浮かぶ少女
僕がコーヒーを飲み終わるまでの間、立花さんの飲む速度は加速していた。
明日も仕事なのに大丈夫なのだろうか。
しかし。
お酒好きの彼女が二日酔いで出社したことは一回もなかった。瑠璃さんと違ってその辺はコントロールができているということなのかもしれないし、くまさんのようにとても強いのかもしれない。
どっちにしても本人は分かっているのだから僕があらためて心配するようなことはない。
もっとも、会社の人間に知られたくないというプライドもあるだろうし。
「立花さんって全然酔っている感じがしないんですね」
思っていることがつい言葉になってしまう。
「そうですね・・・これくらいじゃ酔いません。多少は気持ちよくなっていますけど」
「僕には理解できないけど、お酒が飲める人生って楽しいんだろうな」
「楽しいお酒なら楽しいです。でもお酒ってある地点を越えると楽しくないお酒に変わります。その手前で止めるのが大人だと思うんですけど、実際には制御出来なくてお酒に飲まれてしまう人がほとんどです」
なら。今は楽しいお酒なのだろう。一口飲んでは味を楽しんでいる。
「それよりも例の話の続きしましょう。主任のコーヒーはあと半分しかないんです。お酒談義はもういいですよね」
「確かに。話が逸れてしまったな。ただ、知り合いにお酒好きの人がいて立花さんと違ってすぐ酔ってしまうから個人差っていろいろなんだって思ったんだ」
「その人は女性ですか?」
「そうだけど。なんで分かったの?」
「だって。普通、男と女で比較しないですよね」
「なるほど」
「意外です。主任にそういう知り合いがいるなんて」
普段僕はどんな風に見られているのだろう。
「まあ・・・そうだね。それより話の続きをしよう」
僕達はあらためてジーアの映った画面をお互いが見える位置に置いた。
「自分で飛んでゆく。主任はそう言いました。どうやって可能にしたと思いますか?
当然答えを知っている僕は素直に答える。
「彼女には飛行能力がある。だから特別な推進装置やエンジンなんて必要ない」
「現実をかなり離れていますが単純明快です。アニメの影響ですね。では彼女は超能力があるといった方がいいのでしょうか」
確かに特殊な能力だ。超能力と言ってもいいだろう。
「現実的疑問。そんな強力な能力を人間が持つことは可能でしょうか。もしそうなら人類至上始まっての最強の超能力者です。でも。実際には世界には知れ渡っていないです」
「そうだね。こういうのは生まれつきもあるし突然目覚めるってパターンもあると思う」
「突然の覚醒。それにはきっかけがあったと思います?」
「きっかけ・・・」
そんなのは簡単だ。波長が合ったから。それだけの理由で僕は魔法少女に選ばれた。
突然の覚醒。確かにその通りに違いない。
空を飛ぶ。それも自分の能力の一つとして。誰しも抱く憧れを僕は体現している。
「具体的には分からない。僕達だって何かの拍子に目覚める可能性もある。僕が考える覚醒の定義を話そう。昔、脳は10パーセントしか使用されていないと言われていた時代があった。でも近年の研究で100パーセント使われていることが一般的な解釈になっている。しかし常に100パーセント使っているわけじゃない。その時の状況に合わせて使う箇所を使い分けている。なら瞬時に100パーセントフルに使うことができたとしたら?その時にもたらす結果には何が秘められているか。これは誰にも分からないことだ。例えばお酒を飲んでみる。飲んだことのない僕にはもの凄い刺激になるだろう。普段自分がしないことをした時がきっかけになるのかもしれない。という仮説はどうだろう」
立花さんはじっと自分のカクテルグラスを眺めている。
それから僕のことを見て
「飲んでみます?覚醒の道が拓けるかもしれません」
僕の目の前にグラスをスライドさせる。
甘くて美味しそうな匂いがする。これなら飲めるのでは・・・そんな錯覚すら感じてしまう。
でも僕には分かる。お酒を飲めない僕にはちゃんと分かるんだ。
その甘い匂いの中には凶器とも言えるアルコールが潜んでいることを。草葉の影から狙う猛獣が息を潜めていることを。
「だから例え話だよ」
「その例えがきっかけになるなら試してみる価値はあるんじゃないでしょうか」
「覚醒するなら大歓迎だけど多分そうはならないだろう」
「もちろん冗談です」
立花さんは笑顔でグラスを自分の元に戻す。
匂いを間近で嗅いだせいか僕の脳はアルコールに早くも反応を示してしまう。でも大したことはないレベルだ。
「今夜はここまで。ですね」
立花さんの言っている意味がすぐには理解できずにいると
「コーヒー終わりましたよ」
言われて気が付いた。
いつの間に僕はコーヒーを飲んでしまっていたのだろう。全く記憶にない。もしかして酔っているのか?
