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神の頬に触れるような気持ち  年代記第七章  作者: ヌメリウス ネギディウス


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第二章 ロックタイト島綺譚 3

 商館は学校と教会の間にひっそりと建っていた。規模こそ立派だがあまり活気はないようで、特に待たされることなく私は古物組合(ギルド)に登録を済ませた。これでこの地で仕入れをすることができる。私は町に骨董屋はあるかと訪ねる。

「新市街にはそういうお店はないですね、旧市街にいくつかありますが、なにぶん島なので本土のように物流がよくないんですよ」

 と、カウンターの男は言った。

「登録してあるお店の一覧ですが、もうやっていないところも多いですよ。元々この島は仕入れには向いていませんね。海の潮で物がダメになってしまうし、戦火で古い物はそのほとんどが焼けてしまいましたし、元々イル・ベルトに都市があったので比較的新しい都市なんですよ、ここは」

 それでも男は町の地図を取り出していくつかお店を教えてくれる。私はそれをメモに取った。私はこの島のことを知らないので調べるために図書館はどこにあるだろうかと尋ねると、昔は旧市街にあったそうだが今は使われなくなって閉めてしまったということだ。その際本は新市街にある学校の図書館に全て移され、その際古い本や入りきれない本は無償で配られたりそのほとんどは廃棄処分となったそうだ。島では本にそれほど需要がないようだ。

 あとはライフェンへ行く船について聞くと、自分ではわからないので直接港へ行ってくれとのことだった。観光案内所ではないので船の予約などはやっていないそうだ。

 私は礼を言うと商館を後にする。

 まずは宿を取ろう、とこれもまた商館で聞いた宿屋へ向かう。おそらく商館と提携しているのだろう。宿屋は昔は個人の邸宅だった建物を買い取り改築したようで、やけに豪華だ。だが聞く前からわかってはいたが私が泊まれるような金額ではなかった。

 フォートから見る景色は最高だそうだが、それは後回しにしてとりあえずは坂を下り旧市街を目指すことにする。

 坂を下るにつれ道が入り組み迷路のようになってくる。火事になることを防ぐためなのだろう、石造りの建物が多く(鉱石を掘る坑道で出る石を利用したのだろうか?)私が望んでいた猥雑で息づく町の風景がそこにはあった。

 宿屋はすぐに見つかった。料金を聞くと新市街の宿屋なら一日の料金で一カ月は過ごせそうだった。おまけに朝夕の食事もついているらしい。

 宿屋で私は一銀貨(グロッソ)を出した。主人は珍しそうに()めつ(すが)めつしている。ここではドゥカード金貨と銀貨は使われていないようだ。フローリンやペルピュロンがまだ共通硬貨として使用されているらしい。ドゥカードは主に貿易決済や行商人の間で使われるが今は一般的になりつつある。最も通貨として安定している貨幣だ。思った通りフローリンでおつりは返ってきた。

 宿屋の一階は改装されていて、食事もできる酒場のようだ。荷物を置いて一階に降り私は珈琲を注文した。まわりの客は昼間から酒を飲んでいる。


「昨日出たんだよ、あれがさ」

 隣の五十がらみの親父が話している。声がでかいので丸聞こえだ。私は聞くとはなしにその会話を聞いていた。どうもファントムとかいう者が日毎現れるらしい。

「どうせ、またくだらないいたずらだろ」

 実際評判はあまり良くないようだった。最初は笑って済ますことができるつまらないイタズラだったが、洗濯物をすべて染めたり、他人の家の土壁を工事だと言って留守中に壊したり、大切に育てている花をすべて引き抜いたり、町中の鳥に餌付けして糞だらけにしたり、大聖堂の壁面にいたずら書きをしたり、とてつもなく低レベルのいたずらにすぎなかった。だが最近は看過できない域に達していて度々皆の話の俎上(そじょう)に上がるようだ。

「ついに懸賞金がかけられるって話だ」

 親父が言った。けれど話し相手は首を振った。

「だが、ファントムってあれだろ? 誰も捕まえやしないだろ」

 話し相手は喉に小骨が挟まったような物言いをした。

「それがな、知ってか知らずか領主様が許可したそうだ。領主様の近衛兵が駆り出されて昨日もう少しで捕まりそうになったんだ。俺が目の前で見ていたからな」

 親父は手振りを交えて昨日あったことの実演をする。

「ここを出てそこの角を曲がったところまで近衛兵がファントムを追い詰めたんだ。ファントムは追われながら路地に逃げ込んだ。その路地の奥は袋小路だ。近衛兵は間をすり抜けられないように路地を横に広がり隙間なく埋めてゆっくり進んで行ったんだ。まさに袋の鼠だよ。でも奥まで進んだらファントムは闇に紛れて跡形もなく幻のように消えちまった。ふっ、とな」

