winter vacation 4
水無月有栖は一人自室にてこれからのことを考えていた。
『ミクラーシュ』を本当に孵化させてもいいのだろうか。
本当ならタマゴのうちに破壊してしまうのが正当なのかもしれない。
みんな、興味はあるみたい。だが、もしかしたらとんでもない厄災を招いてしまう可能性もある。
だが一人ではない。今はティーナ以外集結している。
全員でかかれば問題はないだろう・・・しかし最悪の事態だってあるかもしれない。
魔法少女のリーダーとして間違った判断だけはしてはいけない。
ジーア達も言っていたがドリーチェ自体の性質が変わってきている事実もある。
過去の事例のように上手くいく保障はどこにもない。
実行するまでまだ時間はある。こうしていても思考が巡るだけで解決にはならない。
こんな時は気分転換した方がいいのだろう。
いや。急に気分転換したくなった有栖だった。
「春日」
すぐに部屋がノックされる。
「いかが致しましたお嬢様」
「みんなとの約束まで三日あります。わたくし、ちょっと出掛けてもいいでしょうか」
「出掛ける・・・どちらまで」
「友達になった留学生です。彼女にはわたしくが帰国したこと伝えていません。だからサプライズとして会いに行こうかと思います。せっかく日本に帰って来たんです。彼女と日本を楽しんでみたいです」
「そうですか。よろしいと思います。しかし、学校の友人では駄目なのでしょうか。お嬢様が帰国しているのであれば必要なのでは・・・」
「そのことも考えました。しかし、今回は帰国はしないと予め宣言していました。よって学友達には不義理なことでしょう。それに今の姿を見たらみなさん卒倒してしまう。でしょう?」
「なるほど。その可能性もありますね。お嬢様の決断ということなら協力します。それでどちらまで」
「京都です」
一人で行くと宣言する。もちろん魔法少女じゃなく水無月有栖個人として。
周りは当たり前だが心配をする。なんといってもまだ中学生なのだ。なにかあってからでは遅い。水無月グループの大事な跡取りなのだ。
「この髪なら誰もわたくしだと分かりません」
この一言にはかなり納得させられる。
元々はもっと世間一般を知ってもらうための留学でもあった。
両親はかなり渋ったが春日の説得によって渋々了承したことは否めない。
「約束は守ります。必ず毎日、安否確認の連絡をすること。任せてください」
「それとお嬢様」
「まだ何か」
「差し出がましいことですが『わたくし』というのは控えていただきたくお願いします」
「・・・なるほど・・・春日の言いたいことは理解しました。ずっと使っていましたからいきなり変えるのは難しいでしょう。でもやってみます。これも約束事にします。慣れないことですが『私』ですね」
「はい。これで誰もお嬢様だと思わないでしょう。かなり似ている人で終わると思います」
「仮に誘拐されてもわたくしにはグローが付いています」
「ほら早速。確かにその点は安心しています」
「あら失敬。オホン・・・私にはグローがいます。いざとなったら魔法少女になります」
「・・・くれぐれもお気をつけください」
「心配し過ぎです。わたく・・・私はとても気分が軽いんです、今なら何だってできるような気がしてならないのです。こういう気持ちも留学のおかげでしょうか」
出発の準備はすぐに始められた。スーツケースには必要な着替えや日用品。
「そういうのは現地で購入してもいいのでは」
「春日、分かっていませんね。こういうのがしたいんです。私にとって初めての一人旅です。準備だって立派な旅の一部なんです」
「お気持ちは分かります。それとこれを」
春日はクレジットカードと現金の入った封筒と新幹線のチケットを渡す。
「正直お金は必要最低限と思っていましたがそれではお父様達が心配するでしょう。分かりました。それとグリーン席は中学生には不適切なのでは?」
「確かにそうかもしれませんがこの時期の自由席はお嬢様には不向きだと思います」
「過保護なのは分かりました。それで皆が安心するならもらっておきます」
「では支度が整いましたら東京駅までお送りします」
「それは断ります。みんなと同じように電車で行ってみたいです」
「そうですか・・・ワタシは心配です。しかし分かりました。最寄り駅まで。それは許してください」
春日は頭を深々と下げたままでいる。
有栖は笑って了承した。
「それと本当にホテルはいいのですか?」
