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僕は魔法少女に変身する  作者: マナマナ


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魔法少女として

 まさか。こんなこと・・・


 朝のニュース。どの局にもジーアの姿の映った画像がクローズアップされている。

 ソファーに座って食い入るように見ているのは言うまでもなく妻の響子だった。

「ねえ。私、この子見たことあるの」

「へえ・・・どこで?」

 振り返る顔には『白々しい』的表情が浮かんでいる。

「この子がジーアよ」

「じ・・ジーア?」

「知ってんでしょ。ちょっと前にこの家にいた女の子。あの髪の色、間違いない」

 あの時のことはばっちり覚えている。というか根に持っているように見えてしまう。そんなに気にしているとは・・・自分の行動の浅はかさを痛感する。

 やはりミアンの魔法に頼れば良かった。

 でもあの時はゴタゴタ込み入っていたし、気がついた時にはもう鏡一郎は日本を離れていた。

 後悔って気がついた時には溜息しか出ないものなんだな・・・・・・

 あれから時間も経っていたし、追求されることもなかった。そもそも話題にすら上がることはなかったから僕自身もいつしか安心してスルーしていた。


 執念の再燃とでもいうのだろうか。

 『猪最中』でジーアのことを忘れさせるには力が弱かったのかもしれない。


 前回のことを反省して来年は伊豆に家族旅行を計画しよう。それもサプライズで。今のうちからコツコツ貯金をしたら目標額に達成できるかもしれない。


 しかし・・・ちょっと待て。安易な考えはさらなる後悔の種になる。

 伊豆というワード。

 もしかしかしたらジーアのことを思い出させるキーワードになりはしないか? 


 下手な考えなんとかであがけばあがく程、深みに嵌ってゆくような気がしてなにも決断できない。

 話題を逸らそうにも画面に本人が映っている。これ以上深みに嵌るわけにはいかない。


「だから何度も言うように僕は知らないし、あの時だって幽霊じゃないかって・・・」

「幽霊って宇宙にも出るの?」

 宇宙に幽霊?そんな話。これまで聞いたことない。しかし今の状況なら納得させる説明が出来そうな気がしてくる。

「だってこの画像が本物だとしたらとても人間が出来る所業じゃない。どうやってあんな場所まで行ったのか。それに宇宙服もなしなんて生存だって不可能だ。やっぱり幽霊って線でいいんじゃないか?」

 僕の説明は理に適っている。科学的現実なんだ。こんなこと誰もできないことくらい誰だって分かる。

「よく喋るわね。そういう時っていい訳ってこと自覚ないでしょ。そんなに知られたくないのジーアのこと。それに今言ったことだってもう解説者が同じこと言ってるの」

 僕は普通に説明しただけなのに・・・

 妻にとって内容なんて関係ない。

 むしろ僕自身の精神状態のバロメーターとして把握しているにすぎないんだ。

 納得させるにはどんな言葉を発したらいいのか分からない。


 ふと。くまさんの言葉が頭を過る。

『女の心は海よりも深い・・・だから男には理解できない』

 確かにその通りだ。でもこうも言っていた。

『ちゃんと話し合えば理解してもらえる』

 ジーアのことを隠すために誤魔化しの言葉しか言っていない。はなから話し合いなんてしようとしていなかったのは僕だった。

 くまさんの言葉を思い出してようやく自分が間違った行動をしていることに気がついた。


「僕とジーアは・・・・・・」

 この際だ。本当のことを言った方がいいのかもしれない。それなら納得してくれるかもしれない。反対に『今すぐ辞めて』と言い出すかもしれない。現実を受け入れられずに失神でもしてしまうかもしれない。

 どう考えても有栖のように上手くいく気がしない。

「それで?」

 妻は僕のことを真正面から見て言葉を待っている。ちゃんと話し合う機会を与えてくれているのかもしれない。このチャンスを逃したら僕達夫婦の間には見えない亀裂が生じてしまうかもしれない。慎重になるんだ。これまでずいぶん言い訳と引き延ばしをしてきたんだ。

 けれど・・・今の僕には最適解が思いつかない・・・

「これから僕が話すことは全部本当のこと、真実として受け入れて欲しい」

「やっと話す気になった」

「ごめん・・・嘘を言いたいわけじゃないんだ。上手く説明できないのと受け入れてもらう自信がなかったんだ」

 言葉にフィルターなんて掛けていない。素の言葉。

「言い難いことだって言ってくれなきゃ分からないの。受け入れるとか理解するとかは聞いた私が判断することなの。あなたが正直に話してくれないからずっとモヤモヤしてたの分かってた?でもあんまり言うときっと同じこと言うんだろうなって思ったら何も聞けなかったの」

 妻の心に重圧を無意識に与えていたことに反省する。ずっと考えていたんだ。

 僕は全然気がつかなかった。自分が急に情けなくなってくる。

 家族ってなんだろう。お互い信頼したからこそ結婚したんじゃないのか?

