winter vacation 8
「お腹空いた」
周りを見てもコンビニなんてない。ましてや
「ここが本当に平安の時代なら外食産業というものがありません」
有栖の言葉に麻衣は目を丸くして
「またまた。ここは都だよ。政治や経済の中心地なのに?」
「鎌倉時代の頃にようやくそういった概念が生まれたと聞いたことがあります」
「鎌倉・・・・・・あと何年経ったら鎌倉時代になる?」
「そうですね。義経の頃だとすると平安の時代も末期になりますから鎌倉幕府誕生まであと数年ってところですね」
「数年?そんなに空腹は待ってくれない」
「落ち着いてください。仮にここが本当の世界ならって話です。でも物理的にタイムスリップなんて無理なんです。アインシュタイン博士がいくら頭を捻っても出来上がることはないでしょう」
大きく溜息をつく麻衣。
「・・・有栖は冷静だね。じゃあここはなんなの?私達の今いるこの時代は?有栖なら説明できるでしょ」
「私だって本やネットで得た知識を言ったまでのこと。だから麻衣の質問には答えることはできない。それに冷静でもないですよ。いつ何が起こるか、ずっと身体は緊張しっぱなしです」
「・・・そっか・・・ごめん。なんか取り乱してるよね私」
「麻衣だってまだ冷静な方です。だからもっと頭を働かせましょう。きっと元の世界に戻る糸口があるはずです。原因には結果がある。これが現在の科学であり、世界の法則なんです。それに私だってお腹が空いています。コンビニで見た保存用羊羹を購入していれば良かったと後悔しています」
「だったら生クリームの買っとくべきだったね。こういう時ってさ無駄にカロリーがあった方がいいもんね」
「ダイエットなんて無縁です。イザという時の備えは普段からの積み重ね、ということが身に染みて理解しました」
夜が開け始める。星が姿を隠して空の色が濃くなってゆく。
「え?朝?・・・おばあさま心配しているかな、それとも怒っているかもしれない」
「でしたら私も怒られるでしょうね」
「ここが現実の世界なら『不良娘』か〜・・・そんなことになったら『九条』には相応しくないなんて思われるんだろうな。お母さんと一緒。たまにねそんな風に言うんだ。それがちょっと悲しいんだ。死んじゃったのに文句を言われるなんて・・・お母さん・・・可哀想」
無理に笑顔になっていることは有栖には分かっている。
「それでも愛があると思います。だから麻衣のことをちゃんと考えていろいろ経験させている。きっとおばあさまもおかあさまのこと好きだったから理解しようと一生懸命だったんじゃないかな」
有栖の言葉に耳をじっと傾けて
「・・・そうなのかな」
「そうです。信じてあげてください。おばあさまのこと。自分の子供を嫌いになる親なんていないと私は信じています」
「有栖がそう言うなら信じる。それに現実じゃないかもしれないんでしょ。だったら私達は不良娘になることもない。そんなことになったらお母さんに怒られちゃう。ありがとう有栖。前向きになれたよ。でもさ、空腹だけは何ともならないよね」
お腹を抑えると有栖にも麻衣の腹の虫の音が聞こえた。
この時代。私達のように空腹だった人はどうしていた?
