第9話 儀礼の制約
ノクスは恋人杖を軽くかかげてみた。
我ながらうまく『アッシュ』の名前が刻めた気がする。ぱっと見はなんだかおしゃれだ。
「なあ、アッシュ。これでさ、何か加護とかあったりするの?」
アッシュが呆れた顔をした。
「何もないよ」
「なんで?」
「人として尊んでる儀礼関係なんだ。器官でないところに、祖霊が宿るわけないでしょ」
「そういうもんなの?」
「そういうもんなの。現代はトーテムをなんて教えてるの?」
「かつては祭祀されていて、今は付与術っていう技術体系を薄く巡ってる存在」
アッシュがちょっと寂しそうな顔をした。
「なら、仕方ないのかも。こんなに濃い関係はないんでしょ」
(濃い関係って言われるとなんか意識しすぎるからやめてほしい)
「そういえば」
恋人杖をおろして、ノクスはふと浮かんだ疑問を口に出した。
なんだかうれしそうににやにやしているアッシュに問いかける。
「俺って人間の恋人作っていいの?これ、儀礼だしー」
アッシュが目を見開いた。
信じられない、みたいな表情で。
「ノクス。君、人の心ある?」
「何で!?」
ノクスは必死に学んだ知識を思い出す。
「・・・その、さ。昔の祭祀にも、トーテムの恋人役を演じる、っていうのがあっただろ?」
「あったね、確かに」
トーテムがうなずいた。
「かつてはトーテム外婚制、もしくはトーテム内婚制。まあいろいろあったけど、祖霊の恋人を演じるのは、そのクラン内の男女だった」
アッシュがまた指で、空中に何かを描く。
狼が二頭、向き合っているような絵。
(絵、うまいなあ)
「でも、君は俺のクランとかではなくて、俺というトーテムと直接の恋人儀礼。器官としての内部ではなく、外部としての儀礼なんだよ。だから恋人作っちゃだめなんだよ」
思ったより重い儀礼だった。
『恋人になったらもっとぐるぐる巡れる』とかいっていたから、生態系的なモノかと思えば、なんかそれ以上だった。
「あのさ。そういうことははやめにいって!」
「何がわかんないか聞いてくれないと説明できない!」
その日。
シャワーを浴びて、夕食は簡単にオートミールで済ませてーノクスは力なくベッドに倒れ込んだ。
「なんつーか、濃い1日だったな…」
エレメンタルに襲われるし。
人間のトーテムに助けられるし。
人間のトーテムと恋人関係にさせられたし。
もぞもぞと最後の力をふりしぼってブランケットの中に潜り込む。
先客がいた。
「やあ」
トーテムがにっこりと笑う。
子どものようにブランケットから顔を出しながら。
「あっちいってくれ」
「やだね。人間の文化では恋人は同衾が基本なんだろ」
「あっちいってくれ」
「やだね!他のクランでもトーテムの恋人表象するものは同じお布団で寝てたもん!」
「なんだよ、それ…」
言い争いながらも、気力がつきてーノクスは気がついたら、吸い込まれるように眠りについていた。