「そうだったんだ。本当にごめん。僕は君の気持ちを考えたことなんてなかった。傷つけていたこと。本当にすまなかった」

 妻は黙って僕の言葉を待っている。

 素直に今までのことを話そう。それから妻の意見を聞くんだ。

「確かに僕はジーアのことを・・・・・・」

「ちょっと待って」

 妻のスマホが鳴っている。

「ごめん。学校から」

「学校?」

「そう。幽霊のこと」

 スマホを持って妻はリビングの窓際で電話を受けている。内容はこっちにまで聞こえてはこなかった。僕は戻って来るのを待っていた。

「ごめん。急用。学校に行かないと」

「え?こんな朝から?今から?」

「また出たんだって。こんな時間に出るんだもん。宇宙に出てもおかしくないってこと」

「でも僕の話は?」

「それは帰ってからでもいいでしょ。長くなりそうだし。っていうかあなたも来る?」

「僕も学校に?」

「時間があればだけど」

 僕は二秒考える。これは乗るべき提案。妻との信用回復には必須だと。

「いいよ。行くよ。ちょっと待ってて急いで着替えてくる」

 急いで部屋に戻る。念のためポケットにステッキを入れた。もしもがあってもジーアの力が役に立つかもしれない。それに目の前で変身したら否応無く信じるしかないだろう。

「待たせた。じゃあ行こうか」

 家の前には一台の車が止まっていた。

「神谷さんも?乗ってく?」

「誰?」

「綾の同じクラスのお母さん。お願いします。赤池さん」

 僕も挨拶をして車に妻と一緒に車に乗り込んで学校に向かった。


 ★★★★★★


 学校に到着するまでの間に僕はジーアに向かって心の中で会話を試みた。

(ジーア。僕だ)

 しばらく待っても返事が返ってこない。いつもならすぐに声が返ってくるのに。

(僕だ。仁だ。ジーア、返事を)

 やはり返ってくるのは無言という空虚だ。

 まさか。またヘーンが?

 周りを見ても特に変わった様子はない。ヘーンの造り出す空間は真っ黒だった。けれど目に映るのは僕の知っている現在進行形の街並。おかしなところはなかった。

 もう学校が近い。もう一度だけ。けれど結果は同じだった。

 アルガトネオルで何かが起こっているか?それともジーア自身に何かが起こっているのか?

 ヘーンの影響がないのだとしたら有栖達に連絡できる。

 頭の中で時差を計算する。今なら夕飯でも食べているかもしれない。

「ちょっと電話していいか?」

 車を降りて言う。

「どうしたの仕事?」

「ああ。すぐ終わる。すぐ合流するから先に行っててくれ」

「分かったわ。もし見失ったら連絡して」

 僕は小さな嘘をついたことを心の中で謝る。真実を話していない今は嘘を積み重ねてゆくしかないんだ。妻は信用している。僕は正直になったと思ってくれている。

 でも今は緊急事態なんだ。分かってくれなんて言わない。僕は君の信頼を少し裏切らせてもらう。

 

