ずかしい告白かもしれない。
「君の本棚の傾向からの推測だ。直接イーオンに関する本はなかったけどね」
彼の崇拝するイーオンはかつて王立騎士団に属していた「白い死神」の異名を持つ女性だった。しかし私はそれ以上は追求しなかった。
「君は読書家らしいね。この町の下に秘密の地下迷宮があることを図書館で借りた本で知った。これは使えるとふんだんだろ。迷路の上に紙を重ねて写したんだ。まぁ破らなかっただけ褒めてやる。地図を全て巡って迷路を調べたのか?」
私は訊いた。
「だいたいは踏破したよ。実は最初に入ったのはイル・ベルトの方なんだ。おじさんはひとつ勘違いしているけれど、町の人はカタコンベがあることぐらいみんな知ってるよ。誰も入ろうとはしないけどね。いずれは観光資源にでもなるんじゃない? 誰もお金を払って入るとは思えないけど」
なるほど、こんな場所に好き好んで入る人間は少年か私ぐらいのものか。
「ロイヤルオペラハウスの地下にもここと同じようなカタコンベがあるんだけれど、イル・ベルトの地下は古いからさ、いつ崩れてもおかしくないんだよ。それに地図が半分しかなくて地図なしに迷ったらそれこそ終わりだからね」
「それで上巻を探していたのか?」
「おじさんが見つけたやつは肝心のカバーがなかったでしょ、だから意味がなくて。でも実は… まぁそれはいいや」
少年は小さな声で言った。
「スケープゴードに私は最適だったのだろうね」
「あいつ、ずっと僕のこと嫌いだったんだね。協力するふりをしてさ、イル・ベルト以外はあいつと一緒に探検したんだよ」
執事のことだ。少年が言うことは絶対だったのだろう。それで不満を募らせたということか。
「まあそう言うな、だいたいこういうものの犯人は執事か領主本人と相場は決まっているんだよ」
「じゃあなぜまんまと罠にかかるんだよ」
少年は詰め寄った。
「執事の言質がとりたかったからね、まあそのためにはここから私もおまえも無事に出なくちゃいけないけどな」
「でもそろって行方不明だなんてさすがに執事が疑われないかな?」
「どうだろうな、なんとでも言い訳がきくだろう、私が君を連れて船で逃げたとかね。証言はいくらでも捏造できるだろ。その点私は他国から来た行商人だ。人を連れ去るには好都合だろう。実際にはそんなことはしやしないけれどな」
私はそういって煙草を取り出し巻いた。蝋燭の火で煙草の先端に火をつけた。少年が暗闇の中で嫌そうな顔をするのがわかる。
「呑気に煙草なんて吸ってないで考えてよ」
「まあまあそう焦るな。時間はまだたっぷりとある。こんな場所に何も対策を講じないで来るわけがないだろ?」
そうは言っても他にすべきことは何もない。
「一緒に船で逃げるっていうの、案外いいかもしれないね。ねえ、僕を一緒に連れて行ってよ。家を出たいんだ。なんだってやるよ。仕事を教えてくれよ」
少年は言った。冗談半分かと思ったが真剣なようだった。
「はい、わかりましたって私がお前を連れていくと思うか? おまえには私の仕事は自由で毎日が刺激に満ちていて世界中を旅できるなんて考えているんじゃないだろうな。それに私がおまえを連れていくのに何のメリットもないしな」
少年には私の仕事は素晴らしく楽しいものに見えるのだろう。それは想像に難くない。
「おじさんには利があると思うよ。優秀な助手がつくわけだしね。別に賃金なんていらないよ。連れていってくれよ、その責任があるはずだ」
少年は言った。
「責任? そんなものはないに決まっているだろう。ここへ来たのも慈善事業なんかじゃない。おまえのせいで誘拐犯扱いだ。報酬はそれ相応もらうつもりだけどな」
「僕も一緒に連れて行ってくれよ」
「ダメだ、大人しく家に戻るんだ。そういう尊大なところが駄目なんだ」
「じゃあ執事が犯人だって証言はしない。それで困るのはおじさんだろ」
やれやれ一人前に交渉と来たか。
「答えはノーだ。おまえの物見遊山に付き合うつもりはないよ」
「わかったよ。でも勝手についていく分には構いやしないだろう。僕が父さんを説得してみせる。それなら文句はないだろ?」
行方不明の少年が私と一緒に行きたいなどともし領主に言ってもそんなものが通るはずもないだろう。
「ご自由に」
私は言った。
「この街にいてもなにもいいことはないしさ、僕がいなくなっても誰も悲しまないかもね」
「だろうね」
私は言った。
「ひどいね、まったく」
少年は言った。こういう場面では励ますべきなんだろうが私にはそんな白々しい嘘はつけなかった。少年の妄想に付き合う筋合いはない。今まで皆少年に対して真実を告げるものはいなかったのだろう。少年は私にとっては主人でもなければ雇い主でもない。ましてや友人でもない。