有栖はこれまで見聞きした知識の中から答えを探す。
「お寺に行きましょう」
「お寺?なんで?」
「この時代に飲食店はない。ではみんなどうしていたか。それは知人がいれば頼ることもできたでしょう。そうでない場合はお寺が施しを与えてくれた。そのような情報をネットで見たことあります。事実はそうとは限らないかもしれませんが行ってみる価値はあると思います」
確信にも似た自信ある言葉に麻衣は溜息をついて
「こういう時は勉強している人って頼りになるよね。私もそんな風に誰かに的確なアドバイスができる人になりたいって思った。今はスマホですぐにいろいろ調べられるけど、ネットが無い環境だといろいろ知識を蓄えているってことが武器になる」
「そんな大袈裟な」
「でもさ、実際に有栖は私の疑問に答えてくれるけど私には有栖に何も返せないから」
「感謝されている。そういうことにしておきましょう。じゃ行きましょう。お寺の人の朝は早いんです。きっと私達のことを助けてくれるはずです」
有栖は清水寺を目指して歩き始める。
太陽はすっかり顔を出して二人のことを照らしている。
「ちょっと待って有栖」
「どうしたのです?急に」
先を行く有栖の手を取ってから今度は自分が被っていた帽子を有栖に被せると
「え?これは?」
「眩しいって、自慢の金髪。この時代にはきっといないよね。変に目立ったら良くないかなって」
「なるほど・・・確かにその通りですね。麻衣が教えてくれなかったら私は怪しい物の怪みたいな騒ぎを都に起こしてしまうところでした。でも、これだと麻衣が寒いじゃありませんか」
「平気だって。それより気をつけようね」
しっかりと被った帽子。そこには麻衣の気遣いを感じる。
「ではお言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございます。麻衣もちゃんとアドバイスできるじゃないですか」
「あ!ホントだね」
この場所に来て初めてお互い笑った。
「では。あらためて」
「行こう」
まだ人通りもない静かな通りを歩き始める。
目の前の五条大橋を渡っていても昨夜の大男とすれ違うことなんてなかった。むしろ朝日を反射している鴨川の川面が二人の視界をさらに眩しくさせていた。
☆☆☆☆☆☆
立花さんが何を考えているのか。僕には見当すらつかない。
「女の心は海よりも深い・・・か」
くまさんの言葉を再び実感することになるとは・・・彼女は全くの他人。世代だって違う。予測することなんて僕には到達なんてできないのだろう。
そんなことをずっと考えていたら家の前にいた。
「いつの間に?普段の生活パターンって無意識に行動できるのか」
ボーッとしていても無事に帰宅したことに驚いている。
傘に積もった雪の重みが今になって感じる。
雪はかなり道路を被っているにもかかわらず一回も転ぶことも滑ることすらなかった。
「ただいま」
玄関に入るなり声を掛けると
「おかえり。雪すごいでしょ。転ばなかった?」
「奇跡的に。自分でも驚いている」
「良かった。この時期に骨折なんて冗談にもならないものね。ご飯食べるでしょ」
「ああ。頼む」
夕食の匂いを鼻で感知するといきなり本格的な空腹がやってくる。
「腹減ったな。今日は・・・カレー。いいねぇ」
「待っててすぐに用意する」
妻は戻ってゆく。
一旦部屋に行って部屋着に着替えてすぐに洗面台に行ってうがいをして顔を洗う。水はとても冷たかったが今の僕にはちょうどいい。おかげでさっぱりした。
「おお」
カレーとはなぜ人の心をこんなに上気させるのだろう。人類が作り出した料理の最高傑作かもな。
だからカレーが苦手だという人に出会うとつい『もったいない』と思ってしまうのは僕がカレーを自分の好きな食べ物ランキングの上位に位置づけているせいなのかもしれない。
そんなの人それぞれ。僕にだって好き嫌いは当然ある。でもカレーは別格ってどこか思ってもいるんだ。
まあそんなことは今はいい。今は空腹を埋めてくれる目の前のカレーを早く食べたいという本能が勝っている。
「いただきます」
妻に感謝。それといつでも家庭で美味しいカレーを手軽に食べることのできる世の中に感謝して口いっぱいに頬張る。
美味い!
当たり前じゃないか。だってカレーだよカレー。幸せの波が押し寄せてくる。
僕の手は止まらない。食べ終わるまで止まらない。
一緒に置かれているサラダはオブジェのようにテーブルの上で沈黙している。
「ふぅ・・・」
お皿には僕の食欲がアートのように描かれている。
「お代わりする?」
普段なら断るが
「半分くらい頼む」
「そんなにお腹空いてたの?」
聞いてきた妻は驚いている。僕のあり得ない返答に。
「雪のせいかな」
そんなことないのに妻の後ろ姿にそんな返答をする。
「お待たせ。それとこんなのが来てたわよ」
カレーと一緒にテーブルに置かれたのは一通の封筒だった。
誰からだろう?裏を見ても差出人の名前がない。怪しいモノなんじゃないだろうか?
