第2話 水たまりダンジョンへ
そして、三人は、水たまりダンジョンへとやってきた。
「ふふふ。いやあ運がいい。これいくらになるかなあ…」
考えるだけで今笑いが止まらない。
少し後ろを歩いていたロゼが小走りでノクスの横に並んだ。
顔を覗き込んでくる。
「わお。ノクスがやる気だしてますねえ♡」
何故か、ロゼも少し嬉しそう。
「今月の奨学金の支払いから解放されると思うと心が躍る。心だけ今すぐ雨季に入れそう!」
「えー。雨季始めの術師系はほんとうるさいからやめて♡」
ダンジョンの入り口は今回は洞窟だった。
こういう余白をはらみそうな『空洞』に、水たまりダンジョンはあらわれる。
入り口は割と大き目で、背を屈めなくても入れる。
ヴァルの体格でも問題なさそうだ。
ノクスは中へと踏み入った。
こういう安定していないダンジョンでは、よほど足場が悪いとかが無ければ、最初に踏み入るのは付与術師だ。
(どろどろしてるな)
地面は雨が降った後のようにぬかるんでいる。
(一センチくらい足場は沈んだ。ロゼやヴァルの力量なら、移動にも問題はない)
洞窟の壁に手をふれた。
こちらもじっとりと湿った岩壁。
ノクスは目を閉じた。
触れた先から、感覚を集中させる。
触覚をこえて、術師としての感覚でー世界をとらえる。
ややして、ノクスは目を見開いた。
後ろに声をかける。
「構造としては安定してる。中、入っても大丈夫だ」
2人も中へと入ってきた。
「おおっ!新調したブーツがさっそく仕事してる!滑りにくいですねい!」
ロゼが足場を試すように飛び跳ねた。
容赦なくびちゃびちゃ泥が散る。
「やめんか!俺が昨日磨き上げた盾に攻撃以外のよごれをつけるな!」
とかいいつつも、しっかりと前衛二人は基本的な陣形を取っている。
ロゼとヴァルが横並び、そしてノクスが後ろ。
付与術師は探査を切らさず、後ろからの不意打ちをデバフでさばく役割だ。
三人で暫く歩く。
構造は洞窟。
光るコケがあちこちに生えていて、それが空間をほのくらく照らしていた。
「結構植生豊かだなあ。ハネゴケも光ってるし」
時折、岩壁から、天井から、コケが小さな羽のように舞う。
別に吸っても問題はない。
物理というよりは、巡りの粒子のようなものだから。
「ノクス的にはどう?」
ロゼが振り返いて聞いてくる。
「トーテムの滞留の気配が高いっていうか・・・いや、許容範囲?」
「へえ」
ロゼがにやりと笑う。なんか嫌な笑み。
「猿のトーテムでもいるんじゃない?」
「やめろ!人のトラウマを刺激するな!!というか祖霊に対して不敬!」
「そうだぞロゼ。人の傷口に塩を塗るな。傷を負うのはタンクの仕事だ」
ヴァルがよくわからないフォローを入れてきた。
「俺は仲間が猿になったって見捨てない」
「そのネタやめろ」
苦い顔をしながら、ノクスはー二年前のことを思い出していた。
就職に失敗した、あの苦い記憶を。
◆◆◆
―二年前。
ノクスは、付与術師として、神殿勤めを志望し、神官試験を受けた。
冒険者ではない方の付与術師の職業の殆どが神官だ。
筆記も面接も進み、最終試験。
内容は、大量のデバフをかけられた試験官を身体が不自由なものとみたてて、バフをかけるというもの。
神官として扱う付与術は人を生かすためのもの。
しかし、一人一人にリソースを注ぎ込めば成り立たないし、それはその人の人生の可能性を奪いかねない。
神官として、立ち上がれない人が立ち上がるために何を与えるか。それを問う試験だった。
試験としてノクスが体面したのは、目が悪く、右足と左足が麻痺状態になっている神官だった。
(…四肢の一部が動かない。視力は落ちてる。聴覚は無事。…でも、聴覚倍化しても、身体がそれについていくかどうか)
更に少し観察する。
(…なんか、疲れてそう、だな)
試験官はぐったりしている。
なんだか、障害を想定したデバフとはまた別の疲労を感じさせた。
(…まあ、ここで順当なバフを選ぶなら)
ノクスは考え―そして、選んだ。
「ー皮膚感覚、強化」
(熱源が探知できれば危険もわかる。空気の震えで人がいるとかもわかる。何より、肌感覚は身体を動かす感覚と連動するから、動きにも無理がでない)
バフをかけられた試験官がゆっくりと立ち上がる。不安のない、落ち着いた動き。
(うまくいったのか?!)
ノクスが成功を確信しかけた、その瞬間ー
「もういやだあああああああ!!」
試験官は絶叫し。
「-------!!」
よくわからない咆哮をあげたーかとおもえば。
ノクスの前から一瞬で姿を消した。
「?!」
ノクスのすぐ横を、鋭く風が吹き抜けた。
頬が浅く切れる。
(!?試験官に何が起こった!?)
試験官は、教室内をまるで猿のような動きで飛び回っていた。
床にいたかと思えばいつの間にか天井を跳ねている。
右足と左足は麻痺状態で、ゆっくりとしか動かせないはずなのに、それを驚異的な身体能力でカバーしていた。
(ちょっ、おいつけないっ!)
ノクスも自身に急いでバフをかける。
同じ皮膚感覚強化。視覚強化は視力をあげるもので、動体視力そのものをあげられるわけではない。
皮膚から伝わってくる空気の震えが、試験官の居所を一歩遅れて伝えてくる。
幸い、縦横無尽に駆けずり回っているだけで敵意はないようだった。
「もういやだあああ!嫁は口きいてくれないしいいいI!上司は頭かたいしいいいい!!一日デバフううう!!」
試験官の絶叫が聞こえたのか、他の神官が教室に駆け込んできた。
「おい!ブレック!どうした!」
「俺は野生に帰るんだー!」
試験官は殴られて気絶。無事捕獲されて、ちゃんと人間に戻った。
後で伝え聞いたところによると、試験官は、ストレスが限界のところにバフがかかったことで世界の解像度が上がりー猿のトーテムに共鳴してしまったらしい。
トーテムーそれは、祖霊と呼ばれ、獣の姿をした、守り神のようなもの。
かつては祭祀集団によって奉じられていた彼らだが、今は付与術という技術体系を薄く巡るのみとなっていたのだがー
信仰が薄れた今でも、時折、こういう共鳴事故が起こるらしい。
ノクスは、試験に落ちた。
『貴殿は付与術師としての腕は優れているが、人の心を見ようとしなかった。よって不合格とする』
合否通知にはそう書かれていた。
そして、合否通知の最後には、『PS:もっと私の事を見てほしかった』という試験官の一言が書かれていた。
付与術学校は、神官試験を通れば、奨学金は返済不要になるのだがー
ノクスは落ちたので、こうして今、一生懸命冒険者として稼いで返済にいそしんでいる。
このペースだと、あと五年。
付与術師としての資格はきちんととれていたことだけが、幸いだった。
だが、『神殿で神官をばぐらせた』という噂は意外と広まりー冒険者の間からは、敬遠されている。




