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第10話 いただきます

ー翌朝。


(なんか、あったかい)


あたたかい何かが背中にくっついている。

違和感はあるが不快ではない感覚。


(え、昨日誰かと一一緒に寝たっけ?)


そこまで考えて、ノクスの意識は覚醒した。


「…そうだ。確か、人間のトーテム…」


後ろを振りかえる。

トーテムがーアッシュは、ノクスの背中にしがみつくようにして眠っていた。


その無防備に、ノクスは思わず苦笑いする。


「トーテムも寝るんだな」


ノクスは体を起こす。

アッシュがずり落ちた。


「むにゃ」

「おい。朝だぞ」


揺さぶって起こす。

アッシュが子どものように目を擦りながら起きた。


「…あ、人の子。じゃない、のくすだ…」


神秘的な金色の瞳は寝起きのせいか、ぽやぽやしている。


「おはよう」


ノクスが声をかけると、祖霊は、軽く目を開いた。

かと思えば、嬉しそうに笑う。


「…おはよう、ノクス」


◆◆◆


アッシュは昨夜を思い出す。

同衾についての文化をこんこんと語っていたところ、ノクスは途中で喋らなくなった。


「…ノクス。ノクス?」


名前を呼んでも返事がない。

そっと顔を覗き込むと、彼は寝落ちしていた。


(…もろいなあ)


そっと指先で髪に触れてみる。

起きない。


(人の子は、もろいなあ)


頭を撫でる。

キツいノクスの表情が少しだけ、緩んだ。


(俺が消されないための口実に使って、ごめんね)


「アッシュ。あさごはん、食べる?」


アッシュの意識は、ノクスの声に現実に呼び戻される。


「あさごはん?」

「そ。食べるか?」

「食べれないけど食べる!」


(ああ、この子は)

(まだ、生きてる)


◆◆◆

ノクスはキッチンの前にたった。

保存庫を漁る。


「おっ、ベーコンの残りみっけ」


(買ったのは確かー1週間ちょい前)


ちびちび食べていたせいで余っていたのを忘れていた。


ノクスはベーコンの端っこブロックを顔の前に持ってきた。

においをかいでみた。


「…大丈夫、いける」


アッシュが後ろから覗き込んできた。

遠慮なしに手を伸ばしてきて、


「冷たいのがなんか出てきてる」


保存庫の風を味わっている。

ノクスは苦笑いした。


(なんか、子供みたいだ)

「へー、乾季と雨季の流れと交差を遅くすることでものの劣化を防いでるやつかあ。面白い仕組みだね」

「……」


あんまり子供じゃなかった。


オニコッコの卵パックに目をやる

賞味期限間近の特売セールで買ったやつだが、まだ日は残っていた。


(ベーコンはともかく、卵はほんと期限過ぎたら食べられないからな)


安堵しつつ、オニコッコの卵も取り出す。

後、めきょめきょキャベツ。


「おいしいけど自家栽培まだ出来ないんだよなー。凄いなー農家」


めきょめきょキャベツを軽く洗ってからちぎる。

あんまり手をかける気がないので、今日はなげやりサラダだ。


塩とお酢で簡単ドレッシングを作る。

長年作っているだけあって、はかりをつかわなくても、体が好みの配分を覚えている。


次にギリギリの端っこベーコンをまな板にのせた。

ナイフで切る。ちゃんとした手応えに、ノクスはほっとした。


(大丈夫、腐敗は始まってない)


火を通せば確実に食べられる。


次に、鍋に水を入れる。

一緒に、フライパンを用意する。


今度はコンロのの前に立つ。

丸いくぼみに、砂がしきつめられた二口コンロ。


アッシュが興味津々に手元を覗き込んできた。


「何これ」

「コンロ」

「こんろとは」

「料理に熱を通す」


アッシュが目を輝かせた。


「火!火、出る!?」

「…一瞬だけ」


コンロのつまみをひねりーノクスは、砂かき棒で、コンロの口の砂を素早く円をかくようにかき混ぜた。


その軌跡を追うように、ぼっ!と鋭く火が走る。

火は一瞬走った後、砂が赤く熱され始めた。


「わー!わー!」


子どものように後ろから歓声が聞こえてくる。

振り向いた先ではー


「!?」


いつもは薄いアッシュの外見が、かなり立体感を持って見えた。


「ノクス。ごはん作って。火はよそ見すると危ないよ」

「え、あ、うん」


(今の何!?)