それともう一つ。気になったのは封の仕方だ。
今の時代。封蠟とは。なんて古風なのだろうとそこはむしろ感心したくらいだ。
「それはなんなの?差出人が書いていないから怖いわ」
「ホントだ。なんだろうな。でも宛先は合っている。あとで部屋で見てみるよ」
今はカレーを楽しんでいる。けれど心のどこかで封筒のことが気になって集中できなくなっていた。おかげで味をあまり楽しむことなくとにかく胃の中に放り込んでゆく。
「美味かった。ありがとう。ごちそさま」
急いでいるが急いでない風を装って部屋に戻ろうと立ち上がると同時に
「コーヒー飲むでしょ」
妻は食後のコーヒーの準備をしてくれている。
「ありがとう。部屋で飲みから持ってきてくれないか」
「分かった。砂糖とミルクは?」
今の気分なら
「どっちも欲しいな」
「珍しい。ブラックがほとんどでたまにミルクだけなのに」
「これも雪のせいかもな。甘くして飲みたい気分なんだ」
「そう。じゃあ出来たら持ってく」
「頼む」
部屋に戻るとすぐに封を開封。その前に振って中を確かめてみる。
「問題はなさそうだ」
もし危険物でも入っていたら大変だ。しかし変わった音はしない。それに持った感触が固い。ということは手紙の類いではない。
封蠟を剥がして開くと封筒と同じサイズの厚めの紙が入っていた。
「これは・・・春日さんからだ。なんだろうな」
『拝啓
今年初めての雪がやって来ました。いかがお過しでしょうか。
こちらはお嬢様からの招待状になります。
詳細は明記していなくても皆さまにはお分かりいただけるとのこと。
お嬢様から伝言です。
『楽しいクリスマスが待っています。軽井沢の雪はとても素敵ですよ』
とのことです。それでは失礼致します。
なお、当日は招待状は必ずお持ちください。 敬具 』
文面と一緒に指定された場所の地図と時間が記されていた。
「招待状なんて必要なのか?必ず持ってこいか・・・」
もう一度読み返して何度が確かめてみてもこれ以上何か情報を得ることはなかった。
コンコン。
「それで?差出人は分かったの?」
「その前に言っておかないとならないことがあるんだ」
僕の前にコーヒーを置く妻の視線は『また面倒なこと』みたいな感情が込められている。
「実はこの日。偶然にも出張になった。これは新幹線のチケットなんだ」
「出張?初めて聞いた」
「初めて言ったからね。急遽だったんだ。帰ったらすぐに言おうと思っていた。雪のせいで抜けてたよ」
僕は寸でのところで招待状とチケットをすり替えていた。正直春日さんのことを持ち出すと話がややこしくなるし説明だって長くなる。ここは臨機応変ということにしようと頭より先に身体が動いたくらいだった。
「今日中に送るって経理の人が言ってたことを忘れていたのを思い出したよ」
僕は真実と嘘が混ざった状況でなんとかバレないよう少年のような純粋な眼差しで妻のことを見てからチケットを渡した。
妻はじっと見つめて
「確かにね。でもなんで会社の封筒を使わないの?」
「それは僕にも分からない。それに内線電話の会話だったから担当した経理の人の顔もみていないんだ。きっとそういうことが好きな人かもしれない。実務的には何も問題ないと思うけど」
「ふ〜ん。変わった人もいるものね。それで?出張って一人?」
「いや。部下も一緒だ。新入社員なんだ。今回は経験ってことでおまけみたいな感じで付いてくる」
「そう。仕事ね・・・こんな偶然あるの?」
「偶然だからだよ、こんなこともあるって僕自身も驚いてるんだ」
妻はチケットを返しながら
「ま、お仕事ならね。でもジーアのこともあるんでしょ」
「そうだね。でも交通費が浮いたと思うとその分他に使える。そうだ、お土産は何がいい?」
「何があるの?」
そう言われてもすぐには思いつかない。
軽井沢なんて行ったことない。名物ってなんだ?信州なら蕎麦とか?