 二人の姿が校内に入ってゆくのを見届けて僕はジーアとしてのスマホを出して有栖に電話を掛けた。こっちはすぐに繋がった。

「もしもし。神谷です。有栖、今は平気か?」

「こんばんは。そっちはおはようございます、ですね。夕食が終わって今は自室で自習をしようとしていたところです。何かありましたか?」

「ああ。いろいろと問題がある。実は・・・・・・」


 僕は昨夜からのこと。そして今の状況。ジーアと繋がれないことを話した。

「まあ・・・そんなことが・・・神谷さんが無事でよかったです」

「向こうも戦う意志はなかったみたいだった」

「それにしてもなんで日本ばかりなのでしょう」

「そんなこと僕には分からない。けどヘーンの目的は僕だ。というかジーアみたいなんだ」

「ジーアですか・・・確かあの時ジーアのことを知っているみたいなこと言ってましたね」

「有栖」

「はい」

「グローと繋がれるか?」

「やってみます。少し待てますか?」

「ああ。待ってる」

 しばらくスマホからは待機状態の音楽が流れてくる。

「お待たせしました」

「結果は?」

「いつも通りでした」

「・・・・・・・そうか」

「わたくしに何かできることあるでしょうか?」

「そう言ってくれるのはとても心強いが今は何をしたらいいのか分からないんだ」

「そうですか・・・ならわたくしはグローを通してアルガトネオルの状況を聞いてみようと思います。神谷さんも無理はなさらずに」

「ああ。今はそれがいいのかもしれない。頼んだ。ありがとう。こっちで分かったことあったらすぐに連絡入れる」

「よろしくお願いします。それと・・・そちらではそうですね夕方までにはグループチャットの使用が可能になると思います」

「分かった。これでみんなと一斉に繋がれる。みんなで考えれば何か見えてくるかもしれない」

「そうですね。それでは、また」

 有栖が電話を切って僕は急いで妻達の元に向かった。


 校内に入ると大人達のざわめいた声が聞こえる。探すなんてことはしないで良さそうだ。


 スリッパに履き替えて声の方を目指す。どうやらみんな職員室に集まっているみたいだ。軽く扉をノックして中に入ると20人ほどの夫妻がいた。

「あ。ここ」

 妻の声に僕も手を出して答える。そして合流。

「今は何を?」

「これから担任の沢渡先生が説明するところ」

「そうか。もしかして待たせてたならみんなに一言言いたいんだが」

「それは大丈夫。まだ来てない人もいて今は待ってるところ。あと五分くらいって連絡あったから。それよりあなたの方は?会社から呼び出しなの?」

「いや。それはない。ただの質問だった。だからこのままいる」

 僕の言葉に妻がホッとしているのが空気で伝わってくる。それだけのことだけど一緒に行動して良かったと思ってしまう。


 こうやって夫婦で同じ問題に直面したら真正面から立ち向かうって気分がいい。僕達は人生の二人三脚のパートナーなんだ。

 どっちかペースが乱れたら合わせるのが当たり前なのに僕は自分が正義のために戦っているって自負だけでずいぶんペースを乱してきたんだろうな。

 深く反省。そして来年。もっと大きな問題がやって来る。その時だって僕達の歩幅が同じなら決して転ぶことはないようにしないとならない。だから今起こっている問題だって乗り越えていける。

