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大逆転、関ヶ原! ~小早川秀秋、難波の夢を露と落とさず~  作者: 浦賀やまみち
第七章 かりそめの太平

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第65話 いつか父を名乗りて




「それで……。どうするんだい?」



 茶釜はぽこぽこと音を立て、湯気を勢いよく立ち上らせている。

 差し水をしたほうがいいと思ったが、北政所は俺をじっと見つめたまま、放置していた。



「あんたの嫁は長男を産んだから、初は問題ないだろう。

 もし産まれてくる子が男なら、いずれ浅井家を再興させるって名目も立つ」


「だけど、茶々はどうするんだい?」


「茶々は秀頼の母親だ。

 もし娶るとなれば、お前は豊臣に戻るしかない。

 そうなったら、ややこしい問題が起きるよ? その覚悟があるのかい?」



 やや口早に詰問する北政所の考えは、妥当なものだった。


 初については、俺も同じ考えを持っていた。

 茶々に関しても、茶々が妊娠したと知れば、誰もが抱く思いだろう。



「わ、私は……。あ、あなたさえ、いれば……。」



 茶々が眼差しを落とす。

 正座した膝を両手でぎゅっと押さえ込んだ。


 その不安を少しでも和らげるため、俺はそっと茶々の右手の上に自分の左手を重ねた。


 その瞬間、初の眉間に険が走った。

 だが、ここは堪えてほしい。



「じゃあ、俺の考えを聞いてくれる?」

「……聞かせな」



 俺は苦笑を堪えながら、北政所に促され、持論を展開する。



「秀頼様はまだ幼い。

 ここで俺が豊臣に戻ったら、たとえ実情がどうであれ、世間は乗っ取りと見る」


「それだけは絶対に避けねばならない。

 まだ天下は収まっていないからだ」


「下手をすれば、豊臣が割れる。

 戦国の世がさらに百年続く可能性すらある」



 俺が『豊臣』に戻った場合の未来は、容易に想像がつく。


 それでも、三成や大谷吉継、大野治長、最近では真田昌幸まで、それを強く望んでいた。

 あいつらは『あなたなら、絶対に大丈夫です!』と、根拠のない自信を盾に天下を押し付けてくるから、非常に困る。



「だからって、責任を取らないつもりかい!

 産まれてくる子を父なし子にするなんて、絶対に許さないよ!」



 しかし、北政所にとって重要な論点は、そこではなかった。

 彼女が心配しているのは、茶々と、これから生まれてくる子どものことだった。


 思わず立ち上がり、唾を飛ばして怒鳴るその姿に、俺は胸を打たれた。



「だから、秀頼様が成人するまで……。

 秀頼様が15歳になったら、茶々との仲を公表しようと考えている」



 俺が『小早川秀秋』になる以前、北政所と茶々の仲は、とても険悪だったらしい。


 周囲の評価も同じだったし、本人たちに互いがいない場で尋ねれば、やはりそうだったと認めた。

 公式の場で同席することはあっても、今のように茶会を共にするなど、あり得なかったそうだ。


 今、それが俺という『息子』を通して、新たな結びつきになっている。

 北政所は母として、茶々という俺の嫁と、これから生まれてくる子の身を真剣に案じているのだ。


 その事実が、無性に嬉しかった。



「何をとぼけたことを言っているんだい!

 私は今の話をしているんだよ! 未来の話じゃないよ!」



 そしてそれは、俺が現代の両親に対してできなかったことでもある。


 両親には、俺以外に子どもはいない。


 母は、『早く結婚しろ』と口癖のようにこぼしていた。

 父は、『俺も孫を抱いてみたいな』とたまにポツリと漏らしていた。


 俺がここにいる以上、現代の小早川家は断絶する。

 両親の前で、誰かを『結婚したい人だ』と紹介する日は、もう来ない。


 そう思った瞬間、唐突に胸が痛んだ。

 酷く申し訳ない気持ちが、底から湧き上がってきた。



「こう言っては何だけど……。

 茶々と初が同時期に身ごもったのは幸運だと思う」


「二人は姉妹で、顔立ちも似ている。

 なら、産まれてくる子どもも、性別が違ったとしても似ているんじゃないかな?」



 これは、今話している最中に閃いた天啓だった。

 俺は茶々と初を交互に見比べ、確信を込めて頷いた。


 顔に性格がにじみ出て、茶々が美人系なら、初は可愛い系だ。


 だが、顔の造形自体はそっくりである。

 大きな違いがあるとしたら、胸が初のほうが大きく、お尻は茶々のほうが大きいところか。


 でも、その違いを知れるのは、俺だけの特権だ。問題はない。



「あっ!?」

「……あり得ますね」

「まさか、初の子として……。双子として、育てるのかい?」



 俺の意図が分かったのだろう。

 茶々と初は互いに驚いた顔を見合わせ、北政所は呆気に取られて目をパチパチと瞬きさせた。


「あっ!? 誤解しないでね?

 そんな思惑があって、初と仲良くなったのとは違うからね?

 たまたま重なったから、それならって言うだけだからね?」



 すぐさまフォローを入れた。

 大事な点であり、ここを勘違いされると、まずい。



「ふふっ……。分かっています」


「私は構いませんよ?

 姉さんは少し寂しい思いをするかもしれませんけど……。

 秀頼様が成人するまで、預かっても」



 初は俺を信じてくれた。

 にっこりと微笑みながら、迷いなく提案を受け入れた。


 俺は胸をほっと撫で下ろした。



「でも……。お腹が目立ってきたら、どうするの?」



 しかし、茶々の不安はまだ晴れていなかった。

 弱々しく声を震わせ、縋るような眼差しを俺に向ける。



「それも大丈夫……。

 こんなこともあろうかとっ!

 そう、こんなこともあろうかとっ!

 ……実は用意があるんだ!」



 だから俺は、ニヤリと笑い、自信満々に胸を張った。




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