第4話 いてはならないもの
左の道を、慎重に足音を立てないようにして歩く。
今度の陣形では先頭がノクス。
物理的ではない未知に対しては、付与術師の方が判断が正確、といわれているからだ。
誰も何も言わない。
さっきまでとは違う緊張感が、パーティには満ちていた。
いつしか光るハネゴケはほとんど見えなくなり、空気は重くなっていた。
(-あれ)
ノクスの感覚に、何かが触れる。
そして。
洞窟の向こうで、何かが、光る。
ノクスは目を見開いた。
「-逃げろ!!」
洞窟の奥で赤い光が明滅する。
ヴァルが弾かれるようにして前へと出て、盾を構える。
『-----』
不気味な不協和音。
ノクスはヴァルの腕を叩いた。
「違う!無理!逃げるぞ!!」
「なんだよ、ノクス!」
「-あれ、エレメンタルだ!!」
奥の方が、赤く、眩く輝く。
炎。炎そのもの。
トーテムの地にいないはずの、現象を司る精霊ーエレメンタルが、何故か、いた。
「っくそっ」
ヴァルが舌打ちした。
炎に向かって、吼える。
「------!!!!」
壁に盾が打ち付けられ、空気がびりびりと震えた。
炎が一瞬だけ、すくんだように―見えた。
その瞬間、ヴァルは盾を背負いなおしながら身体を翻す。
ノクスとロゼの手をつかんで走り出した。
「ヴァル!今、全員に敏捷上昇のー」
「違う!俺一人に肉体強化をかけてくれ!全力だ!」
「わかった!」
ノクスはヴァルとつないでいる手を通じて、付与術をかける。
肉体強化。
ヴァルが右にノクスを、左にロゼを抱える。
そして、爆発的な勢いで駆けだした。
そして、その後ろを、一度はひるんだ炎が追いかけてくる。
「うわあああああ!!」
「でっかい火だー!」
「ちっくしょおおおおお!!」
走りながら後ろを振り向き、迫ってくる煉獄の炎を見て、ヴァルが叫んだ。
「エレメンタルひどい!エレメンタルひどい!身体じゃないとこからくるとか!ひどい!」
「ごめん、ヴァル!雨季入り始めのタンクの勘を信じるべきだった!」
「そんなんどうでもいいってもおおおお!!」
「ねえねえ、ヴァル!ヘイト引いて!」
「お前さああ!エレメンタルんとこの魔術師みたいにけっかい?とかはれないのに、それやったら俺丸焦げだろ!!無理!!」
道を抜け出して、ヴァルが二人ごと身体を通路の横の方に投げ出した。
その直後、炎が吹き抜ける。
「くっそ!」
ヴァルが舌打ちした。
「アイツまだ追ってくるぞ!ダンジョン抜けようにも相手の射程がありすぎる!どうする、ノクス!?」
「右!こうなったら、トーテムに庇護を求めるしかない!」
ーかつて、トーテミズムとエレメンタリズムの陣営の戦争があった。
そして、ここはトーテムたちのなわばりだ。
獣のトーテム。
現象のエレメンタル。
今、この現状を覆せるとしたら、右しか、思いつかなかった。
ヴァルが立ち上がり、またノクスとロゼを脇に抱えて走り出す。
今度は、右の道へ。
「ちんぎゃあああああ!」
おたまじゃくしも一緒に逃げてきた。
おたまじゃくしとは思えぬ速度で、ヴァルに追走してきている。
「エレメンタルのせいで怖気ついてたのか!」
おたまじゃくしに襲い掛かってくる様子はない。
ノクスたちと同じように、ただ命がけで爆走している。
「ノクス!そろそろバフ、切れるぞ!」
ヴァルが上からノクスに声をかけてきた。
「くっそ!クールタイムか!」
付与術は、身体の巡りを強化する術だ。
一度解けたあとにすぐにかけなおせないのは、巡りを許容範囲を超えて加速し続けると身体が壊れるからだ。
ロゼが、左から叫ぶ。
「ノクス、あたしにかけて!あたしが二人運ぶから!」
「体格的に無理じゃないかなあ?!」
『ーーーーーー』
後ろから、エレメンタルの叫びのようなものが追いかけてくる。
ただ―何か、怒っているような、そんな感じ。
その怒りのようなものは、ノクスではなく、今目指している先ートーテムの方に向けられているように思われた。
「ノクス!いいから俺に重ね掛けしろ!死んだら元も子もない!」
ヴァルが叫んだー直後。
「へぶっ」
ぬかるみに足を取られて転んだ。
ロゼとノクスも投げ出される。
(-しまった!)
みるみるうちに、背中に熱が近づいてくるのを感じる。
「ちんぎゃあああああ!!」
オタマジャクシたちの絶望の悲鳴も聞こえた。
その時。
目指していた、洞窟の向こう側で、トーテムの気配が震えた。
そして。
『ーーーーーボール』
「!?」
巨大な火球が、ノクスたちの頭上を駆け抜けた。
思わず、その軌道をノクスは視線で追う。
『ーーーーーー!!』
火球は炎のエレメンタルへと突き刺さる。
爆音。
エレメンタルが悲鳴のような波長を発する。
『ーーーーーーーー!!!』
炎に撃ち抜かれて、精霊は拡散した。
空間が、揺らぐ。
「・・・うっ、おぇっ・・・」
ヴァルが、吐いた。
「うえぇ・・・」
立ち上がろうとしたヴァルが、崩れ落ちて、激しくむせた。
「ちょ、ぎぼぢわるっ、なんか、雨季がいっきに、きたっ・・・うぇっ」
また嘔吐。
ノクスはかがみこんで、ヴァルの背中に触れた。
「…これ、酩酊とかのデバフじゃない。身体の深いところの巡り自体が揺さぶられてんだ。今バフをかけて立て直そうとしたら悪化しそうだ。ごめん」
「・・・だいじょぶ・・・」
真っ青な顔で、それでも気丈にタンクは笑って見せた。
ノクスはロゼの方を見やる。
ロゼは白目をむいてぴくりともしない。
触れてみれば、ちゃんと脈はある。
気絶しているだけのようだった。
「…エレメンタルはいなくなったし、俺が先、見てくる」
ノクスはゆっくりと立ち上がる。
(うわ)
世界が揺らめいて、吐きそうになった。
足元がふらつくがー何とか、一歩ふみだす。
付与術師は空間の位相のずれなどの異常に耐性がある。
今、動けるのはノクスだけだった。
「…奥の方、みてくる。ヴァルはロゼをみててくれ」