「本当だ」
「約束ですから」
「そうだね。約束だったね」
「私はもう少し飲んで帰ります。あの・・・また機会があったら会ってくれますか?」
「コーヒー一杯なら」
「それでいいです。けれど今度は二杯って言わせます」
立花さんは真面目な顔で答える。
どんな意図があって発した言葉なのか分からない。僕は曖昧に笑って自分の分の会計をテーブルに置く。
「また明日会社で」
「はい。主任。本当に黙っててくださいね」
「心して覚えておくから心配しなくてもいい」
「・・・・あの。楽しかったです」
「僕も楽しかった。こういう話をしたのは久し振りだった。それじゃ」
なんだか店を出るまでずっと後ろ姿を見られている感じがしていた。
時間を見ると1時間も経っていない。コーヒー一杯の時間なんてこんなものなんだ。
相変わらず、というか、さっきより街は賑わっているみたいだ。
明日も仕事の人がほとんどだろうに元気なことだ、と感心すらしてしまう。
見ると明らかに年上であろう集団が目の前を通り過ぎてゆく。すでにアルコールの虜になっているらしく陽気で大きな声で会話している姿がちょっとだけ僕の心に穴を開けたような気がした。
「楽しそうだ。同じ楽しさを共有することはこの先だってできないだろうな」
彼らの後ろ姿には僕が得ることのできない社会を見せられているみたいだった。
ふと。さっき見かけた銀色の髪のことを思い出す。見える範囲で見回したところで目に留まる銀髪はミアンとは似ても似つかない人達ばかりだった。
それに変身した状態で街中を普通に歩いているなんて考えられない。
でも。待てよ。
ミアンなら十分あり得る、とも思ってしまうのは日頃のことがあるからだろうな。
「さて。帰るか」
妻に帰るコールをして駅に向かって歩く。
僕は再びシューティングゲームの機体になっていた。
☆★☆★★★
「どうしようかな・・・」
ミアンはスマホの画面を見ながら
「ジーアに帰ってきたこと伝えた方がいいのかな」
口では言っているがなかなか指が動かない。
「ま。困ったらでいっか」
スマホを投げ出すとコントローラを持って特訓を始める。
「明日。対戦しよう・・・紫苑・・・・・」
☆☆・・★★
夜。異変に気が付いたミアン。魔法の研究は一時中断する。
「こっちで初めてのドリーチェだ。頑張るぞ!」
意気込んでシドニーの街を飛んでゆく。
街の煌びやかさは東京と変わらないように映る。
高層ビルにたくさんの明り。それに道を行き交うたくさんの人達。違うのは言葉くらいにしか感じない。
それでも東京とは違う一面もある。
それは星がキレイなことだった。街も明るい。けれど星の明りだって負けていない。
「カード展開。時よ、止まれ」
星空の元、ミアンのドローしたカードは希望を叶えるために光って消えた。
『時』は音を立てて止まる。絶え間なく流れる川に水門を閉める。行き場を失くした『時』は否応無く塞き止められたことに対する反旗を翻したような音が夜の世界に響き渡ってゆく。
「えっと・・・あっちかな?イマイチよく分からないんだよね。カード達。道案内よろしく」
さらにカードをドロー。ミアンの願いは魔法に変わる。
光の道標がドリーチェの元まで続いている。
「あ、合ってた?ま、いっか。魔法力はまだまだあるし」
光に沿って飛んでゆく。
辿り着いたのはブロンテビーチだった。
世界的に有名なボンダイビーチから少し南に位置している。海水浴もできるがサーファーに人気のビーチだった。
「ここだよね。でも・・・いないなぁ」
ミアンは周辺を飛んで確かめてみる。けれどドリーチェの姿はどこにも見当たらない。
ビーチ自体はそんなに大きくはない。空からなら簡単に全体を見渡すことができる。
「ん?あれって」
ミアンが見つけたモノ。海に近い場所に造られた場所だった。
「あれって。もしかして・・・温泉?」
期待して早速急行。確かめるために手を入れてみる。
「ん?・・・これって・・プール?」
お湯の温度ではなかった。
「なんだ。せっかく海を見ながら温泉って思ったのに残念。日本だったら絶対温泉だよね」
落胆したミアンだったが本来の目的を思い出す。
「こうなったら。カードよ。ドリーチェはどこ?」
またカードに頼る。カードは素直にミアンの要求に答えてくれる。
「???あんなところに???」
カードが指し示したのは海の真上だった。
時間の止まった世界の海は絵画みたいに波すら止まったまま。
ミアンが見たモノ。