 お化けだって?僕は毎晩ドリーチェと戦っているんだ。


「みなさん休日のところご足労いただきありがとうございます。担任の沢渡です」

 そう挨拶を始めたのは担任の先生。多分理系の教科だろう。同じ匂いがする。

「説明はもう少し待ってください。そろそろ到着されると思います」

 しかし。休日返上して来ている夫妻からは『いいんじゃないか』とじゃ『時間がもったいないから始めろ』なんて声が上がり始める。

 しかし。なかなか先生も強者らしく。そんな野次にいちいち答えてはいない。適当に流すどころかほとんど無視に近い形で対応をしていた。

 今時珍しい対応。今の時代は僕達の時代と違って圧倒的に親の方が立場が強い。昭和時代のような光景はもう過去のモノになっていた。

 だが今はそんな昔を思い出す。教師の姿ってやはりドンと構えていて欲しいというのが僕達世代の思うところなんだろうな。


「すみません。待たせましたか?」

 遅れてやって来たのは『冨永』という夫婦だった。

 僕達より若い夫婦なのにどこか影のあるような感じを受ける。

「いえ。大丈夫です」 

 先生とのやり取りを見ていた他の夫妻からまたしても小さな野次が飛ぶ。聞いていると正直気分が悪い。

 なぜ今ここにいるのかという理由も考えないで自分の都合で動いている。

 だったら来なきゃいいのに。そんなことすら思ってしまう。

「みなさんはこれまでの人生、待ち合わせに一度たりとも遅れたことがないんですか?」

 ピリっとした口調の先生の反論する人はいなかった。ただ小声でブツブツ言っている人は何人かいた。

 他人の失敗とか失態に以上に厳しい人って一体何を考えているのだろう。先生の言葉に僕は素直に賛同できる。やはり同族だから共感できるのだろうか。

「それでは落ち着いたようなので始めたいと思います」

 僕達の反応は関係なしに進行してゆく。

「先ず皆さんに見てもらいたいものがあります」

 プロジェクターが用意されていたのはそのためだったのか。


 映像は学校中に設置されている防犯カメラの画像だった。

 基本真っ暗。だけど誘導灯や消火栓のある場所は明るく白み掛かっている。

「そろそろです。左側をよく見てください」

 言われた通りジッと見つめている。

「え?」

 一同息を飲んだ。当然僕も。妻はいつの間にか僕の腕を掴んでいた。

「分かりましたか?」

 問い掛けに誰も答えない。それは分からないからじゃない。みんな理解できていないのだ。見た瞬間の感情が遅れて全身に広がる。

「もう一度ご覧になりますか?」

「お願いします」

 もう一度。僕の気持ちは言葉になっていた。

「もういやよ」

 妻の手の力が強くなる。僕は手を重ねて

「見間違いかもしれないだろ。だからもう一度。じっくり見る必要があると思う」

「じゃあ、あなただけ見てよ。もう怖くて・・・」

「他はいかがでしょう?」

 『いい』とも『いやだ』ともどっちつかずの生返事がする。

「ではよろしいと言うことでもう一度再生します。見たくない人は見なくてもいいです」

 再生され画面が動く。

 僕は息を殺して、瞼を動かさぬよう集中する。

「あと三秒です」

 心の中でカウントをする。3・・2・・・

 やはりさっきと同じように画面の左から右に移動する。場所は廊下、ところどころに誘導灯の緑色の光が画面を翳めている。

「アライグマじゃないのか」

 誰かが言う。確かに小さいし動物に見えないこともない。最近都内にはアライグマやハクビシンなどが増えて問題になっている。

「ネズミかもしれないぞ」

 それも可能性がある。食が良いせいか繁華街に出現するネズミは子犬と見間違う程大きい固体がいるとニュースで聞いたことがある。

 でも僕は違う。分かる。あれはドリーチェだ。オバケとドリーチェって同じだよな。

 しかし。

 ドリーチェにしては反応が薄い。ヘーンのように。僕に察知できない。となるとコイツもヘーンやシャハトと同じ部類のドリーチェということになる。

 分からないのは何故こんなことをしているか、だ。

 依り代である僕のことなんて眼中にないみたいだ。何か別の目的があるのだろうか。

「どうですか?ええと、あなたは?」

「あ。すみません。神谷です。神谷綾の両親です」

「ああ。そうなんですね。それで神谷さんの感想は」


 これはドリーチェです。なんて言って通じるのだろうか?多分無理だろう。

 だって。魔法少女でしか知り得ない名称だからな。

 信じてもらえないどころか、頭のおかしい父親なんて思われる可能性だってある。


「たしかに動物に見えないこともない。でも違うと思います」

 ここは穏便に言葉を選んで答えた。

「なら、何に見えますか?」

「そうですね。正直分からないです。でも動物でないことは確かです。生き物なら瞳孔が光を反射するんです。ここには誘導灯の明りがある。でも瞳は光っていなかった。というのが僕がそう思う根拠です」

「なるほど。実にいい観察眼を持っておられる」

 僕の意見に少なからず感心している気配を感じる。

「私も神谷さんと同じ意見です。そして」

 今度はぬいぐるみを出した。答えが出るまで隠していた。そんな感じがする。

「今朝廊下にこれが転がっていました。どうです。似ていると思いませんか」

 机の上に置かれたぬいぐるみ。クマなのかネコなのかどっちとも取れるような曖昧な姿をしたぬいぐるみだ。怖いというより愛嬌がある。

 しかし夜中にこれが動いていたらそれはそれでさぞ怖いだろうな。


「あ、これは・・・」

 そう言ったのは遅れてやって来た冨永夫妻の妻の方だった。

「これが何か知っているんですか?」

 つい聞いてしまった。

「はい。これは娘のモノです。昨日学校で失くしたって。お気に入りだったのにって落ち込んでいて」

「学校にぬいぐるみですか?」

 また聞いてしまう。なんたってそんなモノを学校に持ってくるんだ?

「最近流行ってるんです。みんなたくさんぬいぐるみをカバンに着けて。ご存知ありませんか」

 そんなものが流行っているのか?

