第1話 仕事がない付与術師
周囲は人々とざわめきに満ちている。
「よし、あの討伐クエスト、受注してきた」
「装備は?」
「大丈夫、アイテムもそろってるぞ」
仕事が決まった冒険者たちが、意気揚々と会話をかわしている。
あるものはカウンターにクエスト受注したり。
もしくは成果の報告をしていたり。
そんな中、ノクスはもう30分も依頼掲示板を睨みつけていた。
「…俺に担当できるものはないか?」
『クロクロゲコゲコの討伐』。
(でかいカエル。アタッカーがいないと無理だな。後アイツら移動力高いから、壁役のタンクがほしい)
『逃走したレッドバイソンの捕獲』
(アタッカーがいないと無理だな。あとタンク)
『ヤドリギグサの採取』
(ヤドリギグサっておとなしそうに見えて採取しようとした瞬間に逆に種植え付けられたりするし。安全性を加味するとやっぱアタッカーとタンクがいるな)
ーつまり。
「仕事がない」
ノクスはつぶやきー肩を落とした。
もう何度も何度も見直したが、ノクス一人ではできない依頼しかない。
「…何で世の中は拳じゃないと解決できないことが多いんだ?」
張り出される無情なるクエストたちを睨みながら、ノクスはぼやいた。
(いや、拳以外で解決できることばかりになったら、逆にアタッカーやタンクも必要ないんだけどさ)
ノクスは付与術師だ。
付与術師とは、肉体や武器などにバフを施し、逆に敵を抑え込むデバフを与える術を使うもの。
冒険者の多くがパーティを組む中、ソロで活動するものも珍しくはない。
が、単体で敵を殴る火力に著しく欠ける付与術師のソロは、ほとんどいなかった。
パーティの支援役でこそ真価を発揮するジョブだからだ。
「あーあ。薬草園とかの手伝いとか、今の時期はさすがにないよなー…」
ノクスは諦めて火力ばかり要求されるその依頼掲示板の前から離れた。
遠目に見ようとしていたらしいパーティが、すぐにノクスがいた場所に陣取る。
「なあなあ!このクロクロゲコゲコー」
ノクスは、今度はギルドの隅っこの方にある別の掲示板に移動した。
さっきのは一般から寄せられたクエストが掲示されているところで、今見ようとしているのは、冒険者ギルドが直接に出しているクエストだ。
大体は駆け出し冒険者専用の依頼が多く、半端にランクが高いノクスには受けられないものも多い。
そのためか、このあたりは人がまばらだった。
今日もあんまり期待せずにのぞきこみー
『昨日観測された水たまりダンジョンの調査依頼』
思わず、ノクスはガッツポーズをとって、小さな声で叫んだ。
「水たまりダンジョン!」
水たまりダンジョン。
トーテムの『巡り』が滞留して一時的に生まれるダンジョンだ。
『止まり木』とは違う、ほんの一時の奇跡のような場所。
「ふふ。ふふふ。これは…俺の出番ですねえ」
不気味な笑顔でノクスはつぶやいた。
(トーテムの流れを感知できる付与術師はこのクエストには必須!つまり、俺を必要とする人が、いる!はず!!)
ノクスはギルド全体をざっとみわたした。
やっぱり、冒険者たちは、さっきノクスがいた掲示板をのぞいていたり、仲間とテーブルで話し合ったり、カウンターで職員とやりとりをしたりしている。
大体、さっきと同じ。
「…………」
ノクスは縋るようにさらに視線をめぐらせる。
少し離れたところにも何人か冒険者はいる。
ただ、剣士や盾持ち、術師など、大体パーティだろうな、と思われるひと固まりで固まっている者が多い。
独りぼっちの人はいないかさがした。
その辺に剣士がいた。
目が合った。そらされた。
心が折れそうになった。
(ううう…だめだ。声をかけるだけなのに)
ノクスは舌打ちした。
水たまりダンジョンの依頼をもう一回見る。
(だめだ。諦めきれない)
ダンジョン調査のクエストは結構な金になる。
見つけられればラッキー。
しかもまだはりだされているということは、誰も受けていないということだ。
最早目が合う人はいない。
「…どうしよう。これ絶対受けたい。今月あんまり仕事なかったから奨学金とか危ういし」
(でも人に避けられるし)
(俺も人が怖いし)
その時。
背後から明るい声がかかった。
「おっ。ノクスじゃん。今日もぼっち?」
振り返った先にいたのは、身長くらいありそうなバカでかい斧を背負った女性だ。
引き締まったしなやかな肉体に、動きやすさ重視の簡単な皮鎧。
巨大な斧に不釣り合いな軽装。だが、それは彼女の戦闘スタイル故のものだ。
「ロゼ。今日はクランの皆とはいかないのか?」
ロゼ、と呼ばれたその女性が、顔をしかめた。
「あたし以外が皆流行り風邪でね。ったく、軟弱どもめが」
低い声で舌打ち。