ノクスは、もうひとつのコンロも同じように砂かき棒でかき混ぜた。


「これどういう仕組み!?」

「専用の棒…これで砂をかき混ぜると、巡りが加速して、熱がはいるんだ。身体強化の物質版みたいな仕組み」

「しんたいきょうか?ああ、君が昨日、ヴァルにかけてたやつね。ふよじゅつ、だっけ」

「そう。よく覚えてたな」


火がちゃんと巡ったところで、左のコンロに鍋、右にフライパンをのせる。

切ったベーコンを、フライパンに投入。


ベーコンをじっくり焼いていると、隣の鍋でお湯が湧いた。

ノクスはオニコッコの卵を2つ、そっと入れる。

今日はゆで卵。


アッシュは暫くうろうろしていた。

保存庫を覗いたり、ノクスの手元を覗いたり。


ノクスは火が通り始めたベーコンに、ソースをかけた。

火が通って柔らかくなったタイミングが一番染みて、肉汁と混じると美味しい。


鍋がにえるおと。

フライパンで肉がやける音。


(料理の音って、なんか、心が落ち着くな)


「ねえ、ノクス」


後ろからアッシュが声をかけてきた。


「ん?」


今度はよそ見せずに、ノクスはフライパンと鍋を見張りながら返事。


「この保存庫…ってやつはさ。多分蛇のクランの、脱皮儀礼、で」


続ける。


「その、こんろってやつは、狼の群れの表象儀礼の…を、技術にしたやつだと思うんだけど」

「すごいな。それ、マニュアルに全部書いてあったやつ!」


こういった『巡り具』の取扱説明書には、必ずどんなトーテムのどんな祭祀が用いられているかが書かれている。

祭祀集団が居なくなった今でも、トーテムへの敬意を忘れぬように、感謝をこめて。


出来上がった朝食をテーブルに並べる。


「どうぞ」


先にアッシュへ供物として。

アッシュが嬉しそうに跳ねた。


「ありがとう、ノクス。いただきます」


アッシュが、両手の指を組んだ。

人間のトーテムが、祈るような仕草をする。


彼の体を、ふわりと、焚き火の揺らめく火のようなオーラが包み込む。


(…あ)


ノクスは、アッシュの指を見た。

大事に絡む指。


(…多分、アッシュが一番大事にしている器官は)


直感的に、分かった。


祈る。

火を扱う。


(…指、なのか)


「…ごちそうさまでした」


しばらくして、アッシュが顔を上げた。

意外と短い時間だった。


アッシュが、ノクスへと手を差し出す。


「じゃあ、熱いうちにどうぞ。人の子」


(…そっか、火を扱う人間の象徴体系だから)


「…いただきます」


いつもの食事が、本当にありがたいものなのだと思えた。

火。

指。


「恋人半分こだね」


ノクスはむせた。



朝食を食べながら、ふと、ノクスは気づいた。


(…俺、自然に朝食、アッシュにそなえてたな)


初めて会った時はどうすればいいか分からなかった。

とりあえずどんぐりと思っていた。


が、ほんの1日しか過ごしていないのに、気がつけば、呼び合うように、トーテムが求めるものを差し出していた。


アッシュも恋人儀礼のあとは何も言わずに、今日、ノクスのさしだしたものを受け取って、返してくれた。


(…これが、祭祀なのか)


嫌いなはずだったのに、何故か今は、心が穏やかだった。


◆◆◆

アッシュは食後のお茶をすすっているノクスをのんびりと眺めた。


「おいしかったかい?」

「おいしかった」


いつもは険しい人の子の顔は、少し緩んで見える。


「人の子が元気に食べているのはいいね。えらいえらい」

「なんだよそれ」

「えらい」


アッシュはノクスの観察を続ける。


(この子は儀礼に慣れているように見えるんだよなあ。自然に順応してた)


『どんぐり!』とか言っていたのに、今日は、自然に朝ごはんをお供えしてくれた。


(祭祀は嫌いそうだったけど。それにこの子は)


多分、言ったら怒るから、言わない。


(カラスのトーテムと縁のにおいがする)


恐らく、ノクスは、カラスの祭祀集団の末裔なのだろう。

本人はあまりいい思い出はなさそうだが。

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