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神の頬に触れるような気持ち  年代記第七章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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第二章 ロックタイト島綺譚 9

6 


「ここから我らの町が始まるのだ」

 ロックタイト総長は見晴らしの良い丘の上に礎石を打ち込んだ。辺りはヒースが生い茂る荒野しかない。ちっぽけな草と石だらけの荒れ地に皆がロックタイト総長を中心に囲んでいる。勇敢に戦う彼らの手にはいつも武器が握られていたが今日はそうではなく鍬や鋤が握られている。

「アディアミ、この地に何が見える?」

 ロックタイトは問うた。未整備で居住もままならない不毛な土地が眼前に広がるばかりだ。

「総長、わかりません」

 アディアミは直立不動のまま答えた。

「私には大地に深く根ざした小麦が見える。あの清廉な川のほとりに風車が見える。家々の煙突からは煙が幾筋も上がり、鶏が鳴き、子供達の叫喚が聞こえる」

 総長は少し微笑むと、

「そう、私には希望が見える」


                『ロックタイト島の歴史 上巻』冒頭部分より抜粋


 ロックタイト島は北大陸と南大陸のちょうど中間に位置する独立国家である。 かつてこの島には名前はなく、人類の脅威であるクリムズスが島を巣食っていた。クリムズスは金や銀などの鉱石を餌とすることがわかっていたが、人が近づくことができず、資源を目の前にして人々は指をくわえて見ていることしかできなかった。

 積年の問題であったが王立騎士団の総長ジャン・ド・ロックタイト三世がその排除に成功した。その人物はマルグリットの曽祖父に当たる。ロックタイトは王よりクリムズスの称号を得るとともに、領土としてこの島を与えられジャン・ド・ロックタイトにちなんで島名が命名された。その後北の大陸からの移住が可能となり国から自治権が与えられた。当時はこのような小規模な街が国として機能していたケースが多く見られた。例えばいくつもの修道院をもつデス・カントン・アールガウやカンピウンス・ハップ、七つの塔を持つ美しいサンジミニャーノやストラーデビアンケなども同じような歴史を持っている。

 島は風光明媚なところで一年を通じて気候も穏やかでほとんど雨も降らず、近年は人が多く訪れる観光都市である。今でこそ平和な島だがそれは一朝一夕で実現したものではない。

 初めは漁業で生計を立て自給自足だったが、島に転機が訪れる。金の鉱脈が見つかったのだ。元々地表から垂直に伸びたたて抗の下にクリムズスが巣を作っていた場所があり、その調査中に金が発見されたのだ。そこから水平に坑道を掘り、鉱脈が新たに見つかったのだ。

 人口は千人に満たない小さな島だが金が採れることがわかり、金はドゥカード金貨の材となるのでさながらゴールドラッシュの様相を呈し島に人が溢れたという。金鉱石はそのままでは金を得ることはできない。鉱石から金を抽出する製錬とその純度を極限まで高める精錬という二つの工程を要する。ロックタイト総長は労働者に正当な報酬を支払い、また製錬の技術者を他国から雇い入れ、新たな製錬技術が導入された。アマルガム方法と呼ばれ金鉱石を水銀と混ぜ合わせ金と水銀の合金を作り、その後合金を加熱することで水銀を蒸発させ後に金だけが残る仕組みを確立した。また製錬技術も同時に研究し、新たな技術者を育成した。生産性は格段に上がり、効率的かつ非常に品質の良い金は世界中に高値で輸出された。ロックタイト金は全世界を席巻し、島は巨万の富を得て急速に発展した。 

 その象徴として町の中心地にロイヤルオペラハウスが建造された。全島員を収容しても十分な広さを持つ野外劇場であった。ロックタイト総長はさらに金で得た富を使い港を整備し城壁を建造した。

 島は隆盛を極めた。そんな中でロックタイト総長は先を見据えていた。資源を持つことで他国から進攻されることがわかっていたのだ。特にその高い技術をとりわけ南の大陸が欲した。

 その後、資源を巡り争いが勃発する。特に南の大陸からは何度も軍事侵攻を受け、その立地の有意差で凌いではいたがその度に多くの犠牲と建物の損失が続いた。最も大きな被害を受けたのはロックタイト包囲戦であった。南の大陸による蹂躙により島は戦火に包まれ大部分が消失した。南の大陸は勝利宣言をし、金のほとんどを略奪した。

 包囲網によりほぼ全てを失った島に残された手段はセヴィストポリに援助を申し入れることしかなかった。しかしそれはセヴィストポリの属国となることを意味していた。ロックタイト総長はそれでも決断を下した。

