第二章 ロックタイト島綺譚 8
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私は旧市街のはずれにある娼館を見上げた。メンドーサは店をやっていると言っていたが娼館だったようだ。しかもかなり格式の高い高級な娼館だ。私は表から入りメンドーサに面会できないかと頼んだ。しばらく待つと、カウンターの女性は私を二階へ案内してくれた。館内は薄暗く、私のことを気にとめる人間はいない。
メンドーサは部屋に入った私とハグを交わした。メンドーサの部屋はなにか香を炊いていたのかとても良い香りが残っていた。とてもうっすらとだから残り香かもしれない。
「挨拶は抜きだ、お前何をやったんだ?」
「何もしていないさ」
私はそう答えたが、どうやらいつのまにか私はお尋ね者になっているようだ。
「ここへも近衛兵が来ておまえがいないかと聞かれたぜ」
「捕まったらどうなるんだ?」
私は聞いた。
「この島は独立国家だからな。この国で裁かれることになる。近衛兵は領主の私設団だがこの島では絶対的な権力を持っている。彼らが警察であり政府だ。下手すればこうだ」
そう言ってクビを切るポーズをする。
「早くこの島を離れたほうがいいんじゃないか、ここに長居してもろくなことにはならないぜ」
どうやらメンドーサの言うとおりにした方が良いようだ。
「島を離れるまでしばらくここにいるか? 匿ってやるよ。ここは隠れるには都合がいいだろ。客も後ろめたい奴らが多いしな、密告する奴はいない」
「申し出は嬉しいが迷惑をかけるつもりはない。すぐにでていくよ。それより頼みがあるんだが、行き先はどこでもいい、島を離れる船を手配してほしい。陸に着いたらそこからどうにでもなるだろ」
「わかった。俺が手配してやる。安心しろ」
店の外が騒がしい。建物の入口のドアが激しく叩かれる。建物が揺れるほど強く。メンドーサが窓に近づき外をみる。
「近衛兵だ。まずいな、もう嗅ぎつけられたか」
娼館に入るところを見られたか、あるいは娼館の誰かが密告したのかもしれない。
「私はもう行くよ」
そう言うとメンドーサは分かったと返す。
「俺が応対して引きつけておくからお前は裏口から逃げろ」
「ありがとう、恩に切るよ」
「のりかかった船だ。同業者だしな。だがお前、ここで過ごせなくて損したな」
メンドーサは再びにやりと笑った。
「二、三日したら戻ってこい。それまでに手配しておいてやる」
私は礼を言った。大したことじゃない、とメンドーサは私の肩を叩いた。
「メンドーサ様、入り口に領主様の使いの方がお見えです」
先程入り口であった女性だ。
「わかった、すぐ行くと伝えろ」
部屋を出ようとするとメンドーサは再び女性を呼び止める。
「こいつを裏口まで案内してやってくれ」
女性は丁寧に頭を下げると、「こちらへ」と手で指し示した。優雅で美しい所作である。
階段を降り、裏口に回る。入り口の近くを通るときは肝を冷やした。女性は従業員が出入りする裏口から私を逃してくれる。裏口は路地に通じていて、左右を見たが人気はない。
「外は雨が降ってきたようです。どうかお気をつけて」
私は女性に礼を言うとメンドーサにも伝えて欲しいと言った。
「今度はゆっくりいらしてくださいね」
女性はそう言って頭を下げた。私はその場を後にした。
娼館をでると雨が降り始めていた。暗闇で雨量がどのぐらいかはわからなかったが、町の灯に反射する様を見るとそれはかなりの激しさのようだ。私はフードを被った。これで顔を隠していても不審ではないだろうから好都合だ。
路地から共和国大通りをのぞくと近衛兵がかなりいるのが確認できる。だがここでじっとしているわけにはいかない。私はうつむき顔を逸らしてすれ違う。うまくやり過ごしたと思ったが違ったようだ。後方から「待て、そこの者!」と声がかかる。それで待つような人間はいないだろう。私は路地に入り駆け出した。あまり気が進まなかったが他に行くあてもない。私は少年の秘密基地へ向かうことにした。しかしそれも一時的なことだ。メンドーサの言うように早晩ここを離れた方が賢明だろう。
秘密基地の中は当然ながら前に訪れた状態のままだった。雨に濡れたためかひどく冷えるので私は炉に火を入れる。焚き付けに今朝買った新聞を入れマッチで火をつけた。煙が上がるが目立つものではないのでここに人がいることはわからないだろう。
外の雨は俄然激しさを増し、炉の上に作られた煙抜きの穴からも雨が吹き込み、下の火からは時折水蒸気が上がった。煙が目にしみる。穴から上を仰ぐと煙を通して夜の闇が見える。
火勢を大きくすると熱いくらいだが、当たらない部分はそれに反して冷たく底冷えする。
外は雨に加えて風も強く、私はひどく疲れていたのでさっさと眠りにつくことにした。しかし妙に興奮状態だったのでこのまますんなり眠れそうにない。私は炉の薄明かりの中、手に入れた経緯は実に気に入らないが本を読むことにする。目は文字を追うが内容は頭に入らず同じところを何度も読みすぐに眠気が訪れた。
私は深夜にふと目を覚ました。炉の火は消えかけていて寒気が私を襲う。手足が冷たく感覚はない。私は煙草を喫もうと枕元をまさぐった。すっかり癖になっているな、と思う。
煙草の煙をくゆらせる。雨と風は屋内にいると逆に睡魔を呼ぶのはなぜだろう。壁が一枚あるだけで胎内にいるかのような安心感を生むからだろうか、そんな他愛もないことを考えながら煙を吐き出すと煙は床板の隙間から下へと吸い込まれた。床板の向こうに空間があるらしい。
その時甲高い鐘の音が響き渡った。真夜中の人がいないこのイル・ベルトの町で澄み渡る鐘の音が確かに聞こえたのだ。今頃生ける屍たちが私のような人間を見つけるために徘徊しているのかもしれない。あるいは先ほど読んでいた本のように建国の様子を死者達がオペラハウスで演じているのかもしれない。私はそんなことを考えているうちにいつのまにか再び眠ってしまっていた。