それはドリーチェに違いないのに波のように動くこともなく止まったまま。海面ギリギリのところに浮いているというか貼り付いているみたいだった。
ゆっくりと近づいてみる。
「・・・女の子?」
目の前にミアンがいるのにドリーチェはあの嫌な声を上げない。
「まさか!シャハトクラス?ちょ、ちょっとまだ早いって」
距離を取って身構える。
一人で戦う自信はないけど相手は小学生くらいの女の子としてみたらイケるような気がする。
動かないならこっちから仕掛けてやる的な気持ちで挑発してみる。
「あたしは魔法少女ミアン。あなたはドリーチェでしょ」
しかし反応はない。時と同じように止まったまま。
「どういうこと?」
相手の頬を指で突いてみる。マネキンを触っているみたい。
「ドリーチェ・・・だよね」
しかし。
どう見ても鏡一郎と同じ日本人みたいな印象がある。
真っ白なワンピーズが止まった世界でいやに目立つ。
観光客なのか、それともこっちで生活している住人なのか。
「ちょっと見せてもらうね」
都合良くポシェットを肩に掛けていた。
ミアンは断りを入れると中をあらためる。
「財布とスマホだけ・・・」
財布の中には日本のお札とオーストラリアドルのお札が入っている。それと
「これって日本のマイナンバーカード・・・名前は・・・『あくたがわしおん』って完全に人間じゃん。ドリーチェじゃないの?」
もっといろいろ調べてみる。
「服は濡れていない。なのになんで?」
よくよく見ると両手を組んで何かを祈っているみたい。海に向かって何を祈っていた?
でも。
「海の上にいるのは納得出来ない。魔法少女やドリーチェじゃないのに空に浮くことなんてできるの?」
ミアンはしばらくこのまま様子を見ていたけれど状況が変わることはなかった。
「あ。魔法が終わる」
『時』が再び動き出す音を感じる。
やがて世界に色が鮮やかになって戻ってくる。
波の音がする。風を頬に感じる。
「え?誰?」
目を開けた少女とミアンは視線がばっちり合う。
「きゃ!」
少女は驚いたせいで海の中に落ちてゆく。
「わ!大丈夫?」
ミアンは急いで救助する。
海の中に入って少女を抱きかかえるとそのまま誰もいない海岸まで飛んでゆく。
「・・・あ、ありがとう・・・びっくりした」
少女の言葉はミアンには聞こえていない。
海に入ったことで髪も服もずぶ濡れ。今はこっちの方が気になっている。
「あの・・・あなたは誰なの?」
やっと声が耳に届く。
「あ。気がついた?」
「ううん。ずっと起きてたけど」
「ほんと?ま、いっか。あたしはミアン」
「ミアン・・・私は紫苑。ありがとう。助けてくれて」
「おかげでお互いずぶ濡れだね。ちょっと気持ち悪い」
「早く帰って着替えた方がいいよね」
紫苑は立ち上がる。
「ちょっと待って。魔法でなんとかする」
ミアンは紫苑の目の前でカードを展開してドローする。
カードは光って弾けると同時に二人は光に包まれる。
「うわ!乾いてる」
「えっへん。すごいでしょ。褒めてもいいよ。紫苑」
紫苑は不思議そうな顔でミアンのことを見ている。
「すごい・・・今、魔法って言ったよね」
「うん。あたしは魔法少女なの」
「・・・まほうしょうじょ?」
「信じてないの?」
「だって手品かもって」
「手品?これならどう?」
ミアンはゆっくり浮かんで紫苑を中心にゆっくりと一周してみる。
「もしかして私と同じなの?」
「同じ?紫苑は魔法少女なの?」
「ううん。違う。私は人間」
紫苑は波際まで歩いてゆく。
月と星をバックにミアンの方に振り向いて
「でも普通じゃないの。見てて」
そう言うと初めて見た時と同じポーズをする。
「え!浮いてる?」
驚いたミアン。紫苑はそんなに高くはないが砂浜から30センチは浮いていた。
「まさか・・・ドリーチェ?」
ミアンは一歩下がる。
「なにそれ?私は人間。能力を持った人間なの」
今度は砂浜に着地。
「ほんとに?ただの人間?」
「本当に人間。でもただの人間にはこんなことできないよ。超能力って言えばいいのかな」
「超能力・・・スプーン曲げくらいしか見たことないよ」
「それは世間の目を誤魔化すためのパフォーマンスなの」
「そうなの?」
「人間が持つ能力なんてこんなものって知らしめるためなんだって。本当は私のように力を持っている人間って結構いるんだ。でもまだまだ研究段階だから秘密なんだって」
「いいの?あたしに話しても」
「だって魔法少女なんでしょ。人間じゃないなら対象外でしょ。それより私のこと教えたんだからミアンのこと教えてよ」