 知らなかった・・・もしかして綾の同じことをしているのだろうか?それは今は置ておくとして今はもっと情報が欲しい。

「実はここ何日か必ず生徒のぬいぐるみが消える。これが今回の発端です」

 先生が話始める。

「盗難とかではなく?」

「最初はその線で学校中に通達していました。けれど収まることなく続いています」

「そうなんですか・・・それとオバケ騒動との関係は?」

「最初に見た生徒の証言が発端です。下校時刻間近の時カバンに付けていたぬいぐるみの糸が切れたそうです。そして拾おうとした」

 先生は周りを見て

「あの。ここから先のこと聞きたくない人は教室の外に出てもらった方がいいかもしれません」

 それは余程のことが起こったということだろう。

 聞いたことによってぬいぐるみが怖いと思うようになってしまうかもしれない。無駄なトラウマを抱える必要はないと言いたいのだろう。

 何人かは職員室の外に出る。女性が最初に出て続いて男性も出る。だからと言ってその人達を非難するようなことは誰もしなかった。


 残ったのは僕ともう一人冨永さんの夫の方だけだった。


「ぼ、僕は・・・む、娘のことがある。だから、き、聞かないと」

「無理しなくてもいいんですよ」

 僕が促しても冨永さんは首を横に振って

「か、構いません。先生、お願いします」

「分かりました。これは私が本人から直接聞いたことをそのまま話します。なんの色も付けていない。当時者そのものの言葉として受け取って下さい」

 僕と冨永さんは黙ったまま頷く。 

 先生は軽く咳払いをして

「彼女は落ちたぬいぐるみを拾おうと屈んだ。その瞬間急にぬいぐるみは立ち上がって走っていってしまった。呆然としているとぬいぐるみは急に立ち止まって生徒のことをじっと見つめていた。勝手に走るなんてきっと見間違い。本当はうっかり自分が転がしてしまったんじゃないかって。そう思って拾いに行こうと歩いてゆく。もう少しで手が届きそうな時になって再びぬいぐるみは走り出して廊下に設置されている鏡の中に消えていった。これが私の聞いた全てです」

 にわかに信じられない行動だ。

 相手はドリーチェ。それも知恵のあるドリーチェだ。行動の主旨と意図がさっぱり分からない。

「それからです。毎日一つずつぬいぐるみが消えるようになったのは。それも決まって夕暮れの時間。いわゆる『逢魔が刻』という時間帯です」

「あの・・・それって何なんでしょう?」

 冨永さんが質問をする。オカルト好きならまだしも知らないのも無理はない。

「逢魔が刻というのは簡単に言ってしまえばオバケとか幽霊に遭遇しやすい時間ということです」

「そういうのって真夜中じゃないんですか?」

「それは一般の考えかと思います。しかし真に恐ろしい時間とは太陽が沈み夜が始まる瞬間だというのが古くから伝えられているんです」

「そうなんですか・・・初めて知りました」

 冨永さんは黙ってしまう。

「今は日が沈むのが早い季節です。下校時刻はまさにそれにあたります」

「あの。それで実際に生徒に何か実害でもあったのでしょうか?」

「神谷さん。安心してください。今のところ生徒自身になにかあったということはありません。ただぬいぐるみが消えてゆくだけです」

「それで鏡に消えたぬいぐるみは?」

「見つかってはいません。目の前のこれ以外は」

 僕はもう一度目の前のぬいぐるみを見る。

「あの。触っても?」

「問題ないと思います」

 実際に手に持っていろいろな角度から検分してみる。それから全体を押してみたり。

「なんの変哲もない普通のぬいぐるみのように思えます」

「私も同意見です。しかし初めてのケースです。この間は学校説明としてたくさんの人に集まってもらったんですが、その時は話しだけで何も証明できるものがなかった。だからよくある学校の怪談みたいなノリで終わってしまった。けれど今回は映像があります」

「それにしては人数が少ないように思えるのですが」

「それは私のクラスだったので。あまり広く知れてしまうと大きな騒ぎになることを校長が心配して慎重にしています。生徒達は不気味がっていますがやはりいたずら感が否めません」

