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第6話 アッシュ

ここから立ち去ればいい。

それだけ。

それだけだった。


空間が揺れ始めていた。

トーテムが言う通り、存在が不安定になっているのだとわかる。


(祭祀は嫌いだ)


故郷を思い出すから。


それでもーどうしても、『人間』のトーテムの背中が、寂しそうに見えてしまったから。

ノクスは前髪をがしがしとかいた。

舌打ちする。


(ああああもう!寝覚めが悪い!)


頼りない背中に向かって叫んだ。


「クランには入らない!でも、どんぐりをお供えするくらいはする!一緒に出よう!!」


トーテムが振り向いた。

ノクスは呼び掛ける。


「どうやったらあんたを連れ出せる!?」

「トーテムは持ち運び可能なものじゃないんだが?」


ぐらぐら揺れる世界で、腹が立つほど冷静にトーテムが肩をすくめた。

だが、嬉しそうに笑う。


「でも、ここのどろどろ・・・?みたいな、止まり木があったらいける」

「止まり木?」

「そうだねえ。じゃあ、能記をちょうだい」


トーテムがお菓子でもねだるように手を差し出した。

崩壊するダンジョンの中で、あまりにも場違いな無邪気さだ。


「のうきって何!?」


トーテムが顔をしかめた。


「最近の若いものはトーテム記号も習わないのか。嘆かわしい。名前だよ、名前!」


ノクスはーもう限界だった。


「じゃー燃え尽きた灰でアッシュ!!」


不敬すぎる名に、しかしトーテムは野性的に笑う。


「いいね!敬意のなさにぞくぞくするっ!」


祖霊は、いつの間にかノクスの傍にいた。

今度は導くように手を差し伸べてくる。


「おいで、人の子」

「ノクス!」


祖霊が―アッシュが、驚いたように目を丸くして、それから笑った。


「ノクスか。じゃあ一緒にこのどろどろを抜けようか」


駆けだす。

祖霊の手は物理的なものではないのに、何故かあたたかさを感じた。


「ちんぎゃあああああ!」


おたまじゃくしたちが叫びながら、ダンジョンの出口へと走っている。

おたまじゃくしと一緒に走りながら、


「アッシュ!俺の仲間がいるんだ!この淀みみたいなのを何とかして、バフ、かけられるようにしてくれないか!?」

「いいけど。でも、それしたら崩壊がはやくなるよ」


返事はなぜか隣ではなく後ろから聞こえた。

祖霊は、いつの間にかノクスの肩にまたがっていた。


「それでいい!」

「わかった」


ノクスの視界の中に、アッシュの手がひらめく。


世界の透明度があがる。

祖霊にあってから状況の目まぐるしさで忘れていたが、さっきまで感じていた息苦しさが、少し軽くなった。

身体に、いつもの安定した付与術師の感覚が戻ってくる。


すぐに、仲間たちは見えてきた。

ヴァルがロゼを脇に抱えようとしているところだった。


「ノクス!」


こちらに気づいたヴァルが叫ぶ。


「ヴァル、大丈夫か!?」

「おう!もう全部出したから!」


ぐ、っとヴァルが親指をたてた。


(頼もしいなあ、ほんと)


雨季でうじうじしてても、タンクとしてどっしりしている。

ちょっとだけ、ヴァルがいる『地震を起こさないドジョウ』のクランがうらやましくなりながら、


「ヴァル、バフかけなおすぞ。ここからさっきと同じ要領で一気に出たい!いけるか!?」

「任せな。クールタイムなんてとっくにおえてる!」


ヴァルが手を伸ばしてきた。


「とびっきりのを頼むぜ、ノクス!」

「-肉体強化!」


手を打ち合わせるようにして、付与をかける。

歯をむいて笑ったヴァルが、ノクスを脇に抱えて、またあの凄まじい勢いで駆けだした。


ーふと、ノクスは気づいた。


(…アッシュが、見えてない?)


ヴァルが、あの炎から逃げたときのように、身体を投げ出して洞窟から飛び出した。

砂地の地面の上をごろごろ転がる。


「何とか出たぞ」

「…う…」


ヴァルに解放されて、ノクスは立ち上がる。

ローブのすそをはたきながら見れば、さっきまでいたダンジョンがー洞窟の入り口が、どろりと解けるように融解していくところだった。


「うっわ・・・」


あれに飲まれていたら、確実に死んでいたーいや、死ぬというか、存在の変質とかいろいろは免れなかっただろう。

魂は巡るというが、アッシュに会わなければ、エレメンタルに魂ごと焼き尽くされていたかもしれない、なんて思った。


「…アレ?ここ、どこ?」

「お、大丈夫か?」


ヴァルが、右に抱えていたロゼへと視線を落とした。

目をこすっているのを見て、地面へと下ろしてやる。


ロゼは数秒ほどぼーっとしたあとでー


「あれ!?あの炎どこ!?」

「どっかいった」

「お宝は!?」

「ほれなかった」

「そんな!え、ちょっと、何があったの?!」


ロゼの後ろでは、アッシュがなぜかぴょんぴょんはねていた。

やっぱり、ロゼもアッシュにきづく様子はない。

ノクスは深く深く嘆息した。


「…俺もわかんない…」

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