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神の頬に触れるような気持ち  年代記第七章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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第二章 ロックタイト島綺譚 16

 カタコンベの中は意外と高低差があることに私は驚かされた。所々は洞窟のように広い空間もあるのだが、そのほとんどは狭く人が一人進めるほどで頭上は低く私は平気なのだが、執事は長身なので屈まなくてはいけないようだ。

「服が汚れるな、まったく」

 ブツブツと執事は不平を言っている。ランタンの灯で執事の影が伸びて壁に大きく映し出された。足元は地下水が染み出しているところもあり、上からぽたぽたと水滴が絶えず落ちてくる。水たまりに足を踏み入れてしまい靴の中まで濡れてしまった。あたりはひんやりとしていて物音はしない。私たちの息遣いだけが聞こえるのみで、ジーという耳鳴りのような静寂が耳に痛いほどだ。

「全くこんな汚いところは勘弁願いたい」

 静寂を嫌ってか、執事が口を開いた。その後はずっと悪態をついていた。カタコンベの中は文字通り真っ暗なので手元の地図を見るたびに私たちは立ち止まらなければならなかった。

「私が地図を見てやる、おまえが先に行け」

 執事がそう言うので地図を渡し、私は先に立った。

 しばらく歩いていると足音が変わって来た。下が細かい砂礫で歩くたびにパチパチと音を立てた。ランタンで足元を照らすとそこかしこに足跡が残っているのが確認できる。光を当てて確かめるとそのほとんどが子どものものだった。比較的新しいものだろうが、正確なところはわからない。二週間以内というところだろうか。

「ここは何度も通っているみたいだな。さらに奥へ進んでいるようだ」

 ランプの明かりは暗く明かりが闇に吸い取られているようで、殆ど手元しか見えない。部屋が立体的に上下につながっていて地図の解読にかなり苦労させられる。少し進むだけで現在地を見失い迷子になりそうだ。暗闇で方向感覚がなくなり出口に再び戻る自信がなくなってくる。ここを一人で何度も少年は通っていたのか。

 私は目的地である大聖堂の下ではなく、まずは最も近い出口を目指すことにした。一回外に出て外の空気を吸いたかったのもある。執事にはもちろん言わなかったが、なによりも少し怖かったのだ。

 少し坂になっていたので旧市街の方まで来たらしい。所々に木材で天井が落ちないように補強してあるのだが、その木材がかなり劣化しているように見える。もとから空洞があるのではなく、新たに掘ったのだとするとかなりの労力と時間がかかったことだろう。私たちはなんとか旧図書館跡にある入り口にたどり着いた。私は石階段を登り、ハッチに手をかけた。しかしぴくりとも動かない。脚を踏ん張り肩で押し上げるように力を込め再び挑んだが結果は同じだった。領主邸のように上に物があるという感じではない。ご丁寧に出入りができないようにしてあるようだ。隙間にナイフを入れようとしたが隙間らしい隙間はなく、刃にモルタルが付着した。まだ新しいようだ。この扉ごとモルタルを流し込んで開かなくしてあるようだ。用意周到なことだな、私は独り言を言った。

 一応確かめてみるために旧市街のもう一箇所の出入口である宿屋の近くへも向かったがここも同じようにハッチは持ち上げることはできなかった。おそらく他の場所も封鎖されているだろう。私たちは外に出ることは諦め、目的地である大聖堂へ少年の救出に向かうことにした。


 大聖堂の地下には反対側の建物階から地下へ降りた時に見た分厚い鉄の扉と同じものが私たちを出迎えた。

「ここはハッチではないんだな」

 私は石階段を登りながら言った。

「みたいだな」

 暗闇の中で執事が自らの髭に手をやるのを私は見逃さなかった。おそらく初めて来たわけではないのだろう。悪態をついていた時も若干不自然ではあったように思う。三文芝居だ。

