第8話 恋人儀礼
「ここここ恋人っ!?」
「うん。恋人儀礼」
しれっとトーテムはうなずいた。
「いやいや、何でだよ」
「恋人儀礼が一番やりやすいから」
「なんで」
「恋人儀礼だと他のトーテムも『しかたないね』ってなる」
「どういう理屈?」
「そういう理屈」
ノクスは溜息をついた。
さっきの重い気分はアッシュの思わぬ発言で吹き飛んでいた。
「…あのさ。俺、男なんだ」
「うん」
アッシュがうなずく。
「アッシュも男だろ」
「男には見えるんだろう。でも、どっちだろうね?」
トーテムが肩をすくめた。
(…多分、性別の概念がないのかな)
ノクスは眉間を指でもみほぐす。
「…恋人ってさ。俺がアッシュをすきになればいいのか?」
「儀礼だよ?」
容量を得ない、という風にアッシュが首を傾げた。
「…いや、儀礼でも、恋って、好き、とか・・・」
何だか言いながら自分で恥ずかしくなってきた。
「…お前は、俺のこと、好きなのか?」
「お前じゃない。アッシュ」
真面目なトーンでアッシュが返してきた。
「君が俺にくれた能記。大事にして」
「…悪かったよ」
「分かればよし」
トーテムは満足げにうなずいた。
ただ、流されるままに恋人になるわけにはいかないので、もう一度ノクスは問う。
「それで、その、アッシュは、俺が、すき、なの?」
アッシュがぱちくりした。
「好き、とかはわかんない。でも、恋人儀礼をしてもいいと思う程度には信頼してる」
(…ずるい)
故郷のように、押し付けてくるものではない、信頼だから。
(…嬉しい)
誤魔化すように、ノクスは咳払いした。
「…どんぐりじゃダメ?」
「だめ」
トーテムがまじめくさった顔でうなずく。
「どんぐりも嬉しいけど、どうせなら日記を書いてほしい」
「日記?」
トーテムが指をくるくるまわした。
まるで文字をなぞるように。
トーテムの、袖からのぞく肌の上にも、不思議な文様がつかの間浮かんで、消えた。
「火は刻印。君が字を書くと、俺はそこをぐるぐるめぐるの」
「…巡り?」
「そ。本格的な祭祀がなくても、日記を書いてくれると巡れるんだ」
アッシュの指先がなぞった空間に、焼き付くように文字、のようなものがあらわれた。
ノクスが知らないものだ。
象形文字なのか、それとも落書きなのか。
アッシュがえがく輪郭にそってゆらめく火のように滲んで、それは消えていく。
「そう、恋人になってくれたら、もっと安定してめぐれる」
トーテムがずいっと近づいてくる。
というか、身を乗り出してきた。
「やめろ。近い」
「恋人って近いよね」
「断定するな」
「やだ。俺は諦めない!!」
祖霊がわがままを言いだした。
ノクスは―目元を片手で覆った。
トーテムが掴んでくる肩に、ほのかに温かさを感じる。
重さはないのに、存在の切実さみたいなものが。
(付与術師の感覚のせい、なのかなあ)
「恋人儀礼だと、ノクスは器官にされないし、俺も巡れて幸せ。どう?二人とも幸せ!」
トーテムの口調は明るい。
(これ、すんごく譲歩されてるんじゃ)
『器官』はノクスが一番されるのが嫌なことだ。
ノクスは溜息をついた。
「…分かったよ。恋人儀礼。儀礼関係なんだろ?」
「やった!今日から恋人!」
トーテムが喜んで、机の上ではねた。
「やめろ。行儀悪い」
「はい、ごめんなさい」
トーテムはいそいそと椅子の方に戻っていった。
なんというかー言えばちゃんと座るあたり、
(律儀だな)
しかし、恋人儀礼はまだ終わらなかった。
「じゃあ、ノクス。恋人儀礼の祭祀、して」
「は?」
「…どういう祭祀すればいいんだ?」
「わかんない」
ノクスの問いかけに、トーテムは首を傾げた。
自分で言いだしたくせに、何だか無責任だ。
だがー
「俺、祭祀集団、持ったことないから。わかんない」
古い時代のトーテムは、皆、祭祀されていた。
(なんか、すごく寂しいんじゃないか)
古い時代には、あらゆるトーテムが、自らを祭祀する集団を持っていた。
今も薄く彼らはめぐっている。
だが、アッシュにはそういう歴史すらないのだ。
ノクスはアッシュの顔をみる。
アッシュは、意外にも淡々とした表情をしていた。
「トーテムは巡るもの。だから、トーテムを表象するのは人間の仕事。祭祀はトーテムを表象するもの。だからノクスが思うようにやって」
『恋人儀礼をしてもいいと思う程度には信頼してる』
アッシュは先程、そういった。
それが、ノクスはとてもうれしかった。
トーテムに、人として頼られたことが。
信仰を押し付けられなかったことが。
本日何度目かわからぬ溜息を、ノクスはついた。
(とりあえず、恋人っぽいこと)
「ペアルックのマグカップ」
「却下」
祖霊は俗っぽいモノが気に食わないのだろうか。
かと思いきや、
「名前、刻んで」
先程も言っていた、文字にこだわりを持っているらしい。
「ハンカチに刺繍、すればいいのか?」
「俺は火を扱う象徴体系だから水は嫌だ。ハンカチはお洗濯する」
(なんか、難しいな)
「…じゃあ、えんぴつ」
「えんぴつはいつか使い終わる」
トーテムが、顎に手をやって考え込むしぐさを見せた。
ややして、いいことをおもいついたとでもいうように指を鳴らす。
付与術師の感覚でしかとらえられない音が、ノクスの耳に響いた。
「杖!ノクスが腰に差してたやつに刻んで!」
そしてー
「くっそ…」
数分後。
ノクスは、己の杖と格闘していた。
杖をカスタマイズするようの彫刻刀で、慎重にゴリゴリ刻みをいれていく。
「うっわ、杖ってこんな複雑だったんだ」
杖には付与術を起動するための術式が彫り込まれている。
メンテナンスで調整することはあったが、こんなにまじまじと見つめるのは初めてだった。
それを傷つけないように、『アッシュ』と刻んでいく。
そして、苦労の末にアッシュ杖は完成した。
「・・・うわ・・・なんか恋人が願掛けした杖みたいになってる…」
「いいじゃん。素敵!」
アッシュが嬉しそうに跳ねた。
とん、と軽く足音が発生する。
物理で聞こえた。
「…アッシュ、今の、何?足音しなかった?」
「恋人儀礼したから。ノクスに関係あるものは、俺はちょっとだけ触れる!」