「ええ。無理言ってでも泊めてもらいます。でも。どうしても駄目なら自力で探すまでです」
「留学で逞しくなりましたね」
「それだけじゃありません。春日なら気が付いていると思いましたよ。私は魔法少女になった時から逞しくなったんですよ」
「そうですね・・・なんだか寂しく感じます」
「それが大人になるということだと思っています」
「はい・・・お嬢様の言う通りです」
やり取りをしている間に有栖の準備は終わる。
「それではお願いします」
「はい」
いつものリムジンではなく敢えて庭師が使っている軽トラックで最寄り駅まで送ってもらった。
初めて乗った軽トラック。シートは固いし狭い。しかし有栖には新鮮で楽しかった。
「ありがとう。いってきます」
「はい。お気をつけてください」
「荷物も自分で持ちますのでここでいいです。春日こそ気をつけてください」
「お気遣い、ありがとうございます」
有栖は軽トラックの姿が見えなくなるのを見届けてから
「では。私も出発ですね」
スーツケースを転がしながら駅の中に入っていった。
☆・・☆・・・☆
東京駅に到着したのはちょうど昼を過ぎた頃だった。案内板を見ながら新幹線のホームを目指す。
ここ何年かはインバウンドの影響で平日でも人でごった返していた。正直歩き難い。
しかし。有栖の瞳にはこの喧噪さえ新鮮に映っている。そしてその中に自分自身も含まれていることも楽しくもあった。
新幹線までの道のりにはたくさんのお土産屋やお弁当屋などがあった。
「そう言えば手ぶらとはいけませんね。それにお腹も空きました」
先ずはお弁当を選ぶ。
こんな風に駅弁を買うこと自体初めてのこと。一体何を選べばいいのか迷ってしまう。
「どれも美味しそうです」
「お姉さん。悩んでいるね?」
お店の人が話し掛けてきた。
「そうですね。みんな美味しそうで」
「今からどこに行くんだい?」
「京都です。友人に会いに」
「のぞみなら二時間くらいだね。だったらこれなんかどう?」
お店の人が進めてくれたのは山形県の駅弁だった。
「さっき入荷したばかりで人気だよ。すぐになくなっちまうから運がいいよ」
真ん中にはなかなか面白い名前が主張しているお弁当。
手にしてみると微かに中が見えるそぼろが美味しそうに見える。
「ではいただきます。美味しそうです」
「はいよ。良い旅を」
「はい。ありがとうございます。あと温かいお茶もお願いします」
ペットボトルのお茶なんて飲んだことないがお弁当と一緒だと美味しそうに見えるのが不思議だ。
次にお土産を選ぶ。
正直お弁当よりも難しい難問だった。果たして何がいいのだろう。品数が多い分悩みも多い。何を見ても美味しそう。決め手がなかなか見つからない。
「困りましたね。みなさんは何を買っているのでしょう」
新幹線の時間が迫っていた。
「東京と分かるものなら」
有栖の目に入ったのは
「バナナのお菓子ですか。東京とありますからこれなら東京のお土産だと分かりますね」
取り急ぎで選んだけれど品名に東京と表記されていることに安心して購入。
「もう大丈夫ですね。では、参りましょう」
新幹線は定刻通りに東京駅を出発した。
流れてゆく景色を見ながらもう後戻りのできないことに心躍らせていた。
品川を過ぎたと思ったら、あっという間に新横浜も通り過ぎる。
景色を楽しんでいる人もいればお弁当を広げている人、スマホをいじっている人もいればパソコンで仕事をしている人もいる。
他の人のお弁当の匂いで刺激を受けたせいもあって
「私もお弁当をいただきましょう」
丁寧に蓋を開けると
「・・・すごいですね。おいしそうです」
開けてびっくり。ご飯が見えない程お肉で埋め尽くされている。そぼろの上にはちゃんとお肉もしっかり乗っている。他には卵焼きにかまぼこに煮物と漬け物。見ているだけで楽しい。
「いただきます・・・ん・・おいしい」
まずは一口。そぼろをこぼさないように食べた感想は年相応の素直なものだった。
その後は夢中になった。
「・・・タマゴ・・・甘くて美味しい」
タマゴを見て遥か上空。地球の軌道上にあるミクラーシュのことを考える。
「同じように甘いならいいのに」
キレイに食べ終わった頃には新幹線は三島を通過していた。
空になった容器を片付けて耳にイヤフォンを差してしばらく食後の余韻に浸っていた。
有栖が今聞いている音楽は主にオールディーズだった。
これはこれから会いに行く藤本麻衣から教えてもらったものだった。