 鉄扉は施錠されておらず二人で力を込めて押すと大儀そうではあったがゆっくりと内側に開いていった。中に少年がいたなら外へ出られるのではと思ったが子供一人の力でこの重さでは無理かもしれない。

 私は人が入れる隙間が開くと体をねじ込んで中に入った。視線の先に小さな光が見えた。おそらく蝋燭の火であろう。

「助けに来たぞ」

 私はランタンの灯りを向けると少年が座り込んでいるのが見えた。暗闇の中でもわかる、とても衰弱しているようだ。こんな真っ暗な中で一人で過ごしていたのだから無理もない。少年は私が灯りを向けると顔を上げひどく眩しそうにした。私が一歩立ち寄った時、

「来ちゃダメ」

 と少年は叫んだ。その瞬間、私は背中を突き飛ばされ地面に膝を打つ。以前にもこんなシーンがあったな、と全く関係のないことを考える。ランタンが地面を転がって光が盛大に揺れた。幸い破損はしなかったけれど。私の背後の扉は閉ざされた。

 私はすぐに駆け寄って扉のノブを探したが、扉にはノブがなかった。扉の向こうで執事が含み笑いを漏らしている。

「こうもうまくいくとはね。おまえも坊ちゃんと一緒に失踪ということで綺麗な幕引きだな」


 扉の目線の位置に開口部が設けられており、そこから向こうの通路が見える。執事が私を嘲笑いながら元来た道を戻っていく。階段下にランプを隠していたのだろう、ぼんやりとした光が遠ざかっていくのが見えた。

「お互いにまったく酷い目にあったな」

 私は少年に言った。

「その割に余裕があるように見えるけど」

 少年は小さな声で言った。私は少年の前に座る。私の三文芝居も少し大げさすぎたかもしれない。

「ちょっと眩しすぎるからそれ消してもらえたらうれしいのだけれど」

 少年がそう言ったので私はランタンの火に息を吹きかけ消した。ここは小さな部屋のようになっていて天井も高い、もちろん外からの光は届かないが燭台を置く場所があり、蝋燭が小さな灯りを灯している。ここでは唯一の灯りだ。蝋燭は沢山あるようで溶けた蝋が大量に固まっている。少年はかなり長い時間をここで過ごしているのだろう。

 中央には石のテーブルが設置されていて、周りに椅子として使うための石がいくつか置かれている。少年はその一つに座っている。

「ここは入ったら出られないということか」

 私がそう言うと少年はあたり前だという表情を浮かべる。 

「そう下巻に書いてあったじゃない。おじさんも読んだんでしょ? ロックタイト総長の遺体を盗まれないように地下墓地へ通じる道は一方通行で、地下墓地側からは戻ることができないんだよ。遺体泥棒を捕らえる罠だったって」

「なぜ知っていてここに?」

 私は訊いた。

「おじさんがここにいるって執事からきいたからだよ」

 なるほど、少年はやはり私を助けるために執事とともにここへ騙されて連れてこられ閉じ込められたということか。

「聖遺体は向こうか?」

 私は部屋の奥を見る。奥は真の闇で何も見えないが、ここと同じように部屋になっていて祭壇があるものだと思われる。

「多分そうなんじゃない? よくこんな目にあってそんな呑気なことが言っていられるね」

「おまえ、聖遺体だぞ。それを巡って各国が戦役になるほどのものだ。少しぐらい拝んでみたくなるだろ」

「好きにしたら?」

 暗闇の中で少年が呆れているのが伝わってくる。

「と、いうことはここは前室か」

「前室って?」

「亡くなった時にここに運び込んで最後の食事をとる場所だよ。最後のお別れの晩餐ってやつだ。今じゃ考えられないがな。ちょうどお前が座っているあたりに死体を置いて…」

「ひいっ」

 少年は悲鳴を上げて飛び退いた。私は笑った。

「冗談だよ」

「おじさんの冗談は相変わらず笑えないよ」

 少年はやっと笑ったようだった。

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