第二章 ロックタイト島綺譚 15
10
捜索一日目は完全な空振りに終わった。けれど初日はもともと情報収集にあてるつもりだったので焦りはない。そう簡単には真犯人の元へはたどり着けるとは思っていない。
初日に犯人が邪魔をして来るとは思ってはいなかった。三日以内に見つけることはできないだろうと犯人はたかをくくっているのだろう。三日経てば犯人の思惑は成就する。私は犯人として処刑され、その後少年の生死はわからないが───死人に口なしなので、おそらくは亡くなっているだろうけれど───執事によって見つけられるという手筈なのかもしれない。だがこのまま手をこまねいているつもりはなかった。今日中には何らかの手がかりは得ることができるだろうと思う。そろそろ執事が動き出すはずだ。
私は中央広場で初日にいた少年から再び新聞を買い求め読んでいた。たいした記事はない。世の中は相変わらず平和なようだ。ロックタイトの歴史の方がスリリングだった。少年の行方不明の事件はまだ公にはなっていないらしいがこんな小さな町だ、すでに周知の事実であろう。
「こういうものを坊ちゃんの部屋で見つけたんだが…」
挨拶も抜きに執事が言った。私は顔を上げる。逆光で眩しい。私は読んでいた新聞をたたんだ。
執事はそう言うとカタコンベの地図の写しを手渡す。そこにはかなり書き込みがあり、ほとんどの部分が踏破されているのが確認できる。そんな中で一箇所奥の小部屋部分、出口の印がつけられた所だけがまだ未踏破のようだ。
「そこへ向かったのでないか?」
そこで怪我か何かトラブルに巻き込まれてしまったのか、あるいは地図をなくして迷ってしまったのか。と、執事は続ける。
「この地図、持っていることをなぜ黙っていた?」
私は聞いた。執事は一瞬言い淀んだが
「今朝見つけたんだ。昨日図書館で見た本を書き写したものだろう?」
と言い訳をする。顎に手をやるふりをして執事は髭を触る。無意識なんだろうが、嘘を言う時の彼の癖だ。私はそれについては言及しないでおいた。この地図があれば解決へ大きく近づくことができるだろう。
地図には入り口の場所を示す印が打たれているが、具体的な場所が手書きで書き加えられている。新市街は二箇所、領主の家と大聖堂、旧市街は宿屋の近くと閉鎖した図書館、イル・ベルトではオペラハウス(私のねぐら辺りだろう)と入り口近くの外壁あたりの計六箇所に×印が打たれていた。だがイル・ベルトは入口だけで地図はない。
「領主に報告は?」
執事は首を振る。まぁそれも当然か。執事は先におまえに知らせるべきだと思って、と白々しくもっともらしいことを言っている。
私は立ち上がる
「どこへ向かうんだ?」
「決まってるだろ、領主邸だよ。地下迷宮へ向かおうじゃないか」
我々は地下室へ向かう。
「この建物で地下には何があるんだ?」
私は執事に尋ねた。
「ワインセラーだ」
おそらくそこに地下のカタコンベに降りる入り口があるに違いない。ワインセラーはアーチ状になっていて洞窟のようで、人に見せるものではないので部屋としての体裁は取っていない。まるで倉庫のようだ。私はつくづくこのような環境に縁があるらしい。
ワインセラーの中は暗くひんやりとしている。左右にはソレラ樽に入れられたワインが貯蔵され熟成されている。側に設置された温度計は十三度を示している。ワインは熱や光、温度や湿度の変化に敏感だ。樽の上は板が渡してありフラスコが置かれている。私はカタコンベの入り口を探すため隅々まで注意しながら見ていった。一箇所、気になる場所を発見する。地面は床は張られておらず、土の部分かレンガが敷き詰められているのだがワインの棚をひきずった跡が残っている。ワインは振動にも弱いので、棚を動かすとは考えにくい。この棚の下にカタコンベの入り口があるのだろう。領主邸も過去、その地位を追われることもあったのだろう、包囲された時の脱出口としてこういうものを作っていたのかもしれない。
「何があるんだ?」
執事はおそらく知っているはずだが、私は何も言わなかった。
「棚を動かしたせいで床に跡が残っている。何度も動かしたんだろう。ここを使って少年は夜毎外へ出ていたらしい」
これを少年が一人でやったとは考えにくい。第一今こうして元の状態に戻した人物がいる。想像に難くない、それは執事だろう。
棚を二人で動かすと棚の下のレンガを取り除く。レンガは簡単に外すことができた。その下には跳ね扉があり、私は取っ手を掴み押し上げた。下には地下へ降りる石階段が見える。
私は推測した。つまり上に置かれたワイン棚の重量のせいで跳ね扉を持ち上げることができず、外から戻った少年が家へは入れなかったのだろうか? しかしそれならば再び旧市街から外へ出れば良いだけの話か。外へ出たならばそのまま堂々と家へ帰れるはずだ。それができないということはまだカタコンベの中ということになる。あの日の夜、少年は自分のせいで私が追われていることを知りこのカタコンベを使い私を追っ手から逃がそうとしていたのかもしれない。まだこの時点では行方不明ではなく私は少年を唆したということで手配されていたのだろう。だが行方不明となりすぐに私に容疑をかけられるあたり、かなりスムーズで周到に用意されていた感じがする。初めから私を罠にかけるつもりだったのだろう。
「この地図の行っていない場所はどこに当たるんだ?」
私は地図を執事に見せた。
「この出口が大聖堂と書かれているので、おそらくロックタイト候が安置されている地下納骨堂ではないでしょうか?」
「なるほどね」
あのでかい扉の向こうにいたのかもしれないということか。
私は執事に先に降りるようにと手で合図をすると執事は不承不承という感じで中へ入った。私はあらかじめ持って来ていた角燈を荷物から取り出すと、マッチで火を入れ足元に置いた。私は中に入り、跳ね扉を引き下げ試しにもう一度押し上げる。上に物がなければそれは容易に開くが重いものがあれば開けることは不可能だろう。




