第二章 ロックタイト島綺譚 5
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メンドーサは町の連中は排他的で信用するなと言っていたので構えていたが想像していたのと違って驚くほど友好的で肩透かしを食らった気分だった。町に着いてからはかなり順調だろう。だが、メンドーサの言葉は後に十全証明されることとなる。私は酒場から出るとその足でそのまま骨董屋へ向かった。
その骨董屋は共和国大通りを進み旧市街の端、イル・ベルト寄りの細い路地の奥にあった。酒場できいていなければそこに店があることさえ気が付かなかっただろう。店といっていいかわからないほど汚くそしてかしいでいる。看板もなければ空家と言われても納得しただろう。この一帯は石造りではないようで、周囲には古ぼけた板材や割れた植木鉢などゴミが山積みとなっていて、土埃がうずたかく積もり下の方は苔におおわれている。私は「お邪魔します、酒場でここのことを聞いてきました」と声をかけながら入ったが、扉の立て付けが悪く不快な音でその声はかき消されたかもしれなかった。
中は薄暗く、昼なお暗いというやつだ。私は目が慣れるまでしばらく待った。黴と埃と古い油のようなお馴染みの臭いが私を出迎えた。はじめは無人かと思ったが置物のように奥に爺さんが座っていた。酒場の親父の父親だろう。みるからに偏屈そうである。奥は居住スペースのようだ。爺さんは居眠りを邪魔されたせいかもうすでにご立腹である。私は警戒心を強めた。こういう状況は多くの場合、高い金額をふっかけられたり下手をすると売ってくれない場合がある。ケースバイケースなのだが同業者と素直に明かすと仕入れ値で売ってくれる場合があるのだが、その逆に買い叩かれると警戒されることもある。今は間違いなく後者だろう。爺さんは暇なのか、こちらの一挙手一投足まですべて見張っている。私がなにか盗むのではないかとじっと睨んでいるのかもしれない。
店の中を静かに歩いて回る。正確には這うようにだ。どこも物が山積みで下手に触ると雪崩を起こしそうだ。生活用品ばかりで私の収集範囲のものは見つからない。この島の名産品なのだろうか、仮面がいくつか壁にかけられている。おそらくオペラの観賞用だろう。私の乏しい島の知識によると昔は大きなオペラハウスがあったそうだが町のシンボル的な存在だったためか戦火に巻き込まれ焼失してしまったらしい。しかし仮面はかさばり持ち運ぶのが大変な割に壊れやすいのであまり利益にならないので買い取る候補にはならない。酒場の親父に聞いた通り打ち捨てられたゴミを売っているようで、傷だらけのテーブルや脚が取れてしまった椅子、カバーが破れて中がむき出しのソファなどゴミが店内に無秩序に置かれ、その上にさらにゴミが積み上げられ、地層のように埃で覆われている。
私はそんな中でも嗅覚を発揮して本が片隅の棚に数冊平積みで押し込まれているのを発見する。ゴミをどかし、一冊を引き抜いた。こういうところでは専門書ではなく普通の家庭にあるような大衆向けの本があることが多い。中でも子ども向けのものなら嬉しいところだ。革装の立派なものより子ども向けの安いものの方が高く売れる傾向にある。愛された所以だろう、そういうものはすぐにぼろぼろになり捨てられるからだ。引き抜いた本は子ども用ではない歴史書というか郷土史のような本で、タイトルは『ロックタイト島の歴史 島の起源 上巻』とある。図書館にでもありそうな代物だ。こういう本を私はご当地ものと呼んでいる。ご当地ものはその場所でしか手に入らないことが多いのだがだからといって価値があるわけではない。そもそも他所では需要がないからだ。価値は需要があってこそ生まれるのだ。だが私はその土地に根差したご当地ものが好きだ。その本をペラペラとめくり中を確かめる。あとがきに下巻はカタコンベ編に続くとあった。私は期待を込めて残りの本を見てみたが下巻はなく、残りはよく見る全集の端本だった。私が興味を惹かれたのはその一冊だけだった。上巻の裏にはロックタイト中央図書館蔵とスタンプが押されている。またその本は致命的なことにカバーがついていない、いわゆる裸本だった。裸本は一気に価値が落ちてしまう。まぁもともと価値はないに等しいのだけれど、裸本であるため業者は見向きもしないだろう。だが私の琴線に触れる。なにか惹かれるものがあるのだ。
そこの爺さんに下巻はないのか尋ねたかったが腕を組みまだこちらを睨みつけている。上巻だけなら価値はないので、私はそっとその本を元の場所に戻した。上巻だけだからな、しかも裸本だしな、と自分に言い聞かせて。
本に未練を残しつつも私は捜索を続けた。長年この仕事をしていると感覚でどこに探し求めるものがあるかわかるようになってくる。それは古いタンスの中に隠れていた。肋骨レコードだ!
肋骨レコードは通常レコードを入れるケースに入っていることが多いのだがそれだといかにもありますよ、と目立ってしまいことごとく没収されてしまっている。もし残っていたとしてもそういうわかりやすいものはすでに荒らされているのでこうやってどこかに紛れていない限り残っていることはない。見つけたものは少し折れ曲がっているが状態は悪くない。肋骨レコードは薄く、どこにでも紛れることができるのでそれが利点でもあり欠点でもある。それゆえ探し出すことがかなり難しい。しかし私の読みが正しかったことが証明された。私は一人心の中で快哉を叫んだ。
どのような品か吟味しようとしたその時店の奥で何かが動いた。近づくと鳥の仮面を付けた小柄な少年だった。(少年だとわかったのは後からだが便宜的にそう記す)マネキンに化けて人を驚かせるつもりだったのだろう。先程までなかったので私が店に入るのを見てから入ってきたのかもしれない。こういう店で突然ネズミなどに遭遇することもよくあるので私は慣れていてそれほど驚きはしなかった。少年は期待したほど効果がなく、リアクションの薄い私に対し舌打ちをすると脇をくぐり抜け店の外へ出て行ってしまった。あれが酒場で言っていたファントムだろうか。外で奇声を発しているのが聞こえた。私に対する罵声だろうか?
