第二章 ロックタイト島綺譚 4
「あんた、何を読んでいるんだい?」
声をした方に顔を向けると件のファントムの話をしていた親父だった。親父の傍にいた話し相手はすでにいないようだ。親父は明らかに暇で話し相手が欲しかったのだろう。本に対して特に興味がある風ではなかったので、私はおざなりに本の背表紙を見せる。
「最近老眼がひどくてな。本なんて読まないんだけれど、その本は知ってる。いや、正確にはその本を書いたやつのことはね」
これは良い鉱脈に当たったか、私は顔を上げ前のめりになりそうになる自分をいさめた。
「肋骨王をご存知なんですか?」
私はさりげなさを装って聞く。
「ご存知も何も、実際に会ったよ。変わった男だった。歳が近かったからね、なんていうか学者のような雰囲気があったな。肋骨レコードを見ると目の色が変わってね、ちょうど今のあんたのようだったよ」
私は店主を呼び、親父の空のグラスに酒を注ぐように頼んだ。
「肋骨レコードだろ。骨レコードとかあるいはただ肋骨と呼んでいたがな」
「ご存知なんですか?」
がっついてはいけない。大抵は昔話を聞かされるだけで、失望するからだ。
「知ってるとも。俺の家はその肋骨レコードの卸しをしていたからね。親父の手伝いをしていたんだ。二十年以上も前の話だけどな」
これはもしかすると有益な情報を得られるかもしれない。
「色町、いわゆる売春宿が今より盛んでね。今は綺麗になっちまってあまり残っちゃいないがね。島の産業では大きな位置を占めていたんだよ、昔はね。それ目当てに本土から人がわんさか集まるし、店もたくさんあったんだよ。そこで娯楽が必要となるからね、俺は肋骨レコードをそこに配達していたんだ。懐かしいね。もちろん再生用の機械もリースしていたよ」
私は先を促した。
「近頃はとんと見かけなくなったが、当時はそれほど珍しいものではなかったからね。肋骨レコードは数度しか聞くことができないから本当に飛ぶように売れたよ」
肋骨レコードは消耗品であり脆弱なため実際に針を落として聴くと数回でダメになってしまう。今は聴くことができないので残っているのは不幸中の幸いであり皮肉なことなのだ。
「でもやはり…」
そう、肋骨レコードの摘発である。現在、肋骨レコードを扱うには少し遅すぎたね、とよく同業者に言われる。ちょうど二十年前に規制された。肋骨王のレーベル黄金の犬の消滅により市場は縮小し、物は年々出なくなっている。肋骨レコードは現在所持していてもプライス送りになることはないが、相変わらず禁止されているし罰金刑もある。ウエルカムランチなどの禁止薬物の所持と何ら変わらない重罪であることは変わりがない。ハイリスクハイリターンであるため取り扱う者はかなり少ない。
「国による没収さ、あいつら役人はこんな小さな島にまで回収に来やがった。これ見よがしに中央広場で燃やすんだよ、本当に腹が立ったのを今でも覚えているよ」
親父は悔しそうに言った。
「すべて没収されるぐらいなら全部売っちまおうってことになってそれで知り合いに当たったんだが、皆プライス送りになったらたまらないと誰も買ってくれやしない。その中で俺が色町で知り合った肋骨王が唯一すべて買い取ってくれるって話になったんだ。俺の親父はそれを断ったんだけどな」
「なぜです? どうせ没収されるのに。二束三文だったのですか?」
私は聞いた。
「逆だよ、信じられない額だった。親父も肋骨レコードに思い入れがあったんだろうな、売るつもりはないとか突然いいだしやがった。けれど俺はかまわず売っちまった。それで勘当よ」
ここにも肋骨レコードに翻弄された者がいた。
「後悔はしちゃいないよ。その金のおかげで今でもこうやって昼から飲めるわけだからね」
肋骨王に乾杯、と言って親父はうまそうに酒をあおった。すぐに店主を呼びお代わりを注がせる。
「全て肋骨王に売ったのですか? それはどこへ?」
私は肝心なことを聞いた。
「かなりの量だから本土へ持っていくにしても大変だったろうな。サミスダートの連中と一緒にどこかへ運んだって後になって聞いたけれど。俺は手に入れた金を使うことに忙しくてその後のことは何も知らないな」
私はその肋骨レコードはこの島を出ていないのではないかと思う。肋骨王がどこかへ隠したのではないだろうか。酔っ払いの与太話と一笑に付す事もできたが、信憑性は高いと思われる。二十年も前の話だ。かなりの脚色も加わっているに違いない。売った肋骨レコードは数枚だったかもしれないし、島外へすべて運んだかもしれない。けれどこの島に肋骨王がいたことは確認できた。肋骨王は旧都で逮捕されたという記録が残っているが、肋骨王が所持していた肋骨レコードは膨大であり、この島のものが含まれていたかは不明である。
「あなたの実家はどこにあるんです?」
私は一応聞いてみた。
「イル・ベルトの近くだよ。親父は今でも未練がましく骨董屋をやっているらしい。俺は勘当されてから一度も帰っていないからね、詳しいことは知らないがゴミを集めて山積みにして売っているらしい。けれど売る気がないらしくて実際に商売にはなっていやしないだろうね。まぁ売れるはずもないのだろうけれど」
詳しいことは知らない割によく知っているな、とはあえて口にはしなかった。
「ガキのころからあんたの親父さんは爺さんだぜ」
店主が横から言った。親父は当然常連なのでお互いのことはよく知っているのだろう。
「すでに爺さんが骨董品だからな。骨董品が骨董屋をやっているわけだ」
二人は声を合わせて笑った。私は場所を教えてもらったが、商館で紹介されたお店には入っていなかった。登録していない店なのだろう。
「今から行きますが、あなたのことを伝えておきましょうか?」
私は言った。親父は手を激しく降る。
「やめてくれ、やめてくれ、俺のことはいまでも恨んでいるだろうし、お袋が死んだ時でさえ俺に対して一言も何も言わなかったんだぜ」