 親父は蝋燭を消すような仕草をする。

「なんだ、それ、おまえ酔ってたんじゃねえの。人は煙のようには消えないんだよ」

「バカ言え、俺はどれだけ飲んでもシラフだよ」

 と親父は鼻を真っ赤にして言った。


 私は鞄から愛読書を取り出した。タイトルは「アロンソ、または善き人よ永遠なれ」著者は肋骨王だ。肋骨王が所持する盤の全てについてその膨大なコレクションを系統立て研究し網羅した著書である。私にとっては愛読書であり指南書でもある。肋骨レコードについてはこの本に全て書かれていると言っても過言ではないだろう。

 私は島には肋骨レコードが眠っているのではないかと考えている。肋骨レコードの神と呼ばれる肋骨王はかつてプライスへ連行される前はこの島に一時期滞在していたのではないかと私は見ている。あくまで具体的な記述はないのだけれど。それが私を陸路ではなく海路を取らせた一番大きな要因である。

 肋骨レコードは今は失われたアーティファクトより作り出されたコレクターズアイテムの一種である。人間のあばらや頭蓋骨、肋骨などが映った丸く切り抜かれた薄いX線フィルムに浅い溝が彫り込まれ音声の波形が刻まれたものだ。非常に脆弱なため温度や湿度など保存環境も難しく、またフィルムに描かれている骨の形によっても価値が変わる。発見当初はその独特な芸術性の高さから絵画などと同じく裕福な好事家の間で出回った。音声を再生するための機械は現在そのほとんどが壊されてしまい、残っていない。肋骨レコードは当初プライスの西の遺跡で多く見つかり蒐集家達はより珍しい、より状態の良い古いものを求めた。羨望の眼差しを向けられる垂涎の一枚を手に入れたいと所有欲を掻き立てられ蒐集家達によるオークションは過熱し希少盤は恐ろしいほど高騰した。フィルム一枚に対し全財産をつぎ込むもの、それをめぐり殺人が横行し複製品が出回るなどその中毒性、また盤には根拠は皆無だったが自由や闘争心を掻き立てる作用があるとして所有を国家が規制、禁止したことによりさらに熱が高まった。盤の所有者はすべて没収され、所有しているだけで強制労働施設であるプライスへ送られる重罪が課せられた。盤はそのほとんどが廃棄され燃やされた。しかし何事にも抜け道はある。規制後、サミスダートという組織により黄金の犬と呼ばれるレーベルが秘密裏に作られ肋骨レコードは闇で取引されるようになった。闇取引は主にフィルムを丸め袖に巻いて受け渡したという。最も多くの盤を所有するのは通称肋骨王と呼ばれる人物でその生涯の全てを肋骨レコード収集に捧げたといわれている。例えば「That’ll Be The Day」という盤はオリジナルは一枚のみで複製が二十五枚作られナンバリングされておりその全てを肋骨王が所持しており、全てを揃えるために財産の半分を使ったという。また「Kind hearted Woman Blues」という盤はこの世に一枚しか存在せず、肋骨王は十字路で悪魔と出会い魂を売った引き換えに盤を手に入れたという伝説が残されている。初期の盤は柔らかく脆弱なため劣化しほぼ残っていない。唯一残る「アロンソ、または善き人よ永遠なれ」という盤が最も希少な盤といわれている。アロンソ・キハーダという人物が作ったといわれるがその素性は不明。しかしその出来栄えは素晴らしく奇跡のように完璧で美しく、それは神々しくあったという。肋骨王はその盤に魅せられ蒐集を始めた。彼はサミスダートに所属し、黄金の犬を取り仕切り相場を管理していた。次第に黄金の犬の印がないものは正規の品とはみなされないようになっていった。しかし数年後、肋骨王は検挙され肋骨王を肋骨王たらしめるその盤を含めコレクションはすべて没収された。多大な罰金を支払ったにもかかわらず肋骨王はプライスへ送られることとなった。見せしめの意味もあったのだろう。けれど肋骨王はまた一から集められると平然と言ったという。

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