「任せる」
「そうだね。僕もよく分からないから美味しそうなもの買ってくる」
「それと」
真面目な視線で僕のことを見て
「危険なことないんでしょ」
「それは・・・ないよ。約束する」
「分かったわ。気をつけてね」
「ああ。問題ない」
「そっちじゃない。雪。転んで怪我なんてしないでよ。そんなことになったらつまらない年末年始になるでしょ」
「そっちか・・・もちろん気をつけるよ」
妻を見送って扉が閉まってからやっと落ち着いてくる。
疚しいことはない。なのにこの話をするといつも緊張してしまうのは仕方のないことなのだろうな。
自分を落ち着かせるために持ってきてくれたコーヒーに普段は入れない砂糖多め、ミルクも多めで飲む。
こうして部屋で飲んでいるとヘーンのことが頭の中に蘇ってくる。
なんだか変な光景だった。ドリーチェと二人きりで話なんて。
もしかしたら・・・ちゃんと話したらお互いのことをもっと理解できるのだろうか。
限りなく不可能だと分かっていても理解ができるなら試してみたい。
「そんなことができたらどんなにいいことか。なあ・・・お前はどこまで彼らのこと知っている?」
机の上にぬいぐるみを置いて聞いてみる。
片方の目のパーツは『シェ』だ。今はもうただの部品だけど。
これを手元に置いておくのにどれだけ娘を説得したことか。
結局買い取るという形で決着がついたわけだけど、教育的にお金で解決って良かったのだろうか。大人の汚いやり口みたいだ。
『シェ』は黙ったまま何も語ることはなかった。
窓を開けるて外を見ると
「こりゃ酷いな。久し振りだぞこんなに降ったの」
怪我。本当に気をつけないと。
あらためて肝に銘じる僕だった。
☆★☆★☆☆
舗装されていない山道を登って清水寺を目指す。
「なんかさ、車とか電車ってすごいってあらためて思うね」
少し息を切らしている麻衣。
「そうですね。この時代の人達ももっと楽になればと思っていたでしょうね。麻衣、見えてきました」
「やっと?これで何ももらえなかったら死んじゃうかも」
「人間は簡単に死にません。それにこの時代の食事は一日二食が基本です。私達の時代がいかに贅沢だと思います」
「二食?小食だね」
「それに・・・・・・見てください麻衣。着きましたよ」
「うわ・・・・・・やったね・・・つかれた・・・」
有栖達の目の前にある門。現在の『仁王門』とは違っている。
「確か、現在のモノは室町時代に造られたモノが受け継がれている。ならこれが本来の姿」
「どういうこと?本来って」
「この門はいずれ『応仁の乱』で焼失してしまうのです。ここが本当の世界なら私達は非常に貴重なものを見ているということになります。門は開かれています。中に入りますよ」
有栖は一礼して中に入ってゆく。麻衣も同じようにならって後に続いた。
門は開かれている。にもかかわらず人の気配を感じない。本来なら朝のお務めをしているはず。掃除や読経。そんなイメージでいた。
「すみませ〜ん。誰かいませんか?」
麻衣は大きな声で呼び掛けてみる。
「返事がありませんね」
「そうだね。もう一回」
麻衣が再び声を出そうとした時
「大人しくしろ」
後ろから緊張のある声が返ってくる。
振り向くと十人以上の人がいた。
「な、なに、この人達」
「どうやら歓迎はされていないみたいです」
「どういうこと?」
「麻衣の言う通り私達は異端に見えるのでしょう」
「え?大丈夫かな?」
「大丈夫かどうかは話し合いで理解してもらえるかどうかですね」
頭を丸めた男達はジリジリと間合いを詰めてくる。麻衣は有栖の腕にしがみついて小さな震えは有栖に伝わってくる。
「あの。私達は怪しいものではありません」
まさかこんな台詞を言うなんて思ってもみなかった、が、それ以外どう言ったらいいのか思い付かなかった。
「奇妙な格好。お前達は鞍馬山の天狗か?」
「話を聞いてください。私達に敵意はありません」
「何しに来た?」「目的はなんだ」
