第3話 分かれ道
「ちんぎゃああああ!」
追憶に浸っていたのは一分ほどだっただろうか。
間の抜けた鳴き声に、ノクスの意識は引き戻された。
「ちんぎゃあああ!」
人の頭くらいの大きさのオタマジャクシのような生き物が複数、ぬかるんだ地面を、小さな四肢で這いずっている。
「クロクロゲコゲコの幼生かあ」
「ちんぎゃあああああ!」
命が溢れやすい、雨季のダンジョンに発生しやすい魔物だ。
人の体内リズムだけでなく、ダンジョンにも雨季・乾季はある。
「ちんぎゃあああああ!」
クロクロゲコゲコのおたまじゃくしたちは吼えてはくるものの、なぜか襲い掛かってくる様子はない。
「なんだろ。しっぽ巻いて虚勢張ってる犬みたいだね」
「ちんぎゃあああああ!」
ロゼがちらりとヴァルに視線をやる。
「世界で一番むかつくヴァルにすら食ってかからないもん」
「ヴァルじゃない。タンク!」
「ちんぎゃああああ!」
「ほいっと」
たまにとびついてくるおたまじゃくしを、ロゼが斧でいなす。
どすっ、と地面に鈍くささった斧に怯えて、おたまじゃくしが逃げた。
彼女の斧は切断・打撃が可変式で、見た目に反して意外と柔軟に使えるのだ。
地面を斧でどっすんどっすんしながら、ロゼがノクスを振り返る。
「なんか今は様子おかしいし、バフとかは使わないで自分の感覚でとらえておきたいね」
「わかった」
一方、ヴァルは暗い目で、自分に近づいてこないおたまじゃくしたちを見つめていた。
「あのさ。魔物が喰いついてこないと、俺は自分の存在価値について悩んじまうんだが」
珍しくタンクはうじうじしていた。
「ヴァル。嫌われることに重きを置きすぎていないか。人ってそれだけじゃないだろ」
「ああもちろん、それだけじゃないさ。だけどな!タンクっていうのは、俺の人生の核なんだ!!」
ヴァルがきっとノクスを睨みつけてきた。
(なんか重いなあ)
と思ったところで、ノクスは思いだす。
(そうだ、ヴァルって冒険者ギルドで湿り始めっていってたような)
雨季の物理職は不調に陥りがちだ。
フォームが何かしっくりこなかったり、メンタルもしっくりこなかったり。
ロゼの方を見た。
彼女はやれやれと首を横に振る。
「湿り始めのタンクって面倒くさくなるから、ヘイトも精度があがるんだけど」
「あ、そっか。それなのに魔物が寄ってこないから」
「雨季のうじうじが悪化してる」
「お前ら実況するな。泣くぞ」
おたまじゃくしに睨まれたり時々飛びつかれたりしながらも、特に危機に陥ることなく一行は進んだ。
しばらく歩くと、道が二つに分かれているところにでた。
「おっと。道がふたつう」
ノクスは左右の道を見る。
「いいなー。こういう時ってクランだったらどっちも攻略できるんだよなー」
クラン。かつてはトーテムの祭祀集団の呼び名だったもの。
現在では、冒険者ギルドで、『命を共に賭ける者』という意味で、所属者が10人以上になった冒険者パーティに使われる単位になっている。
「すまねえな、ノクス。うちの『地震を起こさないドジョウ』は、繊細過ぎる付与術師が多いからお前とは合わないと思う」
「頼まれてもいない面接やめろ」
「ノクス、左どお?」
左右の道の分岐になっている壁に手をついた。
目を閉じて、ダンジョンに入ったときと同じように、感覚を巡らせる。
(…なんだ、これ)
感じたことのないものが、術師の感覚に触れた。
「どうした?変なモンでもあるのか?」
「えーっと・・・言葉にしにくいん、だけど」
ノクスは左を指さした。
「こっちは知らない気配。なんだろう、わかんないな・・・」
「ノクスでもわかんないことあるのか。よっぽどだな」
次に、右。
「あっちはトーテムの気配が濃い」
ダンジョンは、トーテムの巡りに合わせて生まれるもの。
特に水たまりダンジョンはその滞留で生まれるから、祖霊の気配が濃くてもおかしくはない。
「でも、すんごい濃いんだ。右側」
「ふーん。よっぽど溜まってるのかな?」
ロゼが首をかしげる。
それから、
「ヴァルはどっちが嫌?」
ヴァルは左を指さした。
「俺はこっちに行きたくない」
ノクスは逆に右を指さした。
「付与術はトーテムの巡りの術だから。トーテムが近いとこだとバグりそうだから、俺は左にいきたい」
ロゼはー
「じゃあ、左にしよう」
「わかった」
ヴァルがあっさりうなずく。
「ん?湿り始めなのにごねないの?」
「多数決でごねねえよ。それに、お前の判断は『木をかじり倒すリス』ならそうするってやつだろ?」
「そだね」
ロゼがちょっと嬉しそうに笑った。
「湿っても『地震を起こさないドジョウ』のサブリーダーなだけあるね♡」
「うるさい。これでもし危ないことあったら俺んとこのドジョウ印の人参買ってけよ!」