 セヴァストポリは金を輸出していたことに加え金と同時に採ることができる当時利用価値がなかった鉄鉱石を輸出していたので蜜月の関係にあった。元々は北の大陸とは親密な関係にあったが、北の大陸は島を属国と見ていたため定期的に徴収する税が高く、金もかなり低い値で買い叩かれていた。それに加えさきのロックタイト包囲戦において裏で手を引いていたのが北の大陸ではないかという噂があった。

 セヴィストポリは同盟を結んだ後、鉄鉱石を独占して輸入する権利を要求した以外は何も要求せず、独立国家として尊重したものだったという。セヴァストポリはそれにより製鉄業が飛躍を遂げたと言われている。今でもロックタイト島はセヴィストポリに対して友好国として親交を持っている。

 資金援助を受け堅牢で他国からの侵攻を受けないことを目的に復興が始まった。まず初めに湾の入り口に強固な要塞が築かれた。要塞は(フォート)と呼ばれ、その湾を通らなければ島に上陸できないため難攻不落の要塞島となった。その後、(フォート)を最大限に生かすために町を丸ごと丘の上に移すという計画が実行された。北の港を封鎖し、上陸ができないようにすると南の複雑な入り江付近の丘の上に新市街が作られた。それにより攻め込まれても本土で戦うまでに迎撃し退けることができるようになった。難攻不落のロックタイトの誕生である。

 新市街には市門が拡大され建物の再建が進み家が増築され、公共の施設も設けられた。大きな宮殿が造られ教会や大聖堂、病院や学校、図書館といったものが次々と建造され町を発展させた。だが新市街に移ったのは一部の特権階級のみでほとんどの者は丘の下に住むこととなった。元々あった丘の下の町は東西に分けられ東に移民や貧困層が住み、旧市街と呼ばれ、壊滅的に被害を受けた西側部分は放棄され共同墓地となり静寂の(イル・ベルト)と呼ばれるようになった。

 そうして島は息を吹き返した。


 それから数年後、重大な出来事が起こった。ロックタイト総長の死去である。ロックタイト総長は大聖堂の地下にある墓地に聖体として安置されることとなった。この時をピークとして島は衰退の一途を辿ることとなる。

 島は舵取りを失い強硬派が台頭した。強硬派によって平和的に問題を解決しようとする穏便派は一掃され独裁が始まった。強硬派は島を守るだけでなく、こちらから侵攻し搾取されるだけの今の島のあり方を変えようと主張した。人々はそれを支持し新たな騎士団が作られた。

 島からは主に南の大陸へ侵攻するようになったが、人員も武器なども劣るため、苦戦は必至であった。また軍隊を維持するには多額の資金を要した。

 そのような中でナフパクトスの海戦が始まった。相手は東の大国である。東の大国とは国交は開かれてはいない。───東の大陸と国交があるのは南の大陸の一部のみである北の大陸や西のセヴァストポリも同様だ───

 ナフパクトスの海戦を主導したのは東の大陸であった。遠く、鳴りを潜めていた東の大陸が南の大陸と結託して侵攻を開始した。東大陸はその大部分をウルバヌス教が支配する宗教国家で、南の大陸の首都ナフパクトスの北の海域で戦端が開かれた。

 ロックタイトはガレー船主体の戦いが中心であったが、数で劣り、次第に後退し島をぐるりと包囲された。東の大陸は重装備のガレアス船を導入し畳み掛けたが、ロックタイトは激しく抵抗し、ついに島は陥落することなく守りきることに成功した。しかし多くの戦死者を出し反撃する力は残っていなかった。南の大陸も東の大陸も離脱し、三者とも大きな被害を受け、戦い続ける力もなく、続けるほどに損失が増える状況となっていった。そうした中で北の大陸が仲介者として介入し休戦協定を契機に戦役は終了した。

 島は再び衰退していった。そのような中で次に目をつけたのが北の大陸と強固な結びつきを得ることであった。島は北の大陸と有事の際には最強ともいえる王立騎士団の派遣をもりこんだ不可侵条約を結んだ。マルグリットを王立騎士団の団長と婚約させるという、それを条件として条約は締結された。

 その後は南の大陸による侵攻もなくなり、現在は南大陸とも不可侵条約が結ばれている。

北の大陸及びセヴァストポリ、南の大陸とも国交が開かれており、東の大陸へも上陸することができるようになった。

 かつて度々進攻されていたことを知らない島民も存在するほどそれから年月が過ぎ、これらの出来事は歴史に埋もれることとなった。現在島の歴史を知る者は少なくない。

 現在はセヴァストポリと北の大陸による庇護のもと発展を遂げている。平和で侵攻を受けることもない。島は今や観光都市となっている。

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