そんな怒号が聞こえる。
有栖は『もし』に備えて胸に手を当てている。いざとなったらグローが力を使うまで。
「私達は話ができます。それと天狗ではありません」
有栖の言葉は届いていない。代わりに有栖の頭に固いものが当たって鈍い音がした。
「有栖!大丈夫?誰よ!石なんて投げたの!」
「麻衣。平気です。ここで抵抗したら話を聞いてもらえません」
「ちょ、ちょっと・・・これ」
麻衣は有栖の頭に手を添えると赤い色に染まる。
「血!有栖、怪我してる。見せて」
麻衣は急いで有栖に被せた帽子を取ると周りにいた人達のどよめきがさらに大きくなった。
それは有栖の金色の髪を見たからに他ならない。
「やっぱり天狗だ」「あんな髪の色」「見たことない」
初めて目にした金髪に誰もが後ずさりをする。
「私達はここに助けを求めにきました」
「そうよ。か弱い女の子になんてことするのよ!」
やがて男達を割って出てくる一人に視線を合わせる。
この人がここで一番偉い僧侶であることは見ただけで二人は理解した。
「天狗でないなら何故そんな格好をしている?」
みんなを代表するように一歩前に出て
「それとその髪の色。大海の遥か向こうにはそういう色をした人がいると聞いたことがある」
「やっと話が通じる。よかったね有栖」
「はい。そのようですね。確かに私達は遠くの世界から来ました」
嘘は言っていない。遠いの場所ではない、時代だと言っても多分通じることはないだろう。
「その前に。怪我したんだよ。お寺は他人に怪我をさせることを説いているわけじゃないでしょ。早く手当てしてよ」
有栖の血はもう止まっていたが顔には薄らと血が固まって残っていた。
「それは申し訳ない。ただこちらも警戒していたことだけは理解してもらいたい」
「警戒?何にですか?」
「その前に手当ですね。こちらに。皆も落ち着け。危害はない」
その言葉で周りの緊張が解けてゆくのを感じる。鶴の一声とはまさにこういうことなんだろうなと思う。
有栖が通されたのは本堂だった。そこで濡れた布を渡されてこびり付いた血を拭う。傷は思ったほど酷いことはなく、いずれは消えてしまうレベルだった。だから薬も付けずにそのままに任せることにした。
「あの。もう一人は?」
麻衣の姿が見当たらなかった。
「心配ない。もう一人なら朝餉の準備を手伝っている。怪我をさせた詫びで一緒にいかがです?と聞いたら手伝うと自ら申し出てくれました」
「そうですか・・・私のことは有栖とお呼びください」
「アリス・・・異国の名前ですね。ワタシのことは『延鎮』と呼んでください」
延鎮?それって確か奈良時代だったのでは?
「先に聞いてもいいですか?ここは平安の世でいいのですか?」
「はい。遷都してもうずいぶん経ちます。それで最近になって・・・」
「あの、先にお礼を言わせてください。私達のことを受け入れていただきありがとうございます。実は昨夜から何も食べてなくて。ここには頼って来ました」
アリスは正直に理由を話した。
延鎮は笑って
「それは大変でしたね。異国の人の口に合うかどうか分かりませんが」
「助かります。それで皆さんは何に警戒しているんでか?」
「実は・・・」
延鎮の話だと夜な夜な刀狩りが現れて道行く人を襲うとのこと。
やはり昨夜のあれはそうだったのかと思う。
その刀狩りは鞍馬山からやって来る天狗ではないかと噂が広まっていること。
しかし。
都の警備達が向かったところ誰も出会うことが出来ない。必ず霞が掛かって奥に踏み入れられないせいもあった。
そんな中一人の若い男が消えた。言うまでのなく義経その人だった。
町は物騒になって強盗も増えたと都の人々は怯えていた。それは昼も夜も問わなかった。
だから怪しい人物が現れたらとにかく捕らえることになっていた。
「なら私達はどうして?」
「ワタシは仏に身を捧げ修行した人間です。人と成りは分かるつもりです。こちらが手を出しても反撃をすることなく会話を求めたアリスを信じたからです」