愛らしい顔立ちに似合わぬ、溢れ出る険しい圧が、彼女が一流の戦士であることを物語っている。
彼女はこの街でも有名なクラン、『木をかじりたおすリス』のリーダーだ。
彼女は一転して、かわいらしい表情と声音で、
「ということで♡ひとりみのかわいそうな付与術師と組んであげようかなって♡」
「どうぞよろしくお願いします」
こうして、たまにロゼは手がすいている時に声をかけてくれることがある。
ノクスは一も二にもなく頭を下げた。
ただでさえ人と組むのが苦手なのに、手練れの戦士からのお誘い。
断る理由はなかった。
「ノクスはね♡腕もいいし、別に前科もないのに、『試験官をバグらせた』っていう噂が独り歩きしてるからね。悪質な付与術師扱いされてひとりぼっち。顔も怖くて困ってばっかりでかわいそう♡」
「パーティ組んでそうそう人の心にデバフをかけるのはやめてくれ」
ロゼが真面目な顔になった。
「いやね、腕はね。本当にいいよ。でも」
「でも?」
「うちのクランは付与術師足りてるから。ごめんね、いれてあげられない♡」
「頼んでもない面接やめろ」
ノクスはまた周囲を見渡す。
ロゼという仲間ができて、ちょっと気分が明るくなってきていた。
「あとはタンクが欲しいな」
「そだね。水たまりダンジョンは何があるかわかんないし、さすがにノクスだけじゃ肉の盾には不十分だ」
「非力な付与術師を盾にするな。前衛は後衛を守れ」
その時。
「あーあーあーあー」
すぐ近くから、何だか面倒くさそうな声が聞こえてきた。
そちらに目をやれば、壁に向かって立つ、大盾を背負った男がいた。
時々ちらちらこちらを見てくる。
「おや?あそこにもわざと見つけてほしいアピールしてるめんどくさ男がいますね?」
「俺は見つけてほしいアピールなんかしてなかったぞ」
「いやいや、あれは見つけてほしがってた」
めんどくさ男を見て、ノクスはそれが知り合いだと気づいた。
「ヴァル!」
「よお」
声をかけると、めんどくさ男ーヴァルが目を輝かせた。
軽く手を挙げて気安くあいさつを返してくる。
かなり筋肉質で上背もあるのだが、彼には親しみやすさがある。
(友達を見つけた犬みたいだ)
ノクスも手を振り返した。
ヴァルは駆け足でこちらへとやってきた。
「なんだ。ヴァルも暇なのか?」
「ま、急に予定があいてな」
ヴァルがやれやれ、という風に肩をすくめた。
「寝坊して俺以外のクランのやつがみんな仕事にいっちまったんだ。ひどくないか?」
「自業自得でしょ」
ロゼがつっこんだ。
「あんた、寝起き機嫌が悪いと味方に挑発使うって聞いたんだけど」
「仕方ないだろ。タンクだもん」
「水たまりダンジョンだろ?情報がないところはいつだって壁役が必要。そこに奇跡的に暇してる俺。どう?組もうぜ」
「うん。行こう」
ノクス的に断る理由などない。
(うわー、名クランの暇人2人がそろうとかってすんごい奇跡だな)
ヴァルはクラン『地震を起こさないドジョウ』のサブリーダーだ。
少し性格が面倒くさいが、タンクとしての実力には定評がある。
「ヴァル、よろしく。いいよな、ロゼ」
「うん。ヴァルで妥協しとく♡」
「殴るぞ」
奇跡的な一流の斧闘士と盾使いとの邂逅を経て、ノクスはギルドカウンターに並んだ。
「あの、この水たまりダンジョンの調査依頼、受けたいんですが」
ノクスたちはギルドカードを提出した。
依頼掲示板は受けたいものの紙をべりっとひっぺがして持っていくようになっているが、冒険者ギルド直々のものは常設のものもあったりするので、基本的に窓口に口頭で申請する仕組みだ。
「はい。ノクス=ルーシュレッドさん。ロゼ=プライアロさん。ヴァル=グレストムさん。お間違いないですか」
受付が、一枚一枚カードを読み上げて身元を照合していく。
「はい、皆さんのランク的には問題はないですね。では、季節の方を確認させてください」
ノクスはへらりと笑った。
「乾季です」
「…乾季、ですか」
受付が少し眉間にしわを寄せた。
「大丈夫ですよ。いっつも心が乾いてるんで」
「大丈夫です。ばりばり乾季の私がいるんで!絶好調!」
ロゼがどん、と己の胸を叩く。
ヴァルも胸を張る。
「大丈夫ですよ。多少の湿り始めてるけど!俺有能タンクだから!!」
雨季と乾季。
トーテミズムの地に住む人々の体内リズムだ。
雨季は巡りが緩やかな季節。乾季は昇華されて固まる季節。
術士は雨季が強く、物理職は乾季が強い。
つまりー
「ロゼさん以外は、ちょっと実戦には向いていない季節、というわけですね」
受付が苦笑いした。
「とはいえ、皆さん粒ぞろいの実力者ですし。今回の水たまりダンジョンも傾向は『雨季・中』と推定されているので大丈夫でしょう。では、よろしくお願いします」