ニールセダカ、ポールアンカ・・・他にも・・・
現代を生きている有栖には遥か昔の音楽。
古い時代のモノなのに耳に入る音はとても優しく響いている。
最先端の音楽だって聞かないわけではないが今はこういう音の方がしっくりとする。
新幹線は軽快に目的地を目指す。流れる車窓からの景色も空気と同じように澄んでいる。
・・・こうして目を閉じると向こうでの日々を思い出します。まだ始まったばかり。なのに毎日が充実している。これはわたくしがたった一人で共同生活をしていることに満足をしている証拠なのかもしれません。これはみなさんに感謝です。みんなの後押しがあったから。そのお返しじゃないけど・・・ミクラーシュ・・・あの話が本当なら願いを叶えるタマゴだと思ってもいいのでしょうか・・・みんなは何を願う・・・やっぱり・・・・・・・・
有栖が再び目を開けた時
『まもなく京都に到着します。お降りのお客様は・・・・』
「は!いけません。私としたことが眠っていました」
慌てて下車の準備を始める。窓からは京都の街並が見える。
碁盤の目のように均整の取れた街並。高い建物はあまりないので京都タワーが一際目立っている。
「リラックスし過ぎですね」
無事到着。新幹線を下りると
「わ・・・東京より寒く感じます。これも盆地だからでしょうか」
吐く息は一瞬で真っ白な綿飴のようになって大気の中に消えてゆく。
「さて。いきなり押し掛けるのはやはり不躾ですね。連絡は必要でしょう。その前にどこかで温かい紅茶をいただきたいです」
有栖はスマホで紅茶のお店を検索。
「やはり京都ですね。紅茶より抹茶の方が多いですね・・・ここにしましょう」
お店を決めてやっと改札に向け歩き出す。
真っ白な息の中、有栖の心は躍っている。寒さすら心地良く感じていた。
☆・・・・☆
お店に入った有栖が連絡すると元気な声が聞こえてくる。
「うわ〜!ホントに?だったらそこで待ってて。今から迎えに行く」
「そんな、悪いです。住所を教えてくれたらこちらから窺います」
「有栖。京都って分かりやすそうでそうでもないよ。地下鉄で行けばすぐだから。でも今から支度するとして・・・そうだな・・・三十分待ってて。それと位置情報送って」
麻衣は返事を待たずに電話を切った。
「押しの強さは相変わらずですね。三十分ですか。すみません。アールグレイお代わりでお願いします」
紅茶をお代わりして待つ間に言われた通り位置情報を送信した。
昨夜にはみんなから参加の意志を受け取っていた有栖はこれ以上『タマゴ』のことを考えることは一旦置いておくことした。
「京都・・・楽しみですね。どこ案内してもらいましょうか」
今になってやっと自分が京都にいることを実感として馴染んでくる。
それに一人でも大丈夫だったことにますます自信がつく。
大人になるってこういうことなのだろう。
「春日・・・まさかいないでしょうね」
つい周りを見てみる。けれどこの人混み。見つけることなんてできやしない。例えいたとしても。
不意に肩に感触を感じる。
「お待たせ。有栖。髪の色直してないんだ」
「お久しぶりです麻衣。結構気に入っているんですよ」
二人はお互いのことを名前で呼び合うことにしていた。
「とりあえず家でいい?」
「はい。電話でもお話ししましたが本当に泊まってもいいのでしょうか」
「大丈夫。結構広いから。有栖の家には負けるけど」
「見たことないのに?」
「想像だよ。だって、ね〜・・・水無月グループの娘が来るって言ったらお父さんもお母さんも慌ててたよ」
「そんなにかしこまらなくても。私は麻衣と一緒のただの中学生です」
「あれ?今・・・『私』って言った?」
「まだ慣れてなくて。これも今回の一人旅の条件なんです」
「なんか大変だね。お嬢様って」
「だから今は麻衣と同じです」
「ま、いろいろあるんでしょ。行こう。これからもっと寒くなるって。もしかしたら初雪になるかもなんて天気予報が言ってた」
「雪・・・いいですね」
「あ。京都の冬をなめてるでしょ。風邪には気をつけてよね」
「大丈夫です。身体には自信があります」
二人は店を出て街中に消えてゆく。
歩いて麻衣の家に行くことになったのは有栖が希望したからだった。
気温はますます下がってゆく。
二人の吐息の色が濃くなったことはすぐには分からなかった。
☆★☆☆★★
くま屋から帰って僕は素直に軽井沢のことを妻に話す。
「今度は軽井沢?」
