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大逆転、関ヶ原! ~小早川秀秋、難波の夢を露と落とさず~  作者: 浦賀やまみち
第七章 かりそめの太平

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第66話 偽りの茶々




「いかがでしょうか?」


 

 近くの森で、梟がホーホーと鳴く夜。

 佐助の案内で大阪近くの廃寺へ足を踏み入れ、俺は思わず目を見張った。



「おおっ……。すごいね。そっくりだ」



 ロウソクの頼りない明かりに照らされた、荒れ果てた本堂。

 今、大阪城にいるはずの茶々が、そこに正座して待っていた。


 佐助は、俺と茶々の関係を知る数少ない一人だ。

 最も無防備になる密会時の護衛も、全幅の信頼を置いて任せていた。



『元甲賀の者の娘で、淀の方によく似た者がおります。

 半ば野に下って育ったゆえ、少々支度に時を要しますが……。

 いざという時の影武者として、ご用意いたしましょうか?』



 そう佐助から提案されたのは、九州仕置きから帰ってきてすぐのことだ。

 そのとき、偽茶々と一度だけ面通しした際は、『あっ!? 似てる』程度の印象だった。


 それが、飛騨枝打ち衆脅威の技術によって、変貌した。

 茶々らしい鋭さを纏い、化粧を施した姿は、瓜二つ。


 ケチをつけるとすれば、ちょっとだけ茶々より若く見えるところだろうか。



「しかし、見た目だけです。

 生まれ持った気品は、さすがに難しいかと」



 佐助は謙遜して評するが、それでも十分すぎる。

 俺を含め、茶々をよく知る者ならまだしも、遠目からでは絶対に見破れない。


 茶々の立場なら、それが可能だ。

 病を患ったことにしてしまえば、表に出てくる必要もなくなる。


 

「できるだけ、近づけさせないようにすればいいか」

「それでよろしいかと」

「茶々と面会を申し込める相手は……

 毛利殿とか、秀家には事情を話したほうがいいかな?」



 今現在、身の回りの世話係の侍女たちは、申し訳ないが寿退社してもらおう。


 もともと、茶々から彼女たちの相談は受けていた。


 嫁ぎ先も、三成に丸投げしてしまえば、問題はない。

 人望はないが、意外とこの手の調整ごとは長けているのだ。



「判断が難しすぎて、私からは何とも……。

 ただ、確かなのは、秘密はそれを知る者が少ないほどよいということです」

「うーーーん……。悩みどころだな。

 どのみち、三成と治長には言わないといけない。まずは二人と相談するか」



 一番の問題は、秀頼だろう。

 事情を話すには幼すぎ、急に母親が似て非なるものになったら戸惑うに違いない。


 しかし、秀頼は大阪から動かすことは出来ない。


 このあたりも、要相談だ。

 それに、何でもかんでも一人で解決する必要もない。


 三人寄れば文殊の知恵である。



「ちょっと喋ってみて?」



 だが、どんなに警戒を重ねても、声が大きく違っていては、すぐにバレてしまう。

 たとえ風邪で喉を痛めていたとしても、声質というものは簡単にはごまかせない。



「んっんんっ……。

 こ、好色っ! た、たわけっ! い、色狂いっ!」



 しかし、それすらも杞憂だった。

 偽茶々は軽く咳払いをすると、まるで本物の茶々そのものの声を響かせた。


 俺はただただ驚きながらも、一つだけ気になる点があった。



「佐助さー……。

 俺と茶々の、閨の様子を教えた?