「まぁしばらくは君がいなくなって騒ぎになるだろう、今みたいにな。けれどすぐにみんな君のことなんて忘れるさ。誰もがお前を特別視するのは領主の息子だからだ。お前が特別だからじゃない。ファントムだってことは皆知っているだろう。お前がくだらないいたずらをしても目をつぶってもらえるのはそれも領主の息子だからだ」
私は言った。
「そんなことは言われなくてもわかっているよ」
少年はそれだけ言うと再び黙った。下を向いて拳を握りしめている。
「別に望んで領主の息子になったわけじゃない。僕だって普通に生きたかったよ…。いつもひとりぼっちだったしさ。みんな領主の息子だから付き合っているんだ。いたずらだってそうさ。僕を見限って欲しかったんだ」
「領主の息子でないお前に何の価値もないさ」
私は酷なことを言いすぎているだろうか。
「僕には生きていると感じることがないんだ。ここで闇と一体化して消えていってしまってもかまいやしない」
「人が生きることに価値なんてありはしない。君も私も生きることに何の意味もない。それが真実だ。真実は時に残酷なものさ。でも大抵の人はそんなことさえ考えずに生きているんだ。そちらの方が幸せかもしれないね」
少年は再び黙り込んでしまった。
「だがそんなクソみたいな人間のことなんてどうでもいい。自分自身がどうしたいかだろ? 少なくとも私は君とまたあの秘密基地でゲームをしたいと思っている。全て負けてしまったからね」
少年が暗闇の中で笑った気がした。
「あれでも手を抜いたんだけどな」
少年は言った。
「じゃあ戻って再戦といこう」
彼はこれからどのような人生を送るのだろう? 成長し領主となった時、今日のことを懐かしく思うのだろうか? まぁ私には関係ないことだ。そんな事を考えるのは詮無い事だ。おそらく数日すれば私のことなど忘れて日常に戻るだろう。
二日目の報告ができないままに三日目となった。屋敷ではいまごろ執事があることないこと領主に吹き込んでいることだろう。
うとうととしていた時に少年が私を揺さぶり起こす。
「案外早かったな」
私は言った。扉の向こうから鐘を打つような音がする。耳にその重低音が響く。大きな丸太で無理やり扉を破ろうというのだろう。
かなり大勢なのか、扉の向こうから声が聞こえる。
扉が打ち破られ、どやどやと男たちがなだれ込んで来た。いくつものランプの明かりが眩しい。メンドーサが私の姿を認めるとすぐに近づいて来てハグを交わした。
「遅くなってすまなかったな」
メンドーサは言った。
「いや、思ったよりも早かったさ」
「俺一人じゃ扉は壊せないからな、腕っぷしの強いのを見繕うのに時間がかかっちまった」
予めメンドーサには昨日のうちに大聖堂の地下に閉じ込められるかもしれないので、助けてくれないかと頼んでおいたのだ。メンドーサが領主側、特に執事に取り込まれている可能性はなくもなかったのでメンドーサを全面的に信用して良いものかという葛藤はあったが、彼に私を騙すことに対してのメリットはなかったし、旧市街からの長い付き合いなので私は彼に賭けたのだ。
執事の動機はわからないし、単独犯なのかもわからないがそれは私には関係ないことだし、執事に言った通り私は原因を調べるのではなく、少年を探すことが目的だったので真相についてはあまり興味はなかったのだ。だが、少年と話すうちになんとなくだが真相はわかってきた。執事も利用されていたのかもしれないな、と思い始めていた。
私は少年を連れ大聖堂から外へ出るために階段を登る。後ろから少年がおとなしくついてくる。さすがに憔悴しきっているようだ。私はメンドーサに娼館には明日にでも行くと伝え、とりあえず領主邸に少年を送り届けることにする。
後ろから少年が私を呼び止める。領主邸に入ればもう話をする時間はなくなるだろう。少年が後ろ手に紙を一枚渡してくる。
「おじさんにあげるよ、必要なんでしょ」
それは少年自身が書いた手書きのイル・ベルトのカタコンベの西側の地図だった。私はそれを受け取ると丁寧に折りたたみ荷物にしまった。地図はすでにできていたらしい。どうして黙っていたんだ? と問い詰めることはしなかった。なんとなくだが事情はわかったからだ。
「お前のイーオンに渡さなくてもいいのか?」
私は婉曲表現は苦手だが、少年の気持ちを慮って遠回しに言った。少年は少し恥ずかしそうにうつむいた。
「もう、いいんだ」
ようやく厄介事もすべて終わる。私は深くため息をつく。体はひどく疲れていた。大聖堂から外へ出るとまだ日が昇っていなかったが、それでもまぶしくまともに目が開けられなかった。涙がとめどなく流れた。
次回、解決編です。