「ああ。三日後までには返事をしないとならないんだ」
「与那国島に軽井沢。遊んでいるわけじゃないんでしょ」
「もちろん。それははっきりしている」
「ジーアだけじゃなくあなたも行かないとならないの?」
「ああ。どう説明したらいいか・・・僕とジーアは二人でセットみたいなものなんだ。僕一人では駄目だしジーア一人でも駄目なんだ」
妻は溜息をついて
「そんな言い方だとあなた達は切っても離れられないパートナーなのね」
「確かにそうなんだ。でもやましいことはない。必然なんだ」
「・・・・・・・」
また溜息をつく。僕は妻が口を開くまで余計なことは言わないようにしていると
「・・・・・・妬けるよね、そういうの」
「・・・・・・」
「私よりジーアの方が大事なんでしょ。何があっても。あなたはきっと私が許すまで同じことを言ってくるんでしょ」
「・・・・・・・」
確かにその通りだ。僕は許しが出るまで交渉を続けるだろう。
「仕事は?年末で忙しいんでしょ」
「そ、それはまあ。でも一日くらいなら都合はつく」
「仕事の都合はね」
「・・・・・・・」
またしても今度の溜息は深い。
「私も約束しているから・・・ここは了承するしかないでしょうね」
また妻に無理をさせている。僕の甘えはどこまで許される?目に見えないストレスが暴発する前になんとかしないと・・・
「あのさ。突拍子もないこと言うけど」
「なに?」
「もし良かったらみんなで行ってもいい」
「どういうこと?」
「だから軽井沢に綾も一緒に家族旅行として」
「急に変なこと言わないでよ。お金だってかかるでしょ」
「その心配ならいらない」
僕はあの時から少しずつ小遣いをへそくりをしていた。全額は無理でも交通費くらいなら十分対応できる。宿泊費は・・・有栖に頼めば格安にしてもらうことができるかもしれない。大人が中学生に頭を下げるなんて端からみたら情けないことこの上ないだろう。
しかし背に腹は代えられない。可能性があるなら掛けてみる価値はある。
もし断られたらボーナスから借金すればいい。
「そんなことしてたの?」
「ああ。ホントは全部賄えたらよかったけど・・・僕から君に、というか家族にサプライズしたかった」
なんだろう・・・ちょっと微笑んでいる?それとも呆れている?
「分かったわ。それにボーナスは駄目。使いみちは決まってるの。あなたが全額賄えるほどへそくりが貯まったら、その時はありがたく使わせてもらう」
どんな時も家族のことを思っていればいいことがある。
少しでも忘れた瞬間から亀裂が生じるんだ。
僕は自分がしてきたことが間違いじゃなかったことに思わず心の中でガッツポーズをした。
「任せとけって言いたいけど・・・ありがとう」
「その代わりお土産は買ってきてね」
「それこそ任せてくれ」
部屋の戻って有栖に報告した。
これで僕達はミクラーシュというタマゴに対峙することができる。ドリーチェのタマゴ。僕達はますます不思議なことの巻き込まれてしまう。
それもこれも月蝕に向けてのこと。世界に訪れる災厄は少しずつ近づいている。
僕は・・・いや僕達は絶対に負けるわけにはいかないんだ。
次の日。出社して日程の調整をするために相談しようとした時
「あの主任。急で申し訳ないんですけど」
「どうしたの立花さん」
「三日後。一緒に軽井沢に行ってもらえませんか?」
「え?軽井沢?」
「はい。先方が急に予定を変更して年内に済ませたいと・・・」
なんという偶然。急に肩の力が抜ける。これなら妻から無理に了承を得る必要もなかった。
「そっか。そういことなら・・・分かった。でも日帰りだろ?」
「もちろんです」
「そしたら私用で悪いんだけどその日は僕は一泊していく。次の日は休むことになるけど」
立花さんは特に理由も聞かずに『そうですか』と言っただけだった。
それからなんとか調整をつけて休日をもらうことが出来た。これで全ての準備は整った。
一体どんなことが起こるのか?楽しみなのか?
何故こんなに期待しているのか自分でも分からなかった。
ここ何日か雨で大変です。
読んでいただきありがとうございます。
今年は水で大変な年です。皆さまお気をつけて過してくださいませ。
さて。今回は、まあこんな感じでちょっとだけ進めただけです。
こういう話も必要なんだな、と思いながら書いています。
これから盛り上げていく予定です。
次も付き合っていただけたら嬉しいです。
ではまた次回。よろしくお願いします。