 ……と言うか、見せた?」



 今、偽茶々が口にした言葉は、閨での茶々の口癖だったのだ。


 口では拒みながらも、受け入れる。

 俗に言う、『イヤよ、イヤよも、好きのうち』である。



「真に迫らせるため、でございます」

「そっか……。そうなんだ」



 俺は思わず偽茶々から視線を逸らした。


 佐助は仕方がない。

 護衛任務を任せてあるし、そもそも出会いからして、古満との閨を承知されていたのだから。


 でも、茶々との閨を年若い女性に見られていたと知り、ちょっと照れてしまう。

 しかし、そこまで知る彼女なら、茶々の代理を安心して任せられる。



「なら、重要なことだけど……。

 君自身はいいの? この任務は嫌じゃないの?」



 あとは、彼女の気持ち次第だ。

 すでに覚悟は決まっているだろうが、俺は視線を戻し、敢えて問いかけた。



「えっ!? ……それはどういう意味でしょうか?」



 彼女の声が素に戻った。

 どうやら、本来の声は茶々よりも初に近いらしい。



「一年近くは他人のフリだ。

 決して、自分を出せない。出したら、そこで全てが終わる」



 俺は『小早川秀秋』の影武者のようなものだ。


 だが、『俺の顔見知りは脇役』という法則と、『秀吉マジック』という二つの救いがあった。


 前者は、本来なら初対面で覚えるはずの不安を和らげ、相手との距離を自然に縮めてくれた。

 後者は、俺と小早川秀秋との間にある差異を埋める手段として、大いに役立った。



「他人を欺き、自分すらも騙す一年になる」



 今や、俺は小早川秀秋として存在している。

 誰一人として、俺を疑う者はいない。


 俺の正体を唯一知る北政所でさえ、俺と『小早川秀秋』が同一人物だと錯覚している。


 時折、幼少の思い出を懐かしげに語り、俺が曖昧に苦笑してみせると、彼女ははっと我に返る。

 まるでそのたびに、俺の正体を思い出し、また忘れていくかのように。



「当然、今ある繋がりは全て断たなければならない。

 今後は他人の中で暮らし、頼れるのは佐助一人だけだ」



 しかし、彼女には、俺のような救いがない。


 佐助に愚痴くらいはこぼせるかもしれないが、基本的には孤軍奮闘するしかない。

 常に緊張と不安に晒される日々のストレスは、凄まじいものとなるだろう。


 それこそ、俺が三成と宗茂から日々押し付けられている仕事のストレスなんて、笑ってしまうほどに。


 

「そして、一年が経っても、誰も君を報いない。

 天下の大事を成し遂げたのに、それを誇ることもできない……。」



 どう考えても、割に合わない任務だ。


 今言ったとおり、彼女の功績は表に出せないどころか、記録にすら残せない。

 そのすべてが、目に見えず、誰の目にも触れず、空虚な努力として消えてしまうのだ。



「その上、ここにいてもらっては困る。

 もちろん、不自由のない生活は一生保証する。

 だけど、どこか遠くに移り住んでもらわなければならない」



 挙げ句の果て、二度と故郷に戻ることはできない。


 日本にすら、いてもらっては困る。

 監視下に置かれ、その境遇を恨み、己の功績を漏らした瞬間、命はない。



「君が自由を取り戻せるのは……

 豊臣の天下が盤石となった、その先の未来だ」



 正直に言おう。


 佐助から『影武者』の話を持ちかけられたとき、俺は深く考えもせず、軽い気持ちで頷いてしまった。

 戦国時代を感じさせる『影武者』という響きに、胸がときめいてしまったのだ。



「……きっと、その頃にはもう若くはない。

 そのまま異郷の地で、生涯を終えることになるだろう」



 ここで彼女が首を横に振れば、俺は途方に暮れるしかない。


 結局、この問いは許しを乞うための懺悔にすぎなかった。

 そう思うと、自責の念が胸を締めつけ、俺は堪えきれず深く息を吐いた。



「……って、うおっ!? ど、どうしたっ!?」



 次の瞬間、俺は息を呑んだ。

 いつの間にか、腕を組んで天井を見上げていた視線を下ろすと、彼女の頬を伝う涙が滂沱と流れていた。



「ありがとうございます! ありがとうございます!

 誠心誠意、務めさせていただきます!」



 彼女は、俺と目が合うや否や、勢いよく平伏した。



「なあ、彼女は……。

 おおうっ!? 佐助まで、どうしたっ!?」



 俺は戸惑い、隣に目をやると、佐助もまた、ハラハラと涙を流していた。



「わ、我ら、飛騨枝打ち衆っ! 

 し、子々孫々まで……。し、子々孫々まで、小早川家に絶対の忠誠を捧げます!」

「お、おう……。ありがとう?」



 もう何度目になるか分からない忠誠を捧げられ、俺はひたすら戸惑いを深めるしかなかった。




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