紫苑は砂浜に腰を下ろしたのでミアンも同じように隣りに座った。
ドリーチェのことはすっかり忘れていた。
ミアンは魔法少女のことを話す。
けれど本来の自分を話すことはやめておいた。
秘密ってことは知ってはいけないってこと。
秘密を知った人間の末路はあまり良いイメージに繋がらなかったからだ。だから依り代の部分は省いた。
「へ〜・・・なんかすごいことしてるんだ」
「そうかな。そうかも。エヘヘ」
「そうだよ。そんなこと全然知らないよ。ミアンのこと。研究所が知ったら絶対いろいろ実験させられるから見つからないで」
「それは大丈夫。そんなこと絶対にないから」
「でも私はミアンのこと知ったよ。魔法少女のことも。私がうっかり喋ることだってあるかもしれない。そしたらミアンは私のこと恨むんでしょ」
「紫苑の心配はなくなるよ。あたしにはそれができるんだ。なんたって魔法少女だから」
紫苑は不思議そうな顔でミアンのことを見ている。
波の音は穏やかになってゆく。
「ねえ。あたしも聞いていい?」
「うん。二人だけの秘密なら」
「海の上で何してたの?」
紫苑は指で砂に何か書いている。
「・・・声が聞こえたんだ」
「声?」
「うん。私には双子の兄がいた」
「そうなんだ。でも。いた、って?」
「うん。去年まで一緒に研究所にいたんだ」
「お兄さんも能力者だったの?」
「うん。私とお兄ちゃんは心の中で話すことができたんだ。テレパシーってやつだね」
それならあたし達魔法少女だってできる。人間にもできるって・・・
「ホントにあるんだ。すごい。褒めてもいい?」
「すごい・・・みんなそう言ってた。褒められることでもないの。私達には普通のことだった。でもね・・・すごいって言われても全然嬉しくないんだ。だってこのすごいってことを利用したい人がいるから」
紫苑は続ける。
未知の能力。これだけ便利な世の中になっても人は未知を求めている。
知ることは悪いことではない。でも未知を持ってしまったせいで犠牲になっている人もいる。
「・・・お兄ちゃん」
紫苑の目には涙が浮かんでいる。
「・・・・・・会えると思った」
「だからあんなところに?」
「だって声が聞こえるんだもん。二度と聞くことなんて出来ないって思ってたのに」
頬には幾筋もの涙が溢れている。
ミアンは言葉無く見ているしか出来なかった。
「・・・死んじゃった・・・あんなに苦しんで・・・私も・・・いつかそうなる」
「・・・ひどい」
「そう。酷いの。納得できる結果が出るまで実験は続く」
「そんなの絶対に許されないのになんで誰も何も言わないの?」
「みんなは知らないから。誰もそんな研究所があるなんて知らない。私達は一生出ることができない」
「じゃあなんで紫苑はここに?」
「買い物に行きたいって出てきたんだ」
「そうなの?そんなに監視はキツくないとか」
「これ」
紫苑の右手にあったのは腕時計ではない。
「これでちゃんと監視されているの。変な動きをしたらすぐに警備がやってくる。でもそれさえ守っていれば割と融通が利くの。学校だって通ってるし」
「今はまだ平気なの?」
「そろそろ戻らないとならないかな」
「・・・そうなんだ」
「今日話したことは絶対に秘密だよ。ミアン。絶対に見つからないで」
「言ったでしょ。そんなことには絶対にならない。だって紫苑はあたしに会ったこと忘れるから」
「え?」
ミアンは紫苑の届かないところに浮かんでカードを展開。
「あたしと会ったこと。紫苑の記憶を消して」
カードはミアンの願いを叶えるために光る。
「それから・・・元通りに」
全身銀色の光を放って
「スラーン」
唱えると遥か上空に舞い上がる。そこから紫苑のことを見る。
「また会おう。ごめんね。あたしだけ記憶に残して」
ミアンはその場を離れるために全速力で飛んでゆく。
「あ・・・流れ星・・・」
紫苑の目には銀色の光る流星が映っていた。
蒸してる。蒸してる。蒸してる。←しつこい
読んでいただきありがとうございます。
そろそろ夏休みという言葉が聞こえてくる時期ですね。
皆さまはどんな夏を過すのでしょう。
いろいろな問題がある世の中ですが楽しく過したいものです。
今日もなんとか無事アップ。ちょっと肩の荷が降りる私です。
でもすぐに次回に向け荷を背負う私もいます。
読んでくださる皆さまに感謝しつつ書かせてもらいます。
次回もお楽しみに・・・なんちゃって。
では来週。お待ちしております。