「そうですか・・・信じてもらえてよかったです」
有栖はやっとホッとした。変身して反撃しなかっくて良かったと思う。
「有栖!ご飯」
勢いよく入ってきた麻衣の手にはお盆があってお椀が乗っていて、そこから湯気が立ち昇るのが見える。
「いい匂いがしますね」
「いつもと何か違う。あなたは何をしたのですか?」
二人の前にお椀を置く。お粥だ。
「私が味付けしたんだ」
「そうなんですか?でもそんな勝手、よく通りましたね」
「だってね・・・・・・・」
麻衣は延鎮の顔を見ている。
「遠慮せず言いたいこと言っていいです」
「それじゃ遠慮なく。だってね、塩しか調味料がないんだって。で、それも適当に。だから強引に代わったんだ。塩しかなくても加減で味が決まるの。使い過ぎって言われたけどさ、みんな味見して驚いてた」
「日頃の手伝いが役に立ってますね」
「そうだね。無駄なことなんてないっておばあさまに感謝したい」
「喜ぶと思いますよ。それと麻衣にも朗報です。牛若丸、今はきっと鞍馬天狗に稽古をつけてもらっています。本当に会えるかもしれませんね」
「い、今、鞍馬天狗とそれに何故牛若丸様のことを?」
「私達の世界では有名な話です。きっと解決すると思います」
「それより冷めないウチに食べてよ」
「そうでした。いただきます麻衣」
「お二人の話は面白そうです。ぜひ聞かせてください」
粥の他に何もないのに有栖達にとってこの世でこんなに美味しいモノはない、それくらい二人の気持ちは満たされてゆく。
それだけじゃない。
麻衣の味付けはその日のみんなを幸せにしていた。というのは別のお話になる。
「ありがとうございました。私達、これから鞍馬山に行ってみます」
「歩くと半日以上かかる。雪には気をつけて」
「大丈夫です。こうして食べ物をいただけましたから」
「うん。ありがとうございました。行こっか有栖」
「美少年に会えるといいですね」
雪道を歩き出す。そして誰もいなくなった場所に出た時
「麻衣。ちょっとだけ目を閉じてください」
「え?なんで?」
「ここは現実に世界じゃないと分かったからです。ならきっとこんなことも出来るはず」
有栖は帽子を麻衣に目深に被せて
「約束です。ここはファンタジーの世界、そう願ってください」
「なんか分かんないけど。分かった。これでいい?」
言われた通り目に力を込める。
「そのままで10数えてください」
言われた通り10数える。
「もういいですよ。目を開けてください」
目を開けると次第に視界が慣れて見えたもの。
「え?ここどこ?」
「鞍馬山の麓です」
「え?なんで?どういうこと?」
「だから麻衣が数えている間に到着したんです」
「まさか・・・」
「言ったでしょ。ここはファンタジーの世界。だからなにも不思議なことはありません。行きますよ。ここには鞍馬天狗がいます。気をつけましょう」
何がなんだか分からないまま有栖の後について歩き出す。
しばらく進んでゆくと延鎮の言った通り周囲が靄に包まれ始める。
「手を。離さないように」
「う、うん」
「だんだんこの世界のことが分かってきました。あの先にいますよ。麻衣が会いたい美少年が」
「有栖・・・なんで?」
「詳しくは無事元の世界に帰ったら、ということにしておきましょう」
靄はますます深くなってゆく。それでも手を離さない限り私達は迷うことはない。
そう信じて進んでゆく二人の姿もいつしか靄の中に消えていってしまっていた。
10月だ!今年も残り少なくなりましたね。
読んでいただきありがとうございます。
やっと涼しくなってホッとしている私です。
今回を読み返してみると双六で例えるなら一マスずつ進んでいるみたいです。
退屈していたら申し訳ないと思いつつ今回もゆっくりです。
自分の中ではあと少し。のはず。
飽きずに付き合ってもらえたら励みになります。
ということで次回もよろしくお願いします。




