第一章 ライフェン再訪 11
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「もう発つのか?」
ファノが言う。私は全ての荷物を背負い、宿も引き払ってきた。
「ああ、その前に頼みがあるんだ」
私はそう言うと荷物から『フォルツァス伯偽の貴重かつ厳選された蔵書目録』を取り出した。
「これを依頼料にして仕事を頼みたいのだけれど」
ファノは本を受け取るとパラパラとめくって中を確かめる。特に興味がある風ではない。
「依頼次第だな、何をすればいい?」
「商館の中庭の奥の倉庫に古いピアノが眠っている。それを引っ張りだしてカンピウンス・ハップまで運んで欲しい。それでその時一緒にレイディ家の婆さんを連れてきて欲しいんだ」
それはとんでもない依頼だったろう。
「この本はその依頼に見合うのか?」
「ああ」
私は答えた。ロックタイト島で領主から報酬として受け取った金貨は残っていたが、この依頼にはこの本が相応しいように思ったのだ。ファノは本を返してくる。駄目だったかと私は落胆する。
「依頼は受けるよ。面白そうだからな。だが条件が二つある。一つは本は俺たちが適正価格で換金することができないからあんたがやってくれ、代金は現地でもらうことにするよ」
私は安堵する。私はその申し出を喜んで受けることにする。
「弟でなくて良かったな、弟だったら断っていたかもしれん。ああ見えて吝嗇なんだよ」
そう言って笑った。そこで初めて兄の方だと分かった。
「二つ目の条件は?」
私は聞いた。
「許可証を手に入れて欲しいんだ。俺たちには伝手がなくてな」
「もしかしてセヴァストポリか?」
「ああ、ヴァラクラヴァへ行きたいんだ」
ヴァラクラヴァはセヴァストポリの自治区の一つだ。セヴァストポリは西の大陸にある閉鎖国家で天気が良ければライフェンの港から遠く見ることができる。
セヴァストポリの内情は謎に包まれている。ほとんど書物にも記されていない。私の知識も人づてに聞いたものなのであまり信憑性はない。面積は小さいが国力は高く、なにより製鉄を担う都市があり、何度となく侵略をされたがすべてをはね返し、独立国家として君臨している。こちらの北大陸とも何度となく戦役を繰り返してきたが現在は停戦状態であり、不可侵条約が結ばれ表向きは友好関係にある。双方にとって最大の輸出入国であるが、こちらから国の中へ入ることはできない。唯一ブラバンツ・ペイルのみ入国できるのだが、王都で発行される通行許可証が必要となり、そしてそれは簡単に入手できるものではない。
大陸に面している北側がナヒモフ、南側が原初の森が広がるヴァラクラヴァ、ナヒモフを飲み込む形で誕生したらしい製鉄の町インケルマン、湾に面する貿易都市ブラバンツ・ペイルの四地区でできているそうだが、それ以外は何もわかっていない。
「なんであんな場所へ行きたいんだ? あそこは通行許可証がないと入れないだろ」
私は聞いた。
「俺たちはいつかあそこへ行って原初の森でしか取れないどでかい黒玉を手に入れるのが夢なんだよ。全ての病を治すっていうアーティファクトだ。そのために通行証を手に入れたいんだ。けれど金さえ積めば手に入るものではないだろ。許可証を手に入れることは可能か?」
「わかった。可能性は低いが伝手はある。ただ時間をくれ、すぐには無理だ」
伝手はある。建設王に頼めば発行してもらえるだろう。しかし今回の報酬はもうすでに受け取っている。その上で頼むことになるので交渉しなければならないだろう。通行証に見合うなんらかの仕事と交換になるかもしれない。
「わかった。期待してるぜ。それでその依頼とやらはいつ始めるんだ?」
「依頼の時期がきたら手紙で知らせるよ。来年の今の時期にお願いしたいと思っている」
私は言った。
「あんたはこれからどうするつもりなんだ?」
「私はこれからコールスカンプへ行ってあんたの弟の依頼をこなす。それで再び海から南下してカンピウンス・ハップへ向かうことにするよ」
私たちは固い握手をして別れた。
町を出る前にタパ氏の家に寄る。気恥ずかしいので呼び鈴は鳴らさない。私は手紙を扉に挟む。
『来年、一緒にカンピウンス・ハップに旅行へ行こう。ハップは古い城塞都市で季節の花が咲き乱れるとても美しい都市なんだ。なにより音楽が盛んだから町を歩くだけで様々な音楽が聞こえてきて今にも踊り出したくなるよ。また一緒に踊ろう。ハップまではファノ兄弟が連れてきてくれるから安心して。来年のプレゼントにするから楽しみにしておいて。
アンドレス・ヴォルガレスより愛を込めて』
私は空を見上げ、大きく息を吸った。私はライフェン港へ向かって歩き出す。初夏の空は青く澄み渡り、雲ひとつなかった。
(了)
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