第二章 ロックタイト島綺譚 11
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私は領主の前に引き立てられるとそのまま突き飛ばされ、床に倒れこんだ。後ろ手に縄で捕縛されていたのでなかなか立ち上がることができない。腹ばいのまま顔を上げると眼前には領主が豪華な椅子に座り、傍に執事だろうか長身の男がかしずいている。領主に威厳はなくかなり憔悴している様子だ。私が苦労して膝をつき立ち上がると横から近衛兵が二人近づいてきて肩を押さえつける。また地面に顔を押し付けられるのはごめんだったので、倒れないように耐えた。猿轡のせいで唸り声を上げることしかできない。
「領主の御前だぞ」
傍の執事が言った。私は望んでここへきたわけではないのでそれを無視した。
「別に構わぬ」
領主は肘をつき私を見ながら言った。
私は身振りで猿轡と手首の戒めを解くように示す。領主は近衛兵に目で合図するとやっと私は解放された。手は思ったよりきつく結ばれていて、赤く跡が残った。私は痛む皮膚をおさえた。近衛兵は私が暴れるのではないかと剣を構えている。
「言っておきますが、あなたたちの印象はすこぶる悪い。なんの協力もしたくないと最初に言っておきます」
「領主様の前でなんたる非礼か!」
執事が胴間声で言った。あんたのでかい声の方がよっぽど非礼だとは思うけれど、と口元まで出かかったがやめておいた。執事といえどもかなり武闘派の類のようだ。
執事が領主に耳打ちする。
「お前がうちの息子を誘拐したと聞いている。要求を聞こう」
どうやら私は誘拐犯に仕立てられたらしい。
「要求も何もあんたの息子など会ったこともない」
執事が一歩前に出るのを領主は制した。
「数日前、お前がうちの息子と会って話をしているところを見かけたという通報があり、近衛兵を向かわせた時にお前は逃げたと聞いたが」
領主が言った。
「もしかして鳥のマスクをしている子か?」
「やはりお前が犯人か!」
執事が声をあげた。
「しかもお前、その後娼館へ行っていたそうだな」
執事のさらなる追及にまわりの皆から悲鳴が漏れる。やはり近衛兵に見られていたらしい。
「汚らわしい、獣だ、恥を知れ!」
執事は私を糾弾する。必要悪だから目をつぶってもらっているとメンドーサは言っていたが、それにはかなりの賄賂を納めているともらしていた。執事はなおもまくしたてる。どうやらあの少年が領主の息子だったらしい。予想はできたことではあるが。けれどなぜ私が誘拐犯になるのだ?
「これに見覚えがあるだろう、お前の荷物からでてきたぞ。これで言い逃れはできんぞ」
それはまったく見覚えのない少年の上着だった。どうやら私ははめられたらしい。
「あの子はおまえと会ったのが最後、行方不明になってしまった。そこから先の足取りはつかめていない。おまえがどこかに監禁しているのだろう? 身代金が目的なら、出してやってもいい、息子を返してくれ」
領主は言った。寝ていないのだろう、目が充血し顔色も悪い。今にも倒れそうだ。
「早く答えろ!」
執事が言う。
「私は領主と話している。あんたは少し黙っていてくれ。そのでかい声で私を恫喝して萎縮させようとしているのなら逆効果だ」
私がそう言うと、執事は目を釣り上げ私を睨みつけた。
「完全な見当違いだ。あの場で逃げたのは何をしていなくても捕まって面倒な目にあうのを避けたかったからだ。その上着も見覚えはない。あんたの息子とはそこで別れた」
秘密基地のことは言う必要はないだろう。家捜しされてもたまらない。そういえばあの少年も自分がいなくなったら探してくれと言っていた。その予感があったということか。こんな小さな島だ、いなくなろうと思ってもなかなかいなくなることはできないだろう。ましてや少年だ、船に乗って島外へ出るのも難しいだろうし、それに凪で船は全て足止めされている。
私は息を吐いた。
「私は旧都へ戻り全て包み隠さず報告する。私は建設王と懇意にしている。つまり、君たちはまずい立場に立たされるだろうね。王立騎士団と一戦交えたいならご自由に」
私は口からでまかせを言った。一介の買い出し人に過ぎない私が王立騎士団を動かせるはずもない。あまり嘘はつきたくないのだけれど仕方がないだろう。余計に彼らを刺激して私を島外に出すより人知れずここで首をはねられて終わるかもしれないが、子どもと繋がりがある貴重な重要参考人を失うのは彼らに取っても本意ではないだろう。
領主は黙って私の目を見ている。私はそらさずに見る。数秒の沈黙の後に領主は言った。
「わかった。私の非礼は詫びよう。けれど最も怪しいのはおまえで間違い無いのは確かだ。こちらも最愛の息子が行方不明なんだ。そこは酌んでもらいたい」