盤が暗くてよく見えないので、明り取りの窓に近づくと私はフィルムをかざす。光を透過し、ちょうど鎖骨が折れた状態の絵柄を確認する。丸くキレイに鋏で切り取られて音像の溝が彫り込まれており、中央の円の部分に犬のマーク、これは黄金の犬のレーベルマークだ。タイトルは「Some Might Say」と読める。さらに「Talk Tonight」と下に書いてある。これは複数の曲が収録されているようだ。肋骨レコードは容量が小さく、一曲しか入らないと言われているが、後期のものはこのように複数の曲が収録されていることが稀にあるのだ。なかなかのレア盤だろう。検閲を免れて今までここでひっそりと眠っていたのだ。ここでは私は同業者だと明かさないほうがいいと判断した。こういう老人は買い叩かれるのではないかという猜疑心を持っていて、店をしているのに物を売りたくないという矛盾した考えを持っていてはなから売る気がない場合が多い。だがこの盤を買い逃す手はないだろう。多少高くても一期一会だ。買い求めることにしよう。そうなると先ほど却下した本も一緒にピックする。一つでもレアなものを手に入れることができるなら気が大きくなって他にも一緒に買ってしまうのはよくあることだ。この盤は後期のものだ。十年前ぐらいだろうか。と、いうことはすべて売り払った後のもので当時のものではない。「父は肋骨レコードが今は嫌いなのだろう。思い入れが強すぎるのだ」と酒場で親父は言っていたが新たに仕入れているところを見るとまだ肋骨レコードへの愛は消えてはいないようだ。
旅の幸先にこれ以上のものはないだろう。
「この二点をもらいたいのですが」
私は丁寧な口調で言った。尊大に出てもいけないし、下手に出てもいけない。
「まだそんなものが残っていたか」
肋骨王に売ったことは言わないのか記憶にないのかどちらかはわからない。おそらく廃業した後に役人が来たはずだが、この肋骨レコードは難を逃れたのだろう。役人もこの状態では隅々まで調べたとは思えなかった。本の方も手に取ったが興味がないのか何も確かめずにぞんざいにカウンターの上に置いた。
「あんたこの盤がどういうものか知っているか?」
「ええ、一応は」
ここで要らぬことをいうのは得策でない。
「ふんっ」
老人は鼻を鳴らしただけで何も言わなかった。
「それぞれ金貨一枚で、合計二枚だな」
老人は言った。
「金貨二枚! 嘘でしょう? まったくありえない。この肋骨レコードが価値があるのはわかる。ですが、そこまでじゃあない。後期型で量産されたものです。黄金の犬のレーベルマークがついていますが、それでも金貨一枚は相場とはかけ離れていてよくて銀貨一枚です、仕入れならもっと下がる」
私は止められず言ってしまった後にしまったと臍を噛んだ。老人の顔を見ると髪を逆立てて目がつり上がっている。怒っているのは明らかだ。
「なにが相場だ。そんなことは知ったことか。あんたに物の価値を教えてもらおうなどとは思っとらん。わしが一番物の価値は分かっている」
こうなると金額の交渉などは諦めざるを得ない。金貨一枚は法外だが、ぎりぎり許せる金額ではある。明らかに仕入れ価格ではないが肋骨レコードはほとんど残っていないので相場などあってないようなものなのだ。なのに相場などと口走ってしまった。ここで買い逃してしまうともう一生出会えない可能性すらあるのだ。私はそちらの方に恐怖を覚える。金で買えるのなら買うべきだろう。それに本は諦めても構わない。稀覯本ではないし、探求書でもない。価値はゼロに近いだろう。
「では肋骨レコードの方をいただきます」
ふんっと老人は再び鼻で笑う。
「言っただろ、合計で金貨二枚だ。レコードが一枚、本が一枚、ばら売りはしない。なんならそこの鍋も金貨一枚だ。一緒にどうだ?」
勝ち誇ったように老人は笑った。
「売ってやるだけありがたく思え、買うのか買わないのか。わしはなんも困らん。冷やかしは結構、買わんのなら出て行ってくれ」
これだけ侮辱され足元を見られても私はそれでもこの盤を諦めきれなかった。金貨二枚など完全なる赤字だ。オークションでただ負けたくないだけで値段がつり上がった状況の心理と同じだ。今更引くに引けないのだ。私は意地になっていた。旅のしょっぱななので何も買わずに帰ることはできないという変なプライドもあった。まだ旅の初めで資金が潤沢にあることも災いした。損をしたことは忘れてしまい結局安く仕入れた時のことや探求書や肋骨レコードを見つけた時の記憶だけが残る。そのため同じことを繰り返しそして反省しないのだ。もういい加減成長する時だ。私は私自身にそう言い聞かせた。下唇を噛む。しかし私は自分の欲に抗うことができない。それは強迫観念に似たものだ。手ぶらはガンがつくといわれその後いいものが手に入らないというジンクスがある。こういう職業はことさらゲンを担ぐことが多い。私も本心では信じちゃいないのだが他で説明がつかないことが確かに存在するのだ。
私は何か啖呵を切って店を後にすべきだった。けれどできなかった。