 確かに今はその方がいいのかもしれない。下手に全体に広めてパニックでも起こされたらそれこそ収拾がつかなくなる。

 これは僕が解決しないとならないことだ。ドリーチェが相手なら魔法少女の出番ということだ。ついポケットの中のステッキに手を伸ばしていた。

「あの。冨永さん」

「あ、はい」

「このぬいぐるみはお返しした方がいいですか?」

「え?」

 すぐに返事ができない。躊躇して当然だよな。

「良ければしばらく学校で預かりたいのですが」

「え、ああ・・・ちょっと妻と相談します」

「分かりました。それと今の話はここだけにしておいてください。他言無用でお願いします」

 冨永さんは『分かりました』と言って相談するために廊下に出て行った。


 扉が閉まるのを確認して

「神谷さんはどう思いますか?」

「どうとは?」

「このような非科学的なことが実際にあると」

 先生は僕のことを同じ理系として見ている。根拠が曖昧なこと。証明できないこと。答えのない問題というのはにわかに信じ難いというのが正直なところ。しかし証拠がある。でも根拠がない。

「実際に起こった映像がある。けれど誰かのいたずらと言われても信じると思います」

「映像はある。実際にこの目で確認しないと確証が持てない」

「そうだと思います。いたずらに怖がってしまうと相手の思う壷だと思います。相手がいれば、の話になりますが」

「そうですね。ではどうしたらいいでしょう?」

 解決案はたった一つ。魔法少女一択。でも言えない。

「実害がぬいぐるみだけだとしたらもう少し様子を見てもいいと思います」

「それしかないでしょうね」

 

 コンコン。

 ドアがノックされて冨永さんが入ってくる。

「あの。もし迷惑でないのなら学校に預かってもらおうということに結論が出ました」

「分かりました。それではもう一度集まってください」

 先生の言葉で廊下で待機していた人達が戻ってきた。

「本日は本当にお時間を取っていただいてありがとうございます。このことについてはいたずらの可能性もまだ残っていますので他に触れ回るようなことを禁止します。この件については早急に学校で対策を取ります。それでは終了したいと思います」

 一礼した瞬間。いたずらという言葉がみんなの気持ちをはぐらかす。どうやらその方で片付けたい。そんな想いが伝わってくる。

「ねえ。どんな話だったの?」

 妻が聞いてきた。

「内容は詳しくは話せない。けれどいたずらの可能性もあるということで落ち着いている」

「ならいいんだけど」

「そう言えば綾も見たって言ってたよな」

「そう。ホントかどうか分かんないけど。嘘を言っても意味がない」

「なら僕が直接聞いてみよう。最近話してないから良い機会だ。今日はいるのか?」

「朝早く出かけたわ。友達と遊ぶって」

「そうか」


 僕達は歩いて家まで帰った。

 こうやって並んで歩くなんていつ以来だ?それは妻も同じことを思っているみたいだ。

 会話もあまりないけど気を張ることもない。お互いがとても良い距離感でいられることが心地良い。やはり旅行には行こう。

「久し振りだね」

「あのさ。今朝の話なんだけど・・・」

「今はいいわ。あなたがちゃんと話せるようになったら聞くから。それまでは私も聞かない」

「それでいいのか?」

「だってやましいことないんでしょ」

「それはもちろん」

「今は気分が良いの。今日はこのまま過したい」

 それは僕だって同じ気持ちだ。

 見上げる空は冬の訪れを感じさせるくらい高くて透き通っている。

 いつの間にか僕達は手を握っていた。


 この幸せな気持ちを持ち続けるために僕は今夜も変身する必要がある。家族のこと。ジーアのこと。課題はますます増えてゆく。

 全部解決する。それは僕が魔法少女だから。

 密かな決意は握る手に力を入れさせる。 


 ジーア・・・今は何を思っている?

 僕の呼び掛けに返ってくる言葉はなかった。

本日は久々の青空で気分が良いですね。

読んでいただきありがとうございます。

今回はホラーか?みたいな感じになってしまいました。

私は過去何度か恐怖体験をしたことあります。←信じて欲しい

逢魔が刻。あれは青山霊園でした。

ちょっとしたことがありました。ハロウィンで満月だった。

書いているうちに思い出しまいた。

皆さまも経験ある人はあると思います。

さてこのままホラーに走るのか?いえ。たまたまです。

次回の展開はどうなるのでしょう?

楽しみにしていてもらえたら嬉しいですね。

それではまたお会いしましょう。よろしくお願いします。

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