領主は続ける。
「お前が犯人でないのなら身の潔白を示してもらいたい。そのために息子を探し出しだしてくれないだろうか。そうすれば全てを許してやろう。報酬は出してやる。そうすればお前が言っていることを信じよう」
その高慢な物言いには腹が立ったが、私に依頼するなど相当切羽詰まっているのだろう。私は信じられようが信じられまいが構わないのだが、息子を見つけてこなければどうなるかはわかったものではない。私に拒否権はないようだった。
「詳細は執事に聞いてくれ。私は失礼させてもらう」
領主が立ち去ろうとする。すぐに介添えのメイドがそばについて領主を支えた。領主の後ろから私は言った。
「条件がある」
「お前に交渉する権利は有しない、立場をわきまえろ」
執事が即座に言った。その胴間声は私をいかにも犯罪者だと糾弾するようだ。ひどく鬱陶しかった。正義を振りかざし、間違っているなどとは微塵も思ってはいない、そういう人種が私は嫌いだ。
「ならば依頼は受けない。好きにすればいい。私はここをでていく」
私は言い切った。
「言ってみろ」
領主は振り返ると何か言い出そうとしていた執事を遮り言った。領主はまだ話がわかりそうだ。少なくとも執事よりは。
「一つ、私が望めばどの建造物にも入れるように取り計らってくれ、二つ、無事に見つけた場合はドゥカード金貨二十枚を報酬としてだしてくれ」
側近の者たちが色めき立った。
領主はしばし考えた後
「わかった、その条件を飲もう。ただし猶予は三日だ。そして一日の終わりにはかならず報告をくれ」
子どものお守りの料金としては高いだろうがその労力に見合う金額だろう。私に対しての迷惑料も含まれていると思えばかなり良心的だ。領主は執事に金を持ってくるようにと言った。執事は持ってきた袋から金貨を一枚放る。金貨は床に転がった。
「それは調査費用だ。残りは見つけ出してからだ」
と執事は偉そうに言った。私はその金を無視した。執事はほぞを噛む。
「私は乞食ではない」
私は執事を睨みつけて言った。精一杯の抵抗だった。
「強がっていられるのも今のうちだ。猶予は三日だ。せいぜい首がつながっているうちになんとかするんだな」
やはりメンドーサの言う通り私刑もありえるらしい。彼ら自体がこの島では法律なのだ。私は長年連れ添ってきた自分の首と別れるわけにはいかない。一応本腰を入れて取り組むことにしよう。
領主と側近たち、兵が部屋を後にする。広い部屋は一気にがらんとした。だが一番出ていって欲しい執事がまだ部屋の中にとどまっている。
「あとは勝手にやらせてもらう。あんたも退室してくれ」
「そうはいかん、私が坊ちゃんの世話係の責任者だ。お前の監視をさせてもらう。私がおまえについて探すのを手伝ってやる。ありがたく思え」
領主に言われたのだろう、私にとっては迷惑でしかないのだが。
「せいぜい私の邪魔はしないでくれ」
私がそう言うと執事がいきり立つ。
「あんたは血の気が多すぎる。黙ってそこで見ていてくれ」
私はため息をついた。
「まぁいい、少年の生活を知りたい。メイドを呼んでくれ」
少年の身の回りを世話しているメイドを呼ぶ。領主も言っていたが、少年がいなくなったのは初めて私が少年と出会い、ちょうど私が宿屋を追い出された夜だったようだ。最後に会ったのは私で間違いないだろう。彼らも少年の足取りは追っただろうが、秘密基地の場所は特定はしていないようだった。少年は相当注意してあの秘密基地を利用していたようだ。意識はしていなかったが、私が秘密基地で過ごした間に少年による痕跡は何も残されてはいなかった。とにかくその夜から家には帰っていないのは確からしい。普段から家にはあまりおらず出歩くことが多かったが、夕食までにはいつも戻っていたそうだ。夕食時には家族が全員揃うことが決まりであったらしく、少年が不在だったの初めてのことで家中探したが見つからず、町中に捜索の手を広めたらしい。同時に私を手配したのだろう。
それから三日経過している。三日間探して見つからないのなら何かトラブルに見舞われたのだろう。もうすでに散々探しているだろうがそれでも見つからないのに私に見つけることができるのだろうかと思う。
メイドの入れ替わりで教育係の女性が呼ばれる。話を聞いたところ学校へは行っているようだが独自の教育担当がついているおかげか高い水準の教育を受けているようで学校の授業はほとんど受けてはいないらしい。では何をしに学校へ行っているのだろうか。明日聞き込みに行ってみることにする。家での勉強の時間は嫌がることなく受けてはいたようだ。私は必要なことを聞きだしたが直接の手がかりはみつからず、領主邸を後